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「ローザ! 何があった!? 今のは爆発だろう!?」


 自習室から本棚の合間を抜け、一階の受付前で出くわしたのはローザだ。彼女へ駆け寄りながら、視界に入る外の様子は、職員や教師が慌しく行き来しているところだった。

 二人を見やり安堵したような顔し、笑みを浮かべてローザはざっと説明する。


「ああ、良かった。二人とも無事だったのね。どうやら図書館の中じゃないわ。外よ。カイ様にも連絡したからすぐ来られるわ」

「……あいつが来るのか!」

「細かいことは後にして行きましょう!」


 ユリアにとっては知らない名前が出たが、この状況で聞き返すことではない。ユリアが先を促すと、応じるように二人も他の職員たちが集まるほうへと向かった。

 図書館の周囲は、季節の花々で埋め尽くされ、遊歩道のひとつとして整備されている。石畳が敷かれ、時折ベンチが設置されていた。しかし図書館の側であるためか、遠くまで見通しがきくように計算されて木々が配置されている。


 図書館の出入り口の反対側。壁が少し崩れていた。あの爆発音と揺れだ。図書館から近距離だったのは間違いない。

 葉が焼け焦げ、爆風によって押し倒された野花はしおれているようにも見えた。石畳が一部すすけて、時折混じる焦げ臭いが爆発の大きさを物語っている。


「だいぶ広範囲だな。なんだってこんなところで……」

「この辺りに何も危ないものはないんでしょう?」

「そうよ。図書館があるもの。滅多なことはしないしさせないわ。図書館の近くには他の建物はないし、今は試験が終わった直後だからここまで来る院生もそう多くないはずなんだけど……」


 なるほど、だからこんなに館内でも人気がなかったのだ。


(貴重な魔術書も多いから、大抵の国で学院内の図書館は警備が厳しいはずなんだけど)


 あまりにも物々しいと今度は院生も旅人も近寄らなくなる。そのためルーン魔法による管理や警備と、人の目による定期的な巡回がどこの国でも一般的だ。巡回はともかくルーン魔法による警備は、セキュリティの問題上、院生も細かなシステムを知らない。

 ユリアは状況を確認するようにゆっくりと足を進め、何か手掛かりがないかと周囲を見回す。


「火の気もないし、特別何かがあった場所でもない。――ローザ、他にこういう妙な事故や事件はなかったか?」

「妙って、たとえば?」

「なんでもいい。どっかの井戸や植物が急に枯れたとか、変死体があったとか」

「――何か調べてるのね。関係しているかどうかは分からないけど……私が知っているのはスラム街のほうで、病死や火事が続いているっていう話よ。本当に病死かどうかまでは知らないけど、場所柄どこまで役人が入るのかは謎ね」

「そうか、分かった」


 ローザの話に、ヴィレムが頷いた。

 スラム街。得てして、治安の悪いこうした場所には様々な情報網も入りづらく、また内部の情報が漏れにくくもある。役人や騎士隊も近寄らないことが多く、半ば無法地帯とも言われるが、ユリアには知る術もない。

 確かジークもスラム街まではまだだと言っていた。

 二人から十数歩離れた位置で、ユリアはふと足元を見やる。


「……ねえ、ヴィレム。こっち!」


 片手を振り、ヴィレムを呼んだユリア。

 石畳の隅。ともすれば爆風に押し倒された草花で気づかないであろうほど、小さなものだ。

 ドレスの裾が汚れないように注意しながら膝を折り、その草花を手で押し退ける。

 ルーン文字、だろうか。


「どうした? ユリア」

「何? 犯人の手掛かりかしら?」


 ローザも一緒にこちらへ近寄る。

 ユリアは石畳の隅に刻まれたルーン文字のようなものを指差した。


「手掛かり、かどうかは分からないけど、これ。院内の警備システムに関するものかどうか、私には判断つかないから」

「これは……警備システムには関係ないものだと思うわ」

「そうだな、俺もそう思う。焼け焦げたような今、刻んだってばかりに見える。どちらかというと、この爆発に関係あると見ていいだろう」

「カイ様がいらっしゃったら、もう少し何か分かるかもしれないけど……あら? ごめんなさい。呼ばれてるわ」

「ええ、いってらっしゃい。――ヴィレム、あなたは何か知ってる?」


 ふいに少し離れた場所で他の職員が、ローザを呼んだ。少し首を傾げていた彼女も、それに応えて二人から離れる。

 相変わらず焦げた臭いが鼻をつく。ユリアの視界には爆風で倒され、しおれた名前も知らない白い小さな花も一緒に映った。


「いや、俺はさっぱりだ。ところで、そろそろローザたちを手伝おうかと思うんだが、おまえはどうする? これ以上何にもないとは思うが……帰るか?」


 ユリアはスッと立ち上がった。

 おそらくヴィレムは心配してくれたのだろうが、じっとしているより身体を動かしていたほうがいい。余計なことを考えなくて済む。

 今はまずローザたちを手伝おうと、足を進め始めた。


「それなら、私も手伝うわ。大丈夫よ、ありがとう」






 学院の爆発騒ぎが起きたその夜。


「!!」

「おー、悲鳴あげなかっただけ成長したな」


 寝室のドアを開けたユリアは音のない悲鳴を上げた。

 夫婦であるなら、寝室が一緒。

 何か理由をつけて別室というのもありだろうが、曲がりなりにも新婚の身でそれをするのも、客観的に見るとなんだか怪しまれる気もする。


 今日の爆発騒ぎで、ユリアはドアを開ける瞬間まで正直忘れていた。こんな時があると結婚した時から、事前に想定していたことだ。それでもやっぱり、びっくりはする。忘れていればなおのこと。

 就寝前だからお互いに楽な格好だ。ユリアに至っては肌触りの良い生地を使ったネグリジェ姿。その上に紺色の薄いカーディガンを着ている。

 ヴィレムは相変わらず、就寝前だというのに真っ黒な服だ。もしかしたら素材くらい違うのかもしれないが、見た目だけでは判別できそうにない。違うことといえば剣がなく、部屋の隅にあるスタンドに引っ掛けてある。そのスタンドにトレードマークとなったコートも一緒に掛かっていた。


 濃色のカーテンは既に閉じられており、外の様子は分からない。小さな備え付けの棚はベッドから手を伸ばせば充分届く距離だ。そのうえに、ランプが鎮座し煌々と周囲を照らしていた。

 ベッドをふたつ置いても充分な広さがあるこの部屋に、ランプひとつでは少々薄暗く思わなくもない。とはいえ部屋の用途を思えば、人の顔と足元さえ分かればそれ以上は必要ないとも思える。

 部屋へ入って、右手側はおそらくクローゼット。正面にスタンドとベッド、その向こうに窓。なんでか衝立が置いてあるが、用途が思いつかない。


(一応間仕切りに使うつもりかしら? でもよく用意できたものね。なんて理由つけたのかしら)


 そんな部屋にユリアはひとつ不審な点が浮かぶ。同時にゆっくりと寝室のドアを後ろ手に閉める。


「――それはどうも。ところでなんでベッドがひとつしかないの?」

「残念なこと間に合わなくてな。届くのが明日以降だって話だ」


 沈黙。

 何をどう返せばいいのかよく分からなかった。どういう表情をすればいいのかも良く分からない。


(ひどい! フォルダールからここへ着くまで、日もあったのに! ……とか? いや、無理だし。それはないわ)


 いくら何でもそんな我がままな演技はやり通す自信がない。幸い寝室だけに他人はいないのだ。カーテンも閉じている以上、外から部屋の中が見える、などいうこともない。

 それならばとユリアはできるだけ低い声音で、面白そうに笑みを浮かべるヴィレムに言い返す。


「……あなたは床で寝るってことね?」

「ん? まあ、最終的にはそうなるだろうが……思ってたより平気そうだな?」

「何のこと?」

「いや、訳の分からん爆発騒ぎの後だし、形式だけでも慰めてやろうと思っただけ」

「あ、そういうこと。あのくらいは大丈夫よ。音痴からの魔力の暴走で、散々怒られたりしたけど、まさかここで役に立つなんてね」


 規模の程度はあれど、少々の異変には慣れている。それが音痴ゆえの魔力の暴走から来るものなのは、自分で自分が悔しいが、今回ばかりはそれに感謝するしかないだろう。


(特別動揺してるとか、そんなつもりはないけど気遣いはありがたいものね)


 形式だけの夫婦なら、細かな気遣いなど面倒だろうに放っておけばいいとユリアは思う。それをヴィレムは、こちらが言うより先に意図的にせよ無意識にせよ、こなしてくる。だから最後の最後で、もやもやしたよく分からない割り切れないものが心の内に溢れてくるのだ。


「それもそうか。ま、そういうことにしておくか。そこの衝立、好きに使えよ。おまえのクローゼットはそっち。俺のはここ。灯りはおまえが消してくれよ。寝る、おやすみ」


 ヴィレムは言いたいことをさっさと言って、ベッドの上に余分に用意されていた寝袋代わりの敷布を手に、適当にくるまった。躊躇いなくベッドから適度な距離をとり、本当に床に寝転がる。床の固さを気にするでもなく、ヴィレムはベッドへ背を向ける形をとった。


「うん、おやすみなさい」


 寝室が一緒なのも想定はしていたが、こうなると少しだけ思うこともある。

 一応ユリアは挨拶を口にするが、少々刺々しくなったのは否めない。寝てしまったのか、それともスルーを決め込んだのか、ヴィレムからの反応はなかった。


(何よ、ガキに興味ないなら、余計な気なんか遣う必要ないじゃない。本当、ヴィレムってよく分かんない)


 衝立をヴィレムとの間にそっと置く。そのままベッドのほうへ少し乱暴に座り込んだ。

 衝立は黒い布が張られたものだ。灯りがあっても影が透けることはない。それでもランプの灯りは彼にとって眠りの邪魔だろうか。

 いや、ここは嫌がらせに点けたままというのもありか、などと思考を巡らせるがすぐさま止めた。点けたままにしたら、自分にとっても明るすぎる。

 ユリアはランプへと手を伸ばせば、ルーン文字が刻まれた台座に手を添えた。流通している生活用品に使われる魔法は、至って単純だ。ランプを点ける時に必要なのは火、火を消すのに必要なのは水。当たり前のことがそのまま、必要なルーン文字を指している。


「――ラグズ」


 ユリアが小さく口の中で発したそれに応じるように火が消え、暗闇が視界を覆った。カーディガンを着たままだったことに気づくが、暗いしもういいかとベッドへ横になる。

 長旅と驚くことばかりと、爆発騒ぎ。動揺はなくとも、疲弊はしている。睡魔に襲われるのに、時間は必要なかった。


(あ、私、あの魔力制御のことも聞いてな……い……)


 図書館の自習室でのことだ。しかし今は、瞼が落ちるほうが格段に早かった。


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