第六話 The beginning of the morning
二人が出会った広場から少し離れた川岸、ちょうどアルトが一昨日の晩、蛍蜂から逃げ込んだ場所に焚き木の煙が上がっている。
上げているのはもちろんアルトとアクアである。
二人が出会ってから一夜明け、川は朝日が反射してきらきら光っている。涼しい朝の風が一陣吹き、あたりの木々からは緑色の葉が舞い落ちる。それらはまた、緑色の絨毯を作っていくのだろう。
やっぱり気になる、なんで落ち葉が緑色なんだ?地面まで緑色で感覚がおかしくなりそうだ。
アルトは昨日の晩寝ることができず、眠りそうになりそうになる頭を無理やり動かす。
別に緊張して眠れなかったわけではない。まだアクアを完全に信用しきれていないだけだ。アクアの方はぐっすりと眠れたようで、今は川で顔を洗いさっぱりしている。
水しぶきを上げながらアクアは川から顔を上げた。長めの青い髪がなびき、それだけで絵になるような美しさだ。
ちなみに、一昨日の晩アルトを苦しめた蛍蜂はアクアの魔法で遠ざけている。もともとアルトの服に染み付いた血の匂いに反応して襲ってきたので、血の匂いを消してしまえば襲ってはこないのだ。
そのおかげで、昨日の晩はゆっくりと蛍蜂を観賞できた。川に浮かぶ蛍は異世界だろうと綺麗なのである。最も、異世界の蛍は人を襲うこともあるが……。
「今朝はよく眠れた?」
「…」
まだ朝が早いからだろうか?少し眠そうなアクアの問いにアルトは無言で答える。
アクア、昨日俺が寝れなかったこと知ってるな……。
アルトは話題をそらそうと今一番気になっていることを聞く。
「ここがどこだか知ってるか?」
「寝れなかったの?」
「…」
「ねぇ」
「うるせー、寝れなかったよ!」
アルトは怒りをかみ殺したような声で言う。
当然、アクアを怒るのはお門違いである。
何だこいつ、今日は朝からおとなしいと思ったらしつこいし、鬱陶しいことこの上ないな。
「そう…」
アクアは返事を聞くと小さくつぶやきアルトの目の前に座る。
どうやら既に興味は無くなったようで、何をするでもなく遠くを見ている。
二人の間には昨日の夜、燃やした焚き木の燃え残りが燻っている。
気まずい……。昨日のアクアはどこ行ったんだよ。絶対にこんなにおとなしい奴ではなかった。それとも朝にものすごく弱いとかか?そんな吸血鬼じゃあるまいし。
アルトはこの気まずい空気を何とかしようとさっき、聞いたばかりの質問を繰り返す。
「なぁ、ここがどこか知らないのか?」
「…本当に知らないの?」
アクアは少し驚いた顔で言った。
「さっきも聞いただろ」
「…そう、ほんとに知らないの」
アクアはそこで少し間を空けた。
「ここは迷いの樹林と言われているところ…メラリルの南にあって、奥に迷い込んだら二度と出られないと言われているところ…」
「最初から詰んでね?」
アルトは思わずつぶやく。
俺の異世界生活ここから出られずに終わるの?
「大丈夫…まだ奥じゃない」
「何だ……じゃあ、奥に迷い込む前にここから出れば問題ないんだな」
「そう…」
アクアは少しうつむいて答えた後、意を決した様子で尋ねた。
「ねぇ、アルトは何者なの?」
「……どういうことだ?」
「昨日殺してくれた盗賊はここら辺では有名な盗賊…それを一人で圧倒しただけでなく、昨日の傷も無くなってる…。すごい冒険者なのかと思ったけど、ここが何処か知らない…。」
アクアは一拍置くとアルトの目をそのすべてを見透かすような目で見ながら言う。
「あなたは何者?」
……そうか、俺はどうやら少しおかしいらしい。
ていうか、あいつらって盗賊だったのか、冒険者とばかり思っていた。
しかし、困ったな、この世界で俺みたいな異世界人?がどんな扱いを受けているのかわからない以上、めったなことは言えないし、かといって気づいたらここにいて、その他の事は俺もよくわかってないて言っても信じてもらえなそうだ。
今のアルトの状況は少しじゃなくおかしいのだが、アルトはあまり気にしていないらしい。
「あ~、そうだな……」
俺は遠くで冒険者をやってたんだが、ちょっとしくじってな、ここに捨てられたとこだ。
そんな風に続けようとした言葉は、アクアに遮られる。
「お願い…。嘘はつかないで…」
「…」
アルトとの目に映ったアクアは昨日名前を付けたときの様に、とても悲しそうな顔をしていた。
はぁ~。まぁ、なるようになるだろ。
アルトは心の中で自分にあきれるようにため息をつくと「信じないかもしれないけどな」と前置きし、口を開いた。
「俺はおそらく異世界……こことは違う世界から来たんだよ。だから傷が治っているのも、あいつらをなんで圧倒できたかもよくわからないんだ。」
あいつらが強かったていうのも今知ったしな……。
「俺は元の世界では、普通の高校生だった。帰り道で目の前が突然光ってな……気づいたらこの樹林にいたんだ。だから俺が何者かって聞かれてもな……困る」
アルトは「さて……どうなるかな?」と半ば他人事のように考えながらアクアの様子を見守る。
海斗たちの事は意図的に言っていない。
アクアはゆっくりと瞬きをするとつぶやいた。
「そう…」
「ああ……」
二人の間にまた気まずい空気が流れる。
え?何?俺が何者か知りたかったんじゃないの?異世界人とか珍しくないの?
アルトはさっきからほぼ変わっていないアクアの表情を必死に読み取ろうとしながら考える。
てか、なんでアクアはさっきからこんなに静かなんだよ!昨日蛍見ながらにこにこしてたアクアはどこ行ったんだよ!
「異世界人って結構いるのか?」
「…私は初めて見た」
「驚かないの?……信じてないとか?」
「異世界人自体は有名…でも、それは勇者として国に召喚された存在として…。アルトみたいにこんなところに召喚されるなんてことはありえないし、初めて聞いた。」
アクアはアルトの顔をじっと見つめる。
「私にはアルトが異世界人なのかわからない。だからステータスを見せてほしい…」
「ステータス?」
突然出てきた異世界要素にアルトは思わず聞き返した。
この世界にはステータスが無いんじゃなかったのか?いや俺が勝手に結論付けただけで本当はあるのかも知れない……。
そういえば昨日の盗賊に魔法を使っているのもいたし……。
「どうやって見るんだ?」
「…ステータスって唱えればいい」
「……? それはここに来た時にやったぞ?」
「…いいからやって」
アクアの有無を言わせないような声に気圧されたアルトは仕方ないと、目をつぶって唱える。
「ステータス」
しかし、何も起こらない。
「おい、何も起こらないぞ」
「トリプテット語で言わないと…」
そりゃそうか……。本当は唱えるときに気付いていたんだけど、なんか認めたくなかったんだよな。
元の世界の言葉がこの世界に通じるなんてことはなかったみたいだ。
アルトの持っている固有スキル【全言語理解】は一度聞いた言葉ならば理解することができる。簡単に言うと、英語を聞いただけでアメリカ人のように英語がペラペラになることができるスキルだ。
受験生なんかはのどから手が出るほど欲しいのではないだろうか?
アクアが話していた言語は、この世界の世界共通言語トリプテット語だ。
例えば、ステータスをトリプッテット語で言うと「ヤクギハコ」となる。発音は日本語よりも英語に似ているだろう。
「じゃあ、改めて、ステータス!」
――――――――――――――――――――――――――――――
アルト 16歳 男 異世界人
レベル:68
HP:6754
MP:6875
体力:3389
俊敏:3457
筋力:3454
防御:3321
魔力:3456
魔防:3150
固有スキル【全言語理解】【人外化】
種族固有スキル【記憶保存】
神級スキル【経験値固定】
王級スキル【獲得経験値二倍】
ユニークスキル【再生】
エクストラスキル【幻覚無効】
スキル【ナイフ術】【俊敏】【喧嘩術】【魔法耐性】
称号【異世界人】
――――――――――――――――――――――――――――――
「おお……」
自分の頭の中に浮かぶものを見ているような不思議な感覚だ……。
基準がわからないから俺が強いのかどうかはわからないけど、あの三人を殺せたってことは、割と強いのか?
ユニークスキルの再生が気になる。もしかしたら魔法を受けたはずなのに無傷だったのはこのスキルのおかげかも知れないな。
この世界の一般的な成人男性の平均レベルは、25くらいだと言われている。そのことを考えるとアルトはかなり強いと言えるだろう。
「なぁこれアクアは見えるのか?」
「見えない…。だからパーティー契約をして」
「パーティー契約?」
アクアが首を振りながら言った言葉に思わずアルトは聞き返す。
反射で聞き返しただけで、その問いに意味はない。すでにアルトの頭のなかは、パーティー契約というファンタジー感あふれる単語にウキウキしているのだから。
これはあれか? よく冒険者とかがやるやつか? この調子でいくと冒険者ギルドとかもありそうだな。
「そう…。ナイフを貸して」
「ほら」
何をする気だろう?
訝し気ながらもアルトはアクアにナイフを手渡す。もちろんあの三人の血を吸ったナイフである。血は拭い、刃を自分の方に向けるくらいの配慮はしてある。
いい加減アルトもアクアの話を勝手に進めるのに慣れたようだ。
アクアは渡されたナイフを左手に持つと自分の右手をさっくりと十字に切った。
「なっ、おい!何やってる!」
慌ててアルトはアクアからナイフをひったくる。
アクアの右手は血が流れ、とても痛々しくなってしまっていた。
「大丈夫…。これが契約の儀式に必要…」
アクアはアルトを安心させるためか、少し微笑みながら伝える。
もっとも、右手から血が流れているせいで、台無しなのだが……。
「怖いならやってあげる」
「遠慮する……」
アクアに急かされてアルトも覚悟を決める。
ちなみに、アルトの持っているユニークスキル【再生】はオートで自己再生することで傷を癒すスキルだが今はオフにしてある。
しかし、なんでこんなことをしなきゃいけないんだよ。
冒険者たちはみんな、こんな馬鹿みたいなことをしてるのか……。
「よし、やるか……」
「…遅い」
「うるせー、自分で自分を切るのって、普通に切られるよりもなんか恐怖があるだろ」
ぶつぶつ言いながらもアルトは自分の右手に十字を入れる。
いまさら何を言っているのかと思われるかもしれないが、だれでも、紙で手を切るのは怖くなくても、注射は怖いことがあるだろう。つまり、分かっていてやるという事が問題なのだ。
「切ったぞ、これでどうするんだ?」
「呪文を唱える…。私に続いて…」
「ちょ、まって……」
「ヤージョビヒヤビヨエシャケ」
「ヤージョビ……」
言えるか! 早いわ!
呪文適当だし、こんなんで契約できるのか?
「どうやって確認するんだ?」
「自分のステータスを見ればいい…」
「そうか、ステータス」
「…ステータス」
アルトに続いて、アクアもステータスを見る。
――――――――――――――――――――――――――――――
アルト 16歳 男 異世界人
パーティー:アクア
レベル:68
HP:6754
MP:6875
体力:3389
俊敏:3457
筋力:3454
防御:3321
魔力:3456
魔防:3150
固有スキル【全言語理解】【人外化】
種族固有スキル【記憶保存】
神級スキル【経験値固定】
王級スキル【獲得経験値二倍】
ユニークスキル【再生】
エクストラスキル【幻覚無効】
スキル【ナイフ術】【俊敏】【喧嘩術】【魔法耐性】
称号【異世界人】
――――――――――――――――――――――――――――――
おおっ、たしかにアクアがパーティになっているな。
しかし、あんな詠唱で契約できるなんて、契約ガバガバだな。不安になるわ!
「これ、もうアクアに見えているのか?」
「まだ見てない…。ステータス【アルト】」
なるほど、パーティーメンバーのステータスを見るには、ステータスって唱えた後に見たいメンバーの名前を言えばいいのか……。
アクアはアルトのステータスを見ているのか、ずっと虚空を見つめているように見える。ステータスを見るときには、自分の頭の中に浮かぶものを「見ている」ような感覚に陥るのでどうしても、虚空を見つめているようになってしまうのだ。
アルトは少し、そんなアクアに見惚れながらも、詠唱をする。
「ステータス【アクア】」
——————————————————————————————
アクア 16歳 女 吸血鬼族
パーティー アルト
レベル:17
HP:1655
MP:1822
体力:752
俊敏:865
筋力:1872
防御:812
魔防:806
固有スキル【陽の下の散歩】
種族固有スキル【血の盟約】【血鬼術】
エクストラスキル【氷魔法】
スキル【火魔法】【水魔法】【土魔法】【雷魔法】【風魔法】
称号【忌み子】【魔法の天才】【歌姫】
「吸血鬼族……」
「そう…驚いた?」
思わずつぶやいたアルトにアクアは悲しそうな眼を向ける。
アルトは気付いていないようだ。
なるほど、異世界っぽいな。もしかしたら、ほかにもエルフ族とか、ドワーフ族とかいるのかも知れない。
「まぁな、いよいよ異世界感が増した」
「そう…」
アクアは少し俯いて答える。そのしぐさにアルトは違和感を感じた。
「なぁ、アクア隠し事は無しだ」
「…。」
アクアは少しためらった後、口を開いた。
「そう…。アルトは話してくれたし、次は私の番…」
アクアは「長くなる…」と前置きするとぽつりぽつりと、話し出した。
「吸血鬼族は普通、金、銀髪、赤目しかいない…。でも、私は青髪青目…。だから忌み子って言われて捨てられた」
二人の間で燻っていた焚き木の燃えかすが静かに崩れる。
いつの間にか陽は傾き始め、空は橙色に染り始めていた。
どうも織田です。
最近アニメを借りて観たのですが、これが面白く続きが気になって気になって仕方がありません。
あまりテレビは観ないのですが今期のアニメは観てみようと思います。
一応悪魔的サーチメモリアは毎週月曜更新ということにしているのですが、最近というか最初から全然守れてません。
それは置いておいて、小説大賞の締め切りが近いのでこれから三日間は連続投稿しようと思います。
ストックがどんどん削られていきます。三日後は更新に間が開くかも知れませんが、待っていていただけるとうれしいです。
最後に、今更ですが初めて評価ポイントがつきました。作者は踊り出す勢いで喜んでいます。
これからも悪魔的サーチメモリアをよろしくお願いします。