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 ちょっと出てくる。しばらく帰れねえかもしんねえが、なんかありゃジークやエリクに言えよ。


 そんな書き置きを見つけたのは、カイが屋敷を去ってから少し経った頃だった。カイが訪れたのが昼前。今は昼食も終り、一息ついていた昼下がり。たいていこのタイミングで、あれをやれ、これをやれとユリアに言ってくるはずのヴィレムが姿を見せなかった。

 彼を探して、書斎を訪れそこで書き置きを見つけた。ヴィレムがいないということは、ジークは屋敷にいるはずだ。


(あの人がいないなら、ジークから何か聞けないかしら)


 ちゃんと答えが聞けるかは別として、知りたいことは色々ある。それに誰かに聞いても、ヴィレムが居ては邪魔をしてきそうな気もする。落ち着いて話をするなら、今しかない。

 そう思って、あちこち探すが当のジークの姿も見当たらない。書斎、エントランス、応接室、その他ひと通り回ったはずだ。あるいはどこかへ少し出かけているだけかもしれない。


(あまり長く空ける時だけジークに頼むって言ってたから……ちょっとの外出なら、両方ともいない場合があるってことよね)


 時折、使用人たちと行き違うが、忙しそうなところにこの位で手を止めさせてしまうのも気が引ける。キッチンの手前で大きなカゴを抱えた少女に出会う。同い年くらいで、キッチン周りが担当なのか、見かける場所もだいたい同じだ。歳が近いとやはり親近感も沸き、話もしやすい。茶色の髪で、柔らかな雰囲気を持つ少女だ。髪を後頭部でまとめ、濃い色の動きやすいドレスにエプロンと、使用人にはよくある格好だ。


「あら、ユリア様、どうされましたか?」

「……ううん、いいの。急がないし、どうしても困ったらまた来るわ」

「そうですか? もうすぐ私、手が空きますから、お手伝いしますから」

「いいって。本当にそこまでのことじゃないし」


 彼女の言葉を遮るように、ユリアは軽く首を横に振り、返答を聞く前にその場を後にした。歳は近くても彼女から見れば、ユリアは主人の奥方。ずっとそこに留まっていては、手を止めさせてしまう原因のひとつにもなる。

 とはいえ、いざという時に頼るアテが出来たことはありがたい。


(エリクとも入れ違ったのかしら。……部屋の奥とかにいるなら、それも無理ないか)


 ユリアは足を進めながら、エリクの顔を見ていないことに気がついた。一見して分かりづらい棚の後ろや部屋の奥にいたなら、ユリアからは見えないし気づかないだろう。背丈のこともあるが、ジークを探すことに比重を置いたためだ。フィレンツェン兄弟は、何より目立つ。

 使用人は大雑把に二つに分かれている。屋敷内の管理やヴィレムたちの食事など日常的な世話をする者、ヴィレムの下で仕事をしている者。エリクは前者で屋敷内の管理や雑用が主になっている。

 仕入れ、在庫管理、商会の名で出している露店の経営チェックなど、細かな流れは分からないが、この辺の実務はほとんどを使用人に任せていることが多いらしい。

 ヴィレム当人はというと、貴族や商家相手の大口の取引や露店などのオーナーからの上納金の回収、傭兵団の仕事と様々な報告書に目を通すことが主になる。もっとも時々抜き打ち検査よろしく、実務もこなすため部下の管理も忘れていない。


「そういえば、地下があるのよね……。おまえは用事ないからって言われて、入ったことないけど」


 屋敷の一階、一部物置になっているため、それほど人が行き来しないところがある。その奥に地下への階段がある。

 物置といっても普段から必要なものが置かれている部屋だ。取り引きの多い品物や長期保存のきくもの、屋敷内で必要な備品が仕舞われている。ちなみに庭にも倉庫があるため、物の置き場には苦労していない。

 きちんと用途別に部屋を分けられた物置の前を素通りし、人がひとり降りれる程度の階段の前でユリアは立ち止まった。


「どうしよう……こんなに時にはエリクとすれ違わなかったし……。今から戻るのもなぁ……」


 アテはあっても、彼女に別の仕事が入っている可能性もある。

 勝手が分からない最初のうちは誰かがついていてくれたが、今はそこまで困ることは少ない。ヴィレムもジークも何事もなければ、たいていその日の予定が決まっているからだ。誰かに会いに行くとか、一日事務仕事とか。それが分かっていれば居場所もだいたい見当がつくため、今日のようにここまで探し歩くことは少ない。

「そもそも突然出かけるって置き手紙していったのはヴィレムなんだし……」

 知り合って日が浅いとはいっても、一応の夫婦なら置き手紙ひとつで済ませるのもどうかと思うのだが。仮にも、形式だけとはいえ、これでも新婚だ。

 それに地下に入るなと厳命されたわけでもない。なら別に迷う必要なんてないじゃないか。

 階段を降りていけば、ひとつのドアに辿り着く。その辺の部屋のドアとなんら変わりのないものだ。

 そこへかちゃりとドアノブが回った。


「……あれ? ユリア? どうしのかな?」

「え! あ、いや、ジークに聞きたいことあったんだけど、どこ探してもいないからそういえば、後ここだけだったなーって思って」


 ドアの向こうから顔を見せたのは、今まで探していたジークだ。


「ああ、なるほど。ごめん、歩き回らせちゃったか。とりあえず、場所変えようか」

「うん、ありがとう。ところで、ここ……何?」

「そうか、地下は用事ないだろうからってちゃんと案内しなかったね。なんてこない物置だよ。ごちゃごちゃしてるから、何がどこにあるか把握できてる人は少ないけど」

「それって――勝手に入ったら怒られる感じ?」


 ついでだから、適当に入っていいのかどうかだけでも聞いておけば、今後のためになる。

 おそるおそるユリアが問いかけると、ジークは少し首を傾げるも即座に答えを返す。


「怒られはしないだろうけど、触らないほうがいいものもあるし、ひとりでは来ないほうがいいだろうね」

「了解。覚えておくわ」

「それじゃあ、行こう」



*****



 二人は二階のリビングへ移動した。四、五人が食事する程度のテーブルとイス。窓からは日が射し込み、風通しのためか少し開いている。染みひとつないカーテンが揺れ、エリクがお茶を淹れてくれた。

 あれだけ歩いて顔を見なかったが、ジークを探し当てた途端、エリクとも会えたのだから不思議なものだ。


「それじゃあ僕はまだ仕事が残っているので、失礼しますね」

「ええ、ありがとう。エリク」


 丁寧に礼をするエリクにユリアは頷き、ジークはエリクの言葉に片手を振った。

 エリクの気配が遠のけば、ポケットにしまったままの書き置きをジークへ差し出す。


「それで、あなたを探してた理由のひとつだけど」


 カップに口をつけつつ、ジークは差し出された書き置きに視線を落とす。


「……――出かける、ね。なるほど」

「なるほどって……あんまり驚かないのね」

「あんな破天荒な兄さんだと、たいていのこと驚かないけど」

「それもそうね。それで、どうせ居ないならと思って、少し話が聞きたいんだけど――って、なに? その顔」


 ジークはヴィレムの書き置きをユリアへと返す。そこへ若干首を傾げたジークにユリアも思わず聞き返した。


「いや、なんていうかもっと心配するのかと」

「あなたの前でそんなことする必要はないでしょう。それにちょっとくらい帰ってこないとか、黙ってどこか行ったところで、ヴィレムならそんな心配することないでしょ」

「なるほど、兄さんが君を選んだ理由が分かった気がする」

「……いいことなのか、悪いことなのか……。とにかく、ヴィレムがいないうちなら落ち着いて話が出来そうだから、聞いていいかしら?」


 ジークは妙に納得したような顔をした。ユリアとしては突っ込みたいのはやまやまだが、それよりもまず聞きたいことがある。


「兄さんが何をどこまで話してあるのか分からないけど、俺が答えられることなら」

「そうね……それなら、どうして私だったのか、これなら答えられる? 傭兵団なら、適任の人はいくらでも探せたでしょう。ジークの主観でもいいから、聞きたいわ」


 これならジークが仮に知っていたとしても、どうとでも答えられるはずだ。知らないフリも、ジーク個人の想像でも回答になる。

 ユリアが割と気を遣って選んだ質問も、特に考える様子もなく口を開く。


「それは簡単だよ。君がタイミングよく転がり込んできた。それだけだ。奥方が傭兵団(ヴァイキング)出身なんてバレたら余計な火の粉が飛びかねないだろう。兄さんの家出なら帰らなくていいっていうのも、本音のようだけど最終的に借金でもなんでも、理由をつけやすそうだったし」

「でもヴィレムは、私にすることで見返りがあるって言ったのよ。その辺の理由じゃ、見返りにはならないでしょ」

「見返り、ね」

「何か心当たりあるの?」

「俺の認識じゃ、見返りって呼べるものではない。そもそもユリアかどうかも分からないことだね」

「どういうこと?」


 ジークは片手を頤に当てた。何か知っているような、そんな素振りだ。

 鼓動を数十かぞえた沈黙。

 話していいのかどうか迷っている。ユリアにはそう見えた。

 観念したようにジークが嘆息し、改めてユリアへ視線を向ける。


「――まったく、兄さん、何をどこまで喋っていいのか見当もつかないじゃないか……その前に呪術師(ヴォルヴァ)って、知ってる?」

「呪術師って……薬師(セイズ)と近い人たちね」

「昔は薬師と兼任してる人も多くて、両方まとめて薬師で通ってたけど、今は薬師と呪術師は別の者と意識されつつある。別名を予言者ともいうけど、あまり良い歴史が残っていないからね」


 ユリアも知識として知っているが、今まで呪術師に会ったことはない。

 呪術師。神や精霊との交霊、予言、儀式によって人を呪い殺す魔法を修得した者のことだ。大昔の戦場で、勝利の予言者として重宝されていた。しかし敗戦を指したり、将兵の死を予言することもある。心ない人間はその予言さえも、予言者の呪術によるものだと決めつけた。こうなれば呪術師本人の意思は関係なく、死と怪我を招くと忌み嫌う者も多くなる。


 そこから薬師といえば、魔法を駆使して怪我や病の治療を行い、特殊な治療薬を作り人を助ける者へと認識され始める。

 予言というより、呪術としての印象や逸話が先行した結果、今のように呪術師と呼ばれるようになった。


「今もいるの? 学院では教えてないはずだし……」


 一部のあまりにも危険な魔法技術は、学院では教えていない。その代表的な技術が、呪術師、獣使い(ガンド)が修得しているものだ。

 呪術師の予言能力は人の生死、国の滅亡さえも左右する。そしれは同時に術者の精神的な負担が大きく、学院で広く教えられるものではない。


 そのため、呪術師は個人が弟子をとる形で、ずっとその魔法技術が伝わってきた。しかし現在、呪術師の数は少ないと言われ、会ったことのある人間はそう多くない。


 獣使いは、もっと特殊な位置にある。その技術自体、学院では解明されておらず、伝説にも等しいものだ。しかし各国の歴史には、確かに獣使いの名が記されており存在していたのは確認できている。世界的に失われた魔法、それが獣使いだ。

 総じて失われた魔法も含め、全ての根幹にあるのがルーン文字だという理解が一般的なものだ。


「いるよ。実際に兄さんが見返りって言ったのは、多分その予言が原因だろうし」

「……――な、なんか、話が大きく……頭がクラクラしてきたわ」

 心を落ち着けようと、ユリアもカップに手を伸ばした。金の縁取りで繊細なバラの絵が描かれた

ものだ。

「君からしたらそうだろうね。俺たちは、というより、俺と兄さんは赤い本の原本を探してる。その魔道書へ辿り着くためには、君が必要だ。解釈の仕方はいろいろあると思うけど、少なくとも兄さんはそう思ってるね。反面、あまり危ないことに巻き込みたくないようだから、君にとって知らずに済むなら知らないままがいいと思ってるんだろうね」


 何がどうなってヴィレムの脳内でユリアに行き着いたのか謎だ。


(直感!! ……とか、言いそうよね)


 予言の言葉に規定の訳はない。これまでの研究からこの程度の意味だろうという推測は世界中にある。そもそも当事者でなければまったく分からなかったり、誰が聞いても意味が分かる予言もある。

 なんにしても全体的に抽象的なのだ。予言は神の言葉と言われる。呪術師について、浅い知識しかないユリアには、上手く掘り下げていく自信はない。


 そして自分を巻き込みたくないと彼が思っているらしいことに、一度は驚くものの、すぐに納得して渋々ながら頷いた。それもそのはず、端々に見える気遣いに振り回されているのだから、ユリアからすると少々複雑でもある。


「ヴィレムにそんな気遣いが……確かに、あるんでしょうね。一瞬否定しそうになったけど。まとめると、あなたたちは魔道書を探してる。その魔道書について、呪術師に予言をしてもらった。本当かどうかはともかく、それに対してヴィレムは私が必要って結果だと思ってる。ここまではこんな感じかしら?」

「気持ちは分かるよ。多分、普通に暮らしてれば呪術師だ獣使いだって、本の中の存在だろうし。大丈夫かな?」

「ええ、ありがとう。大丈夫。先へ進んで」

「それじゃあ、遠慮なく。予言にひとつ、俺たちに関わりのあるものがあった。“古き縁が続く国にて、焔が揺れ、赤き強大な力が巡る。かの導き手は強き金の光。神に見放され、神に愛されし光。運命(さだめ)に従え。神の成すところに従え。さすれば、光は留まらん”」


 落ち着いた声音が予言の言葉を紡いだ。

 ユリアは何度か瞬きをし、僅かな沈黙が降りる。そしてある種、当然の結果が導き出される。 


「……まったく意味が分からないわ」

「ああ、そんなところだね。――ユリアとは限らないってさっきは言ったけど思い返せば、ユリアかもしれないな」

「どうして?」

「歌えないから。これは考え方によっては、神に見放されたとも思える。魔道書についての予言だから、他のことで神に見放されたとは思いにくい。運命が何を指すのか、これは抽象的だから置いといて。神の成すところは、平たく言えば時の流れに任せろってことだし」

「それってつまるところ、偶然見つけたのが私だったってことよね? なんだか一周回って同じところに結論出てない?」

「信心が足りない人が言う言葉だよね、それ。俺もそんなに熱心なほうじゃないけど」

「うっ……。だって、呪術師って見たことないし。それこそ本の中だけの存在だし……信仰してないからって、別に魔法の威力が落ちたわけでも使えないわけでも……って、私は歌えないんだから使えないんだけど」


 全ては神々の差配によって生まれる。偶然も必然も、神々が決めたものである。

 そんな説が一般的だ。偶然も必然も全ては、神が定めたもの。そうでなければ、予言が的中する理屈が分からないからだ。


「あとは何かあったら兄さんに聞いてくれるかな。俺から言えそうなのはここまで」

「――了解。何で赤い本探してるのって質問は、またそのうちにするわ」


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