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 学院での爆発騒ぎから数日。白木のような薄い色素の髪で肩にこそつかないが、線は細く色白で、遠目に見れば女性とも思えるほどだ。しかし声は青年のそれであると分かる。黒地に金のラインが裾に施されたローブは引きずるほど長く、下に着ているものはまったく分からない。フードもついていて、どこかの絵本で見た悪の魔法使いそのものだ。

 ヴィレムの屋敷、一階にある応接室だ。テーブルやソファ、引き出しや引き戸のついた本棚。その隣には、なんだか高そうな食器がいくつも飾られた食器棚。応接室というだけあって、ソファや一部敷かれている赤い絨毯も一級品である。

 ヴィレムはソファでふんぞり返るようにテーブルに両脚を置き、間違っても客の前でする姿勢とは思えない体勢だ。

 ここはそれらしく妻として、注意でもすべきなんだろうかとユリアは思う。しかし目の前の青年は気にする様子もないので、放置したところで多分問題はないとも思った。何より見るからにそんなことを気にする性格ではないのが分かる。


(まぁ、そういうこと気にする人なら、あんな格好しないものね)


 ユリアも今は少年のような服装に戻っている。動きやすさを理由にしたら、案外あっさりとヴィレムは認めてくれた。


「で、図書館の、というより学院の名誉顧問のあんたがわざわざ一介の商人の屋敷まで来るとは、またどういう風の吹き回しだ?」

「そんな邪険にしないでくれたまえ。君の奥方の顔を見ておこうと思ってね! あと色々手伝ってくれたって聞いたし現場に居合わせたんだから、知る権利くらいはあるだろう?」

「名誉顧問?」


 ユリアには初めて聞くものだ。フォルダールの学院にはそんな役職はなかったはずだ。

 青年とヴィレムを交互に見やると、答えたのは隣に座るヴィレムだ。 


「王国にはないのか? 学院で何かあった時に相談に乗る何でも屋」

「ということは……実はすごい人?」

「そうだよ! 僕はすごい人なんだよ!」

「自分でそれを言うか。変人なだけだ」


 問い返したユリアに、自信たっぷりに青年が胸を張って告げる。

 カイ・ロンベルグ。薬師や祈祷師として有名だが、その傍らで奇妙な魔法道具の収集癖がある。性格にも難ありが災いし、周囲の評価は総じて変人だ。そして、どこから沸くのかヴィレムとはまた違ったタイプの自信家のようでもある。


「……変人って言えば、ここにいる人はある意味変人よね」

「そこは天才って言え。天才って」


(その天才ぶりが、変人じみてる気がするけど……今は黙っておきましょう)


 自分で天才と言うヴィレムも充分変わってると思うが、ここで突っ込んでは話が逸れてしまう気がしてユリアは沈黙した。


「さて、例の爆破事件だけど。結果を言うと、犯人は分からなかった。手掛かりっていえば、ユリア嬢が見つけてくれたルーン文字のようなものだけど……」


 カイはもったいぶるように言葉を切った。

 ヴィレムへちらりと視線を向けると、少しイライラしたような表情をしている。話がそれる前に、促したほうがいいのかと迷っていれば、先にカイのほうから結論を口にする。


「ルーン文字じゃなかった」

「それじゃあ何だったの?」

「分からなかった」

「おい、待て。何のために学院もおまえを呼んだ」


 自信満々に、それも軽快に言い切るものだから、ついスルーしてしまいそうだ。当然だが彼と付き合いのあるヴィレムは慣れたものなのか、キレのある突っ込みが飛んだ。本来ならもう少し申し訳なさそうにしてもいいものだが、カイからそんな様子は微塵も感じない。

 かと思えば唐突にその声音は真面目なものに変わる。


「というのは建前で、学院代表として来たのだよ」

「つまり?」

赤い本(レイドスキンニ)は知ってるかな?」


 ユリアの問いに、カイは質問で返した。

 赤い本。その名の通り赤い表紙に金の文字で内容が書かれた魔道書だ。持ち主に絶大な力を与えるもので、歴史の中にも幾度か登場している。戦時中は写本も製造されたが、あまりの威力に写本の製造が全ての大陸において禁止された。

 製造禁止の条約が交わされたのが十五年ほど前。フォルダールとグレンナの直近の戦争においては、赤い本の存在は確認されていないはずだ。条約締結と同時に全ての写本は焼却され、原本は学院などのきちんとした場所の管理下に入2ったものもあれば、そもそも原本自体行方が分からないものも多かった。


 赤い本の原本は条約以前に既に失われており、写本といってもコピーの更にコピーといった劣化品でもあった。それでも脅威であることに変わりなく、一方的な虐殺の防止、あるいは極端な力関係の変化を防ぐため、赤い本を含め、強大な力を持つ魔道書の写本は製造は禁止となったのだ。

 写本製造禁止や赤い本の話は世間に知られているもの。まして魔法に関わる者ならば、知らないはずがない。

 そして何故か、カイはヴィレムのほうを見ようとしない。


「なんで俺のほうを見ない? まぁ、どうせ野郎よりは女がいいってだけだろうが、人の女だってのを忘れてないだろうな」


(どうしてこう心にもないことをしれっと言えるのかしら)


 少々のことには耐性もついたのかユリアは動揺も通り越して、疑問が先にくるがそれらもまるっとスルーして、赤い本について付け加える。


「……原本を見たことがあるっていう人、私は知らないわ。そもそも行方不明になったのだって、かなり前のことよね。それとどう関係があるのかしら?」

「うんうん、原本が失われて数十年。けれど、僕はこんなものを持っているのだよ。……――えーっと、あー、あった。ここ」


 カイがローブの下から出したのは、少々大きなとても古い本だ。紙は変色し、皮張りの表紙も薄汚れている。ところどころ折り目や切れ目が入り、何かの染みもあった。

 カイがさっさとテーブルに置いてページを捲り始めたため、表紙のタイトルは見ることが出来なかったが、ついでカイがあるページで手を止めた。ユリアたちに読めるように、本の向きを変え、そのページの一部分を指差す。


「……これ? 赤い本の説明?」

「簡易的な紹介文みたいな感じだな。てか、これ……他の魔道書も載ってるのか」


 ユリアの言葉に続いて、ヴィレムが同じページの別の箇所にも視線を落とす。

 それぞれの魔道書が成立した経緯や簡単な内容が紹介されている。ものによっては、逸話や伝説もあるようだ。それらが真実かどうかは別として、ここまで一冊にまとまっていれば、貴重なものでもある。

 更にカイがそのページの下にある絵のようなものを指差した。古い本のため、その絵に色はついていない。しかし丁寧な注釈があり、現物の大きさもだいたい想像できる。


「そう! 世の魔道書を網羅したとっても貴重なものなんだよ! 重要なのはここだ!」

「なるほど、この絵って赤い本の表紙なのね。 あ、あのルーン文字みたいなマーク……でもなんでわざわざこれにしたのかしら?」

「意図があったとしたら、何故赤い本でなきゃならなかったのか。赤い本にあるこんなマークを残したら、分かるヤツには分かるだろうに」

「さてね。僕が分かるのはここまでだ」


 二人が読んでいたにも関わらず、カイはスッと本を引けばローブの下へ。相変わらず申し訳ないような雰囲気もなく、役目は終わったとばかりにスッパリと言い切った。


「え! ここまで来たら、赤い本についての歴史調べてくれたりしないの!?」

「ユリア嬢のお言葉に従えないのは非常に残念だが、僕にも予定があるのだよ。分かってくれるだろう、友よ」

 前半はユリアへ、後半はもちろんヴィレムへ。自信満々のカイの声音に唯一変化があったのはこの時だった。

「友って誰だ、俺は一度たりともおまえと友人なんぞになった覚えはないぞ。仕事上の相手だ、相手。そしてよくそれで学院側が納得したな」

「そうなんだ。それならあとは傭兵団に頼むから、心配ないということだ。はい、これ。依頼書」


 突き放すようなヴィレムの物言いもなんのそので、再びローブの下からカイは正式な依頼書をテーブルへと置いた。

 カイの調子にうっかり狂わされそうになるが、落ち着いて考えてみれば、学院の言い分も変なことではない。ユリアは何度かヴィレムとカイを交互に見やりつつ、自分の考えを確かめるように呟く。


「……――別に理屈としておかしくはないわよね。結論がどうなるかは別にして、学院寄りの顧問じゃなくて、中立の立場にある傭兵団に頼むんだから、故意に結果を誤魔化すことはないわけだし、他人の目から見ていらない疑いはかかりにくいし……ヴィレム? どうしたの?」

「いや、なんでもない。とりあえずこれは預かっておく」


 当のヴィレムは真剣な表情で何かを考え込んでいたような、そんな雰囲気だった。しかしユリアの言葉もあっさり流して、依頼書へ手を伸ばした。


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