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10.パープルな来訪者

「お二人はカップルなんですか?」


 浦さん雑貨の棚の前で、ああでもない、こうでもないと言い合う二人を見て、孝四郎が言った。


「そうなんですよー。気づいちゃいました?」

「違いますよ。ただの、ただの友だちです」

「『ただの』をそんなに強調する必要なくなーい?」

「舌が回らなかっただけだ」

「本当かなぁ?」

「そうなんですか。お似合いなのに」

「出会ってまだ二週間ですよ? それで付き合うとか」

「いいですね、その解答」孝四郎は微笑む。「実に『青春』的な解答です。私は年甲斐もなく、きゅんきゅんしてますよ」

「え? 浦さんが?」

「意外ですか? こう見えて、ミーハーなところがあるんですよ、私」孝四郎は立ち上がり、ボーラーハットを被った。「それじゃあ、後は若い二人にお任せして、年寄りは退席しましょうかね。いつものようにお願いしますよ、真治君」

「はい。お任せください」

「菜穂さんもまたいらしてくださいね」

「はい。ぜひ」


 二人は店の前で、孝四郎が街角に消えるまで見送った。


「カッコいい人だね」

「そうだな。良い人でもあるし」

「ここって、あの人しかいないの?」

「いや、もう一人、ジョンという外国人がいる。今日はいないみたいだけど」

「ふぅん」


 二人は店内に戻り、真治はカウンターの奥に、菜穂はカウンターの手前に座った。


 菜穂は改めて店内を見回す。


「ここって、結構、趣があるものが多いんだね」

「若者向けではないわな。この店は年金で成り立っているのさ」


 客のほとんどは年寄りだ。たまに若い人もいるが、そのそばには笑顔のジョンがいる。


「生活とかできるほど、稼げるの?」

「さぁ? 浦さんのことだから他にも色々な事業を展開しているんじゃないかな。どんな事業をしているかは知らないが」

「ふぅん」


 菜穂はしばらく商品を見回っていたが、狭い店内である、すぐに見る物が無くなって、つまらなさそうに席に座る。何か話題を提供しないと面倒な要求がくるぞと思い、真治は口を開いた。


「そう言えば、昼の話だけど」

「昼? あ、うん」

「父親の料理に対して不満を持っていたみたいだけど、なら、自分で作ろうとは思わないの?」

「自分でご飯は作るよ。ただ、朝は起きるのが面倒だから、パパに任せてる。すぎもっちゃんがモニコをしてくれるなら、作るよ」

「そうか。なら、これからも菜穂さんが朝ご飯を作ることは無いってことだな」

「えー。ケチー」

「菜穂さんがご飯を作るときも、肉は使わないの?」

「いいや、使うよ。だって、私は肉とか魚が好きだもん」

「父親には何も言われないのか」

「言われるよ。『そんなことをしていると不幸になる』って。でも、直接やめろとかっては言われない。ぶつぶつと何か言ってるけど」

「へぇ」


 そのとき、店の扉が開いた。真治は反射的に立ち上がり、「いらっしゃいませ」と笑顔で対応する。


 入店してきたのは、全体的にパープルな老婆だった。服の色合いだけではなく、サングラスも薄い紫色で、髪も紫色だ。年齢はよくわからないが、多分、80歳は超えていて、その手には杖がある。初めて見る客だった。


 毒々しいお婆ちゃんだな。真治の老婆に対する第一印象だった。


 老婆は店の中ほどまで進み、顔を上げた。老婆と目が合う。その瞬間、真治は寒気を覚えた。心の恥部を触られたようなそんな感覚があった。この老婆、『普通』じゃない。真治は、表面上は和やかに、しかし心の刃は光らせて、老婆と向き合った。


「いらっしゃいませ。本日はどのような商品をお探しですか?」

「浦の倅に会いに来たんだが、今はいないのか?」

「浦の倅? 孝四郎さんのことですか?」

「そうだ」

「はい。外出しております。何か御用があるのですか? あるなら、伝えておきますが」

「なぁに。用ってことのほどでもないさ。ちょっとお茶でも飲もうかと思っただけだ。いないなら、そうだな、ばぁやが来たとでも伝えておけ。ばぁやと言えば、あの倅には通じるから、安心せい」

「承知しました」

「それより、浦の倅は、ずいぶんと面白い奴を見つけたようだの。お前さんは、倅とどういう関係なんじゃ?」

「浦さんには色々お世話になったんですよ。だから、その恩返しってことで、ここで働いています」

「ふぅん。色々、お世話になったのか。実に興味深い話だ。どれ、冥土の土産に聞かせてはくれんか?」

「いえいえ、お土産を持つにはまだ早いですよ、お姉さん」

「ははっ、言いよる。まぁ、ばぁやとて鬼ではない。無理に聞く気はないから、安心せい」


 老婆の視線は菜穂に移る。老婆は菜穂を見て、むむっと唸った。


「お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも倅と何か関係が?」

「いえ、私は彼の友だちです」

「そうか」

「あの、何か?」

「お主は人に恨まれるようなことをしたことがあるか?」

「いや、無いですけど」菜穂は眉をひそめる。「どうしてですか?」

「悪い気がついておる」

「悪い気?」

「そうだ。そのまま放っておけば、大変な目に遭う」

「え? どうすればいいんですか?」

「今すぐ解決できる問題ではないが、困ったら、その男を頼れ」


 老婆は杖先で真治を指す。


「杉下君を?」

「そうだ。きっと、その男がお嬢ちゃんの力になってくれる。そうだろう?」


 指名され、真治は戸惑う。突然、この老婆は何を言い出すんだ。しかし助けを求められたら、当然助ける。


「はい。力になります」

「ふっ、良い返事だ」老婆は満足した顔で頷き、「どれ、帰ろうかの」と言った。


 店の扉を開ける前に、老婆は振り返った。


「おっと、勘違いしないでほしいんだが、ばぁやは、仲人になりたくて、酔狂を口にしたわけではない。そのことをゆめゆめ忘れるな」


 その言葉を残し、老婆は去った。


 店内は静寂に包まれる。二人には頭の中を整理する時間が必要だった。


「何だったんだろう、あの人」

「さぁな」

「大丈夫かな、私」

「何が?」

「ほら、悪い気がついているって。パパもよく、『不幸になる』とか言ってるし」

「あの婆さんの言うことなら気にすんな。適当なこと言って相手を不安にさせ、人生の先輩面して色々語りたい年頃なんだよ」

「ふふっ、何それウケる」

「だからあれはあの婆さんの妄言か何かだ。あまり気にするな。ただ、あの婆さんは良いことも言っていたな」

「何?」

「困ったら俺に頼れ、ということだ。力になるという言葉も嘘じゃない。だから、困ったら相談してくれよな」


 菜穂は真治を見つめる。口元がゆるむのを堪えきれず、満面の笑みに変わる。


「何、カッコつけてんのさ。全然カッコよくないよ」

「さいですか」

「でも、ありがとう。困ったことがあったら、話すね」


 地味だった店内が、少しだけ華やかになる。


 菜穂が元気になったようで何より、と真治は思う。しかし老婆の言葉に対する懸念はある。あの老婆には、真治のわからない『何か』を理解する力があることは、異世界での経験則からわかる。


 用心するしかないな、真治は笑顔の菜穂を見て、気を引き締めた。

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