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 各国にあるルーン魔法学院は、元はひとつの組織から作られたものだ。そのため数百年という月日が流れてなお、国は違えど学院の大まかな構造やシステムは似たような部分が多い。


 しかし数百年という月日の中で、国の援助を受け戦争に巻き込まれるうちに、国を越えてのルーン魔法に関する大々的な知識、技術共有はほぼなくなった。公な技術流出などはなくとも、人の流れや物流は止められない。世界中で日常生活に魔法が溶け込んでいる以上、新たな発見は噂となって広まり、他国が知らない技術や知識も旅人に紛れ、ほんの少しずつ流れている。

 そのため身元の分からない者、他国出身者などには、出入り禁止の区画や手続きが課される。


 様々な施設に繋がる遊歩道を案内され、辿り着いたのは他の施設から少し離れたドーム型の建物の前だった。既に扉は開かれており、少し目をやれば“受付”の文字が目に入る。院生の少年と受付の女性が話をしているのが視界に入ったが、内容までは聞き取れない。時期的なものか、人が多いという印象は受けなかった。壁面は様々な神話や逸話を象っており、繊細な細工が施されていた。

 案内してくれた女性が改めて会釈をしながら、ユリアへ名前を告げる。


「申し遅れました。私はローザ、学院秘書課で図書館の管理運営の補佐をしております。……なんて、あなたの前でこんな口調も逆に調子が狂うわ」


 ちらりと後半、ローザが視線を向けた先はヴィレムだった。素知らぬ振りで受け流すヴィレムだが、彼女と何らかの関係があったのだろうか。


(少なくとも、気を遣うような間柄じゃないのは……確かよね)


 ヴィレムの弱味を握れるかもしれない。気になる。いつ聞こう。

 そんな脳裏の思案を顔に出さないようにと、細心の注意を払いながらユリアは会釈を返す。


「……よろしくお願いします、ローザ。構わないから、気軽にお話してくれると嬉しいわ。私もそうするから。名前もユリアと」

「ありがとう、それじゃあそうさせてもらうわ。ふふっ、素直そうで良い子じゃない。フォルダールで出会ったとは聞いていたけど、どうやってこんな子のハートを射止めたんだか」

「あー、話が先に進まん。いいから館長に取り次いでくれ、入館証もらいにきたんだ。時間がなくなる」


 勝手知ったるなんとかよろしく、勝手に先に進もうとするヴィレムを追いかけるように足を早めた。今度は案内役が交代し、ローザがユリアの隣を歩いている。

 中に入ってからもやはり人気は少なく、時折すれ違うのはローザのような職員たちだけだ。


「私のこと、もう話が広がってるの?」

「ええ、名前はさすがに一部だけだけど、ついにあの商人がフォルダールで結婚したらしいって噂はあちこちで持ちきりよ」

「……あの商人……」

「そうよ、黙って立ってればあの見た目でしょう? 貴族か商家だったか、お嬢様が何人か卒倒したって話よ。もちろん、噂に尾ひれがついてるんでしょうけど、直後の舞踏会や夜会では欠席者が相次いだっていうし」

「それだけ目立っててよくも――」


 ユリアは思わず言いかけて口を噤んだ。傭兵団のことを言っていいのかと迷ったからだ。

 内偵の仕事が回ってきたものだと思う。人脈があるとか、様々な場所の出入りに苦労しないとか、そういう理由もあるのだろうが。

 だからといって、ことと次第によってはグレンナで商売ができなくなるだろうに。

 そんなユリアの思案を察したか、ローザが続ける。


「……傭兵団のことかしら? たいていの人は知ってるわよ。ヴィレムが傭兵団のひとりだって」

「私はフォルダールでのことしか知らないけれど……どうして色々出入りできるの? 何かグレンナにとって、良くない依頼を受けてるかもしれないでしょう?」

「確かに彼のこと良く思わない人もいるわ。商会といっても何でも屋みたいなものだし、仕事の内容は商会も傭兵団も被ってることが多いから、ピリピリしたって仕方ないという考えが大半よ」

「それを言われると……そうね」


 フォルダールでも同じことが言える。とはいえ、ユリア自身は商会や傭兵団と関わりがなかった。もしかしたら偶然寄った店が実はフィレンツェン商会の系列だった、などということがあるのかもしれないが、気に留めてこなかったせいか特に思い出せるものはない。商会の存在は知っていたし、町で流れる噂程度のことは耳に入っていた。


「もし仮に危険な依頼があったとして、それを彼が受けたなら、多分何か理由があるんじゃないかしら? 頭から彼のこと疑う人もいるけど、現実証拠もない以上だれもどうすることもできないわ」

「それだけ皆から信頼されているということね。……――!!」


 ふいに数歩先を歩いていたヴィレムが立ち止まって振り返ったため、ローザとの話に夢中になってたユリアはぶつかった。

 ぶつかったといっても勢いがあったわけでもなく、互いに顔面衝突したわけでもない。痛みを伴うわけではないが、いきなり腕の中に捕まえられたような気がして、心臓にはものすごく悪い。


「黙って聞いてたが、本人がすぐ側にいるってのによくそんな話ができるな」

「え、わ、わ、だって私、グレンナでのあなたのこと、な、何も知らないから」


 突き放そうとした時には既に遅い。腰に手を回され、簡単に身動きが取れなくなっていた。

 思いきり動揺して、視線をさ迷わせ、なんとかヴィレムの腕から逃れようと身動ぎするがどうにも上手くいかない。


(ど、どうしてこの人はこんなに……)


 好き勝手にしているように見えるのに、信頼されるんだろう。

 幸いなのは人気が少ないことだ。ローザの前でもただでさえ恥ずかしいのに、これ以上人の目が増えてはたまらない。


「ふふっ、愛されてるのね、ヴィレム。可愛い奥方をあまりいじめちゃダメよ」

「え!? え、えーっと」

「ユリア、ここが館長室なの。声をかけてくるから少し待っていて」


 否定すべきか、肯定すべきか。どちらもなんだか違うような気がして、動揺したままユリアは頷くのが精一杯だった。

 ローザが丁寧にノックをし、扉の向こうに消えた。来客を館長に告げるだけの僅かな瞬間。

 ヴィレムが離れ際に耳元で低く囁く。


「――今のは大根役者にしちゃ良かったな。普段からあのくらい可愛げがありゃあいいのに」


 狙ったようにローザが扉を開けたため、ユリアの反論は綺麗に封じられることになる。






(……面白がってるに決まってるわ。じゃなきゃ、あのタイミングであんなこと言うわけないもの!)


 反論するタイミングを見失い、そのまま手続きに入ったが、幸い手続き自体は簡単なものだった。勝手に本を持ち出さないこと、職員の指示及び館内規定に従うこと、返却期日を厳守すること。以上が明記された誓約書にサインし、館内の説明を受ける。あとは婚姻証明書だったが、いつの間に用意していたのか、ヴィレムが先に手配していたためこれも問題なく提出できた。


 手続きの最中の会話で、ヴィレムに対してローザや館長の前で少々突き放すような態度や怒ってみせても、新婚だからと微笑ましくみられた。

 正直、あれはあれでなんだか恥ずかしい。

 そして手にした入館証は、学院名とユリアの名前が明記されたカードだ。何か本を持ち出す時にも必要だとローザから聞いた。


(多分これも同じように、魔法で何か細工があるのよね……見た目には分からないけど)


 このカードにかかったルーン魔法の構築式は、職員の中でも一部しか知らないもののはずだ。そしておそらく、偽造されないように複雑に構築されている。フォルダールでもそれは同じで、手続きこそいらなかったが貸し出しのために同じようなカードをユリアも持っていた。もちろん、ルーン魔法を使って管理しているということだけで、詳しい仕組みもなにも全く知らないし、知る術もない。


「――入館手続きって、面倒なイメージだったけどそうでもないのね」

「戦時中じゃあるまいし、きちんと書庫を分けて管理すりゃこの位が普通だろ。なりすまして誰かが入ったところで管理さえきちっとしてりゃ、見られて困るようなもんがその辺にあるとも思えねえしな。再発行のほうが面倒だし、手数料とられるからなくすなよ」

「分かったわ」


 ユリアは胸元のポケットに手を添え、カードの存在を確かめた。

 管理の仕方もあるだろうが、和平協定からまだ一年だ。そう簡単に人の心が変われるとも思えない。フォルダールでは、そちらのほうが問題な気がする。しかし今ユリアが考えることではない。

 二人は館長室から出た後、階段を降り地下へ着いた。ヴィレムは足を止めることなく、本棚の間を通り抜ける。

 灯りは壁に備え付けられた燭台が主だが、点っているのは火ではない。ルーン魔法による光の球が周囲を照らしている。

 ユリアは目についた本のタイトルに、つい足を止めそうになった。それに気づかないのか、本気で無視しているのか、ヴィレムはさくさく進むため、声をかける暇もない。


「ねえ、ちょっと待ってって。――どこへ行くの?」

「もう着いた」

「はい?」


 同時にヴィレムは足を止めた。同じくユリアも止まり、目の前の扉に目をやった。

 整然と並んだ本棚を抜けた先は、同じような扉がいくつも並んでいる。

 木製の扉を開け、中へ入れば参考書の類がつまった小さな本棚、テーブルとイスが数脚。ルーン文字や代表的な構築式の表が壁に貼られている。


「個別の自習室。ここが一番安全だ」

「……それって……どういうこと?」


 自習室は分かる。フォルダールでも同じように、図書館の中にあったから。


「音痴なヤツが呪歌歌うと暴走するだろ。被害を出さないためには、ここが一番安全だ」

「ぼ、暴走……それは、そうだけど。安全って……あ、そうよね。結界があるか」


 一応、詠唱練習のための部屋はあり、魔法が暴走し外に被害が出ないように結界が張られ、必要であれば院生の魔力に制限をかけることもある。

 しかし厳重かというと一番ではない。やはり貴重なものがある部屋、建物にはあらかじめ何十にも結界があり、魔力を制限する魔法陣もある。

 それを思うと多少の詠唱練習には、こういった図書館などにある自習室のほうが心強くはある。音痴であれば、なおのことだ。

 一方で院生たちが何かやらかさないように、定期的に魔法士も兼ねた司書や職員が見回りもしている。その目をかいくぐって、色々利用している院生や利用者もいるようだが、ユリアが直接関わったことはない。


「でも、万一とかあったら大変じゃない? ……そもそも図書館じゃ禁止でしょう?」

「何のために俺がいると思ってんだ。暴走させなきゃ問題ない」


 不安、心配、そんな単語がこの男の辞書にあるのかと疑いたくなるほど自信たっぷりだ。


(自信家もここまで来ると、もう清々しいわ。……もし何か壊したり、重要な資料でも破こうものなら、出入り禁止じゃ済まないでしょうに)


 ユリアも規則上禁止のため、図書館内で魔法を行使したことはない。というよりも、ユリアの場合院内どこであろうとひとりで歌うなと厳命されていた。

 もちろん、そんな大事なものがある場所の近くに自習室を作ったりはしないだろうが、やはり当人としては不安である。罰則はいくつかあるが、次第によっては役所や騎士隊に突き出されるという可能性も否定はできない。

 会話をしながら自習室へ入る二人。


「ここは個室ごとに色んな結界があって、頑丈になってるから気にすることはねえよ」

「そういうもの……なの?」


 図書館という場所柄、音が外に漏れないようにする結界も張ってあるはず。それでもヴィレムの理屈に首を傾げるが、続いた答えには納得せざるを得ない。


「そういうもんだ。それに可能な限り人にバレない状況でどこまで音痴か確かめなきゃ、後々の仕事にも関わる。んなことより、あれ、読めるな?」


 いざという時の戦力として使えない以上、それを言われてはユリアに返す言葉はなかった。なにより、これ以上音痴がバレにくい場所も他にはない。


「うっ……え、ええ、外からの灯りで充分読めるわ。燭台つけるための呪歌よね?」

「その通りだ。たいして長いもんでもないし、覚えたな?」

「あのくらいなら問題ないわ」

「んじゃあ、アレ、点けてみろ」


 二行ほどの短い歌だ。中等科を卒業していれば、たいして難しいものではないため、ユリアは頷いた。

 同時に扉が閉められた。足元が見えないほど真っ暗ではない。とはいえ、何かを見たり読んだりするには少々暗いだろう。

 ここへ来た目的は理解したものの、やはり禁止だと言われる場所で魔法を使うとなると、精神的に抵抗がある。

 何度かヴィレムと燭台を交互に見やるが、ヴィレムはやれとばかりに顎をしゃくる。


(――ええい、やるしかないわ。大丈夫って言ったら、多分大丈夫なんだろうし!)


 ヴィレムの性格上、できないこと、危ないことはしないし言わないしさせないはずだ。仕事に関わるなら尚更そうだろう。そうでなければ、信用も実力もここまで周囲に認められていない。

 ユリアは二、三回深呼吸をした。

 燭台へ歩み寄り、そっと手をかざす。目を閉じ、意識を指先へ集中させた。僅かな魔力が流れたためか、燭台に刻まれたルーンがうっすらと光る。ものを引っかけるフックを思わせるが、ルーン文字はもっと直角に曲がっている。

 一音目を発しようとしたその時だった。


「……――っ!」

「いいから、そのまま歌え」


 ヴィレムに後ろから抱き込まれた。燭台にかざした手にもヴィレムの手が重ねられる。

 同時に彼の魔力も感じられた。動揺もあったが、他人の目がないことが幸いしたのか、今までほどではない。

 ユリアはゆっくりと頷いて、音を口にする。日常使う言語とは違うもの。今の言葉に訳せば、こうなる。


 闇を照らせし、光の欠片。ここに集いて、我らを照らせ。


 二人分の魔力が重なったためか、ふわりと魔力による僅かな風が、ヴィレムのコートの裾やユリアの金の髪を揺らした。

 ユリアは歌うが音程がズレるたびに、ヴィレムが眉をしかめる。歌といっても呪歌は大声で歌うものでもない。それでもこの至近距離だ。音程がズレたのはヴィレムにも聞こえている。

「……――ソウェル」

 最後に刻まれた文字を読んだのはヴィレムだ。この程度の呪歌なら、本来それは必要ないことだ。

 光が集まり、他と同じような灯りが点いた。


「うそ……なんで……?」

「確かに魔法士というには音痴だな。窓ガラスや花瓶が割れたり、色んなものが爆発したんだろうよ。もっとひどいのを想像してたが、それよりはマシだったな。堂々と魔法士名乗るにはひどすぎるが」


 ヴィレムはユリアから離れ、先ほどユリアが歌った呪歌を思い返すように、顎に手を当てた。

 正常に魔法は作動したのだが、それが逆にユリアには不思議で仕方ない。改めてヴィレムへ視線を向ける。


(確かに私じゃない、別の魔力を感じた。他人が外から暴走する魔力を制御できるなんて聞いたことないわ)


「……もっとひどいってどんなの想像してたのよ……? というより、あなた何をしたの……?」

「そりゃあ、一音目から盛大に外して、その辺の本が飛んでくるとか、テーブルやイスが壊れるとか、その辺の壁にヒビがいくとか」

「ええ、そうね。院生だった時も今も、正直そんな感じだけど。て、半分質問に答えてない!」


 あえて答えないのか、それともいつものからかいのほうが先にきてるのか。詰め寄ろうとしたその時だった。

 突然の爆発音により、図書館全体が揺れた。


「――え、わ、きゃっ……!」


 自然とヴィレムのほうへよろめき、必然的に抱きとめてもらう形になった。


(こ、この流れ、何度目……!? )


「……大丈夫か?」

「え、ええ、ありがとう」


 蒼い瞳が心配そうに覗き込む。ここで動揺しててはいけない。今の揺れと音は明らかに不自然だ。どこかで爆発があったに違いない。


「行くぞ、とりあえず状況確認だ」


 ヴィレムの言葉にユリアも頷いた。


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