第一話 Baptism from Different World
「ナニコレ?」
思わず呆けた声が出た。
身体の痛みはすでになくなり、血の匂いしか感じていなかった鼻は、森独特の土の匂いを感じている。
「傷がない」
鼻の下を拭い、血が流れていないことを確認した彼は、恐る恐る湖に近づき覗き込む。
湖に映った顔は戸惑いを隠せていないものの、いつも通り、毎朝、洗面所で見る自分の顔だった。
彼はゆっくりあたりを見渡す。
透き通った湖の透明さは、映った自分の顔の奥に、湖の底が肉眼でくっきり見えるくらい。
風が音を立てずに湖に波紋を作っている。
天井まで覆う木々は落ち着く、静かなざわめきを発していた。
余りに巨大なためほとんどの光を遮っている木々の間からはスポットライトのように光が漏れている。
にもかかわらず、あたりはまるで昼間のように明るい。
何より、おかしいのは、緑色の落ち葉によって作られた、文字通りの一面緑世界だろう。
「これは、夢か?俺は死んだのか?」
彼は自分でも気づかないうちにつぶやく。
いや、おかしいだろ。なんで光ったと思ったら次の瞬間ここ? 俺はいったいどんな夢を見てるんだ。わけわかんねぇ。疲れてんのかな、俺?
ちゃっかり、死んだという予想をなかったことにした彼は湖の水を手ですくい、一瞬ためらった後、顔にかけた。
冷たく澄んだ水は、疲れた彼を癒し、回っていなかった頭を回転させた。
ここはどこだ?
彼は落ち着いた頭で最初に思い浮かんだ疑問を解消させるべく、ポケットに入っていたスマートフォンを出す。
しかし、すぐにそれが使えないことに気付く。
「マジかよ」
誰も周りにいない中、敢えて声に出したのは誰かに反応してほしかったからなのか。
電波が通ってない。これじゃ家にも帰れないな。
彼の持っていたスマートフォンはすでに、ただの時計と電卓機能を持った四角い箱になっていた。
ギャー―――ス
鳥の鳴き声が聞こえる。
彼はとっさに鳴き声の聞こえた方を見た。
そこには恐竜の時代にもいなかったであろう、怪鳥が湖目指して降りてくる姿があった。
「嘘だろ?」
怪鳥は彼の体くらいはありそうな巨大な赤い羽と、黄色いくちばしを持っている、しかしその体は巨大な羽には不釣り合いな丸っこく小さな形をしていた。
そんなバランスの悪い赤い鳥は、緑色の背景に不自然に映えている。
彼は状況に全く追い付いていない頭をフル稼働してどうするか決断を下す。すなわち……
逃げるが勝ちだ!!
一瞬で判断を下した彼は静かに、そして素早く、その場を離れていく。
森の中、木々の間にできた緑色の落ち葉で覆われた道を走り、湖が肉眼でぎりぎり見えるくらい離れた所で、彼は側の木の裏に隠れ様子をうかがう。
怪鳥は湖にくちばしを付け水を飲んでいる。
どうやら彼の事は気にしていないらしい。
安堵した彼は怪鳥をよく観察する。
赤い羽根で覆われている怪鳥は、すごい勢いで湖の水を飲むと、一声鳴いてから翼を広げる。
……そして次の瞬間痙攣して倒れた。
「~~~ッツ!!!」
声にならない悲鳴を上げ彼は顔を服でこする。
まだ乾ききっていなかった顔についた水は、制服を湿らす。
嘘だろ⁉
彼は顔が削れるんじゃないかというくらいの勢いで顔を拭いた。
大丈夫飲んだわけじゃないし、まだ何も起こってない。はずだ……。
彼は無理やり自分を納得させ、落ち着くと、その場に座り込む。
落ちついて来た彼の頭にはある疑問が浮かぶ。
すなわち、ここはどこか?
もう既に、湖に置いてきてしまったスマートフォンを取りに戻る気は無い。
あのどんな図鑑にも載っていないような怪鳥、そしてあたりが森になる前のあの光、これは……。
彼の頭にはある可能性が思い浮かぶ。それはずいぶん昔に感じる数時間前、友達だった二人と語った夢。
異世界召喚じゃね?
基本的に異世界召喚は王国でかわいい姫様がやるのがベターだけど、こんな訳の分からん森に召喚されるラノベも読んだことあるし、何よりあの、世界中の生物学者を馬鹿にしているような怪鳥が地球にいるはずがないだろ。
どうやったら、あんなアンバランスに進化するんだよ。
もちろんこれがドッキリっていう可能性もないわけじゃないけど、普通ここまでするか?
あの湖の水だって下手したら飲んでたし……。
うん。やっぱりここは異世界だ。
彼は興奮と喜びが隠しきれていない様子で、そう結論付けた。
人間興味の引かれることがあったら、それに執着してしまうようで、すでに彼の頭の中には、数時間前のあの出来事は無くなっている。
てことは……ステータス!
今まで読んだラノベの知識を総動員して、彼は、自信満々で念じる。
「あれ?出ない」
しかし、なんら変化が起こる予兆は無い。彼の知っている物語では、念じることで自分のステータス、レベルや能力値などがわかるプレートのようなものが出たのだが……。
ステータスの無い世界なのか? いや、確か言わないといけないってのもあったな。
少し、顔が熱くなっているのを感じながら、彼は辺りを見回し誰もいないのを確認すると、はっきり唱えた。
「ステータス!」
しかしなにも起こらない。
なんでだよ⁉
彼はその場に蹲り恥ずかしさに悶絶する。
恥づっ、技名言ってなにも起こらないと、こんなに恥ずかしいのか……。この分じゃ、魔法もあるかどうかわからないな。
「ファイアーボール」
彼は手を前に出し、呟く。
当然のようになにも起こらない。
「はぁ~」
ため息が出る。
しかし、仕方ないだろう、異世界に行ったら皆がやってみたいことランキング上位に入るであろう、魔法が使えないと分かってしまったのだから。
まあ仕方ない、取り敢えず人を探そう。
思っていたのと違ったからだろうか?
急激に冷めた彼の回転の速い頭はまず、人を探し、情報を得るところから始めようとする。
まずは、この森を出ようと、立ち上がったときだった。
ふと、目の前を見ると彼の倍ほどの身長を持ち、赤黒い体に漆黒の角、鋭く大きい牙を持った鬼と目が合った。
前にやっていたゲームで出てきたオーガのように、その鬼は金棒を肩に担いでいる。
オーガは荒い息をしてこちらを見つめている。
今日は本当についてないな。
軽くため息をつき、流れるように回れ右をして逃げ出す。
「グォーーーーーーーーーー」
うるせぇ! 何が異世界だよ、碌なことねぇ―じゃん。
彼は、心の中で叫びながらも、脇目も振らず走る。
元の世界ではありえないような速度で、走っているのだが、まるで気づいていない。
彼はいつの間にやら、鬼、いや、オーガを振り切り、森の奥深くへと、迷い込んでいく。
「痛ッ!」
ただひたすらに走っていた彼は、地面に置いてある何かに足を引っかけ、盛大に転んでしまった。
オーガはっ?
とっさに後ろを向きオーガを確認する。
どんなに注意深く見てもオーガがいないことを確認してから彼は大きなため息とともに立ち上がる。
ふぅー、なんか今日はため息ばっかりついている気がするな。
しかし俺、こんなに足が速かったか?
彼は、腕を振り、体を延ばすと何気なく、自分が足を引っかけたものを見る。
「うわっ」
少し湿っている地面には、肌色の毛の無い長い手足を持った、サルのような動物が倒れていた。
胴体は毛深く、その中心から片手サイズのサバイバルナイフのようなものが突き出ている。これに刺さって死んだのだろう。まだ死んで間もないらしく、赤い血が緑色の地面に赤く小さな水たまりを作っていた。。
彼は恐る恐る近づく。
近くでよく見れば見るほど、見たこともない姿をしており。また、そんな動物が、ナイフによって死んでいるという事実が、彼にここは、日本という平和な世界とは違い、死と隣り合わせにある異世界だと言う事を思い知らせた。
ほんとに死んでる。
彼は何気無く死体に手を合わせると、少しためらった後、ナイフに手をかけ、思い切り引き抜く。
ナイフは軽い抵抗のあと、噴き出した鮮血とともに抜けた。
その真っ赤な血は彼の白かったYシャツを赤く染めた。
うわっ、冷たくて気持ち悪い……。ま、これで最悪の場合でも戦えるかな?
彼はYシャツが汚れたことをあまり気にすることもなく、ナイフを強く握った。
サルから血が噴き出したと言うことは、刺されたから時間が経っておらず、近くに刺したものがいると言うことになるのだが、彼は気付かないで、ナイフを振る。
彼の適当に振り回したナイフは、あたりに血をまき散らし、緑に赤い楕円模様を作り出した。
やっぱり身体能力が少し上がってるみたいだな、体が動かしやすい。
ここに来た時に体の傷が治っていたのと関係あるのかどうか……。身体能力が下がるよりはいいけど、あれだけ走っても息が上がらないなんて、正直不気味だな。
それに、サルとは言え、人型の死体を見たのに、あまり、動揺していない。それどころか、焦りが消えて落ち着いてる。これは、たまたまなのかな?
彼はさっとあたりを見渡すと、これから、どうするか考える。
人を探したいのもあるけど、さっきみたいに化け物……いや、異世界なら魔物か……。魔物に見つかったら、逃げるしかないからな。
弱い魔物がいるならそいつで、戦闘経験をしておくのも、いい。
こういうのはゴブリンとか、スライムを倒すんのがセオリーだけどいるかな?
ナイフという武器を手に入れた彼は、どこにいるかもしれない人と、弱い魔物を見つけるために緑の道を歩きだした。
どうも織田です。
題名を変えました。旧ロストメモリー〜悪魔な彼の異世界冒険記〜 新 悪魔的サーチメモリア
センスが良くなっているといいです。
2018/07/15文章の改善をしました。