1巡目
俺と「彼女」が出会ったのは確か、高校2年生の時だったと思うクラス替えして最初の席で、隣が彼女だった
彼女は気が強くて、最初は正直苦手だった…と思う
でも、彼女と話していくうちに、彼女の優しい面、脆い部分、そういった内面を知って、おそらく好きになったのだろう、自分から積極的に話しかけるようになっていった
今は…どうなんだろう、自分でもよく分からない
だって俺は、もう彼女の顔も名前も思い出せないんだから
「ねぇ…ねぇってば、ねぇ!聞いてる?!」
読んでいた本から目を上げると、長髪を後ろで束ねた、大人びた印象の少女がこちらを睨みつけていた
「あぁ、ごめんなんだっけ?」
その少女ー「彼女」は呆れたようにため息をつくと、やれやれと呆れた口調で言った
「あんたの耳は飾りかなにかか?切り取ってホルマリンにつけてやろうか?」
相変わらずいうことのきつい女だ、自分の耳がホルマリンに浸かってる光景をおもいうかべて身震いする
「わ、悪かったって、それで何の話なのさ」
彼女はもう1度こちらを睨みつけると
「今度の、文化祭の話よ」
俺はこの先の話を知っていた、俺はこの話をそれこそ数え切れないくらい聞いているのだ、一語一句完璧に覚えている
俺達の組んでいるバンドの話だ
「2ヶ月後の文化祭で、何の曲をやるかって話よ、私としてはこれをやりたい、他のメンバーにも言ったら、彼らもやりたいと言ってくれたわ」
そういって彼女はスマホのプレイリストの1曲を指さした
最近話題になっているアニメ映画のテーマソングだ
「認知度は高いし、俺自身この曲は好きだし、いいと思うよ。2ヶ月あればそれなりの物が作れるだろうしね」
そう言うと彼女は嬉しそうな顔をした、彼女のこの顔を見るのももう何度目になるだろうか
「やった!それじゃあ、決まりね!早速スコアを渡すから練習を開始して!それじゃあ、私は用があるから」
そういって彼女は俺の部屋を立ち去った
俺はこのバンドではギター&ボーカルを担当している、彼女はベース&ボーカルだ
今回はツインボーカルの曲なので、どちらも歌うことになる
「まあでも…」
彼女のいなくなった部屋で俺は自嘲気味に笑う
今回もきっと文化祭のステージに立つことは出来ないのだろう
今回もきっと失敗する、俺は何度も何度も失敗を繰り返してきた
俺はこの先文化祭までの2ヶ月間に起こることをすべて知っている、定期試験の問題も、担任教師の結婚も、2ヶ月後、文化祭の前日に彼女が…死んでしまうこともだ
何度も繰り返した彼女の死の中で一番印象に残っているのは、やはり1回目だ
信号は青だった、だから彼女は悪くない、絶対に
翌日の文化祭を前にうきうきとした様子で軽くスキップしていた彼女、彼女が横断歩道に出た瞬間に大型トラックが減速なしに勢いよく彼女のいた場所に突っ込んできた
トラックが身体に当たるその瞬間、一瞬の映像は恐らく、僕が死ぬまで脳に残り続けるのだろう
直後飛び散る鮮血と響きわたる絶叫、俺は呆然として体を動かすことも出来なかった
だって嘘だろう?さっきまで彼女はあんなにも楽しげに笑っていたのだ
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だこんな世界は嘘だ!」
気づくと俺はそこにある「彼女だったもの」に近付いて、そっとその顔に触れた溢れ出る涙を抑えることも出来ずにとても長い時間そうしていたように思う
ふと意識が朦朧として、言いようのない不快感が体を襲い始めた
眩暈と吐き気、地面は地震が起きたかのように揺れていた
あまりの不快感に耐えきれず目をぎゅっと閉じた、そしてその感覚がおさまった頃に目を開けると…俺は自室にいた、日付はちょうど2ヶ月前、彼女が俺の部屋にやって来た日だった
最初は長い夢を見ていたのだと思った
既に彼女の死以外の出来事の記憶は朦朧としてきていた
眩暈がする、息が苦しい。
俺は目を固く閉じる
意識が朦朧としていた
一瞬、何もかもが思い出せなくなった
自分がいる場所、直前にあった出来事、そして自分の名前さえも
どれくらいそうしていただろうか、段々と眩暈がおさまり意識がはっきりとしてきた
完全に眩暈がおさまり、俺はゆっくりと目を開けると、ちょうどその時俺のよく知る声が聞こえてきた
その声を聞いて意識が混乱する
だって本来はその声はもう聞こえるはずのない声で
今さっき声の主の死を見てきたばかりなのに
俺は動揺しつつも目を上げると、そこにはよく知る「彼女」の顔があった
「ねぇ、ねぇってば、ねぇ!聞いてるの!?」
それは2ヶ月前にも聴いた、彼女の台詞だった
「おいおい、何の冗談だこれは」
訳のわからない状況に混乱しながらも、彼女を見送ったのが先程の話
それまでに交わされた会話は、俺の混乱による多少の差を除けば、ほぼ2ヶ月前と変わらぬそれだった
「…予知夢か何かか?」
それは俺の知る現象で最も有り得そうに思えた、しかし理性でない部分がそれを否定する
先程までの出来事は『予知』して知っていたと言うよりも実際に『体験』して知っていた、という感覚の方が近いように思えた、ならば出てくる結論は
「俺は…過去にさかのぼっている?」
突拍子もない考えだ、しかしそう考えるとしっくりくる
仮にその考えが正しいとすると次に考えるべくは…
「……っ!」
思い出しただけで呼吸が早くなる、それ程までにその出来事は衝撃的だった
彼女の死、もし考えが正しければ、それは2ヶ月後に起こるはずだ
2ヶ月後、彼女は車にひかれ、肉を潰され、引きづられ、ぐちゃぐちゃになって…
「はぁっはぁっ、くそっ!」
さらに呼吸が荒くなる、吐き気がこみ上げる
あんな光景をもう2度と見たくはない
彼女が死ぬ未来なんて、あってはならない
そんな悲しい未来は、俺の手で変えてみせる
きっと俺が遡ったのも彼女を救うためなのだ
彼女を救うために俺は
「俺は、未来を変える」
その決意は、神への冒涜だった