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夜空と涙

作者: 一花

 苦い口づけ、笑うキミ。


 悪戯にしても、僕にはちょっと笑えなかった。


 こんなふうに唇を奪われるとは。タールが多いタバコを好んでいるからか、彼の唇からは苦味を感じて、気持ち以上に戸惑っていた。


「I like candies.」


 苦いものよりも甘いものの方が好きだという意味で僕は呟く。


 彼はまだ笑っている。発音が下手だったからだろうか。僕はまだまだ英語を喋れない。


「帰る」


 僕はこの場にいられなくて、逃げるようにして立ち去った。


 彼は追って来なかった。





 日本を出たのは、彼女と顔を合わせたくなかったからというのもある。彼女は自分の夢を追うのに、僕には現実を見ろとうるさかったからだ。


 だから、こっぴどくふってやった。


 僕にだって僕だけの人生がある。彼女の部品ではない。


 できるだけ遠くに離れて、僕は僕の道を歩もうと思って動き出したところだ。


 だというのに――。





 帰宅してポストを見る。絵葉書が届いていた。日本からだ。


 絵葉書にはシャープペンシルで綴る愛憎がぎっしり詰まっていて、もはや絵など存在しなかったみたいになっている。


 どうやって居場所を突き止めたのかはわからないが、それは別れた彼女からのものだった。絵にボールペンで書きなぐって寄越さないあたりは冷静さがあるのかもしれない。


 そのハガキに絵を描いたのは僕だった。





 逃げてみたところでうまくいかなければ意味がない。今のところ生活には困っていなかったが、未来は見通せていない。このままというわけにはいかないだろう。


 ――あぁいう態度をするってことは、彼も僕をからかっているだけだろうし。


 ため息が出る。


 出資してもいいみたいな話をふられたから出向いたのに、不意打ちでキスされた。日本人で童顔で、しかも女みたいな顔立ちだから、少女だと思われていたのだろう。向こうからすれば、日本人の少女にからかわれたと思ったのかも知れない。とにかく、この話はなかったことになるだろう。


 ――次、どうするかな……。


 見上げれば、満天の星。煌めく夜空に零れる涙が温かい。


《いつまで逃げているつもり?》


 彼女の妙に几帳面な文字が目に入った。


 ――どうしようかな……。


 星空を光が駆けていったように見えたのは、涙のせいだったのだろうか。


 握った手の中にある絵葉書のイラストは、満天の星と流れ星だった。


《了》

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