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本完霊師  作者: 鵜梶
第2章【天邪鬼な少年】
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8ページ目

夕暮れ時、優斗は無我夢中で走り続けた。

人通りはそれなりの路地で、背後から迫る得体の知れない生き物から逃れる為走り続けている。しかし、背後から追ってくる気配はない。が、確実に言えるのが、危険な何かではあると言う事以外何者でもないという事だ。


優斗は思う。

昨日といい、今日といい・・・何が優斗の周りをこうも不幸の連鎖にしてしまうのかと。


こんなにも人以外の何かで怯えたのは初めてで、焦ると同時に走る脚を止められずにいた。



「くそっ・・・」



目の前の信号が赤になってしまったので走るのを止め、息を整える。急に走ったせいで、呼吸と頭が追い付かない状態になっていた。

ぼーっとする頭で思考を動かす。すると、優斗自体が狙われているのではないか考えが行き着いた。しかし、何故優斗だけをこんなにも襲って来るのだろうか。


心当たりはあるが、今の今まで何も起きて来なかった。何より人間以外で死の淵に立たされたのは昨日を含めて、2度目だ。人生そうそうないであろう事が、この2日間で2度も起きた。


あり得ない・・・実にあり得ない。



「昨日から・・・走ったりとか・・・はぁ・・・考えたりとか・・・そんなんばっかだ。ちくしょう」



信号が青になる。


無意識に後ろを振り向く。



背筋が凍った。






頭部無し男が───────っ



「マジかよ・・・・!?」



(周りはアレが見えてないのかっ!?)



普通に闊歩かっぽしている。あの顔で誰にも気付かれずに、普通に歩いているではないか。

辺りに歩いている人は何も反応が無い。

挙動不審になりつつ慌てて走り出すと、目の前で人に打つかってしまった。謝り際に後ろをもう一度見ると、やはり男の頭部が消失しているのが視界に入る。悪寒が止まらない。

優斗は震える脚を無理矢理動かす。



(俺が何したってんだっ?意味わかんねぇ)



闇雲に走っていたせいか、誤って薄暗い駐車場に入ってしまう。気付いた時にはもう、かなりの奥の方まで進行していた。



「しまっ────っっ!!」


「あははっ、簡単に追い付いたわよ?」



昨日の夜の事が鮮明に思い返される。


既に退路は断たれ、頭部無し男が出口の所で左右に揺れながらこちらに近寄って来た。



「随分と驚いていた様だけど、もしかして本当に驚いただけかしら?にしては私の上ばかり見てたけど・・・」


「き、昨日怖い目にあったから、逃げただけです。同じ目に合うんじゃないかって思って・・・」


「あらそうなの?それはごめんなさいね。気付かなかったわ・・・だけど、それにしては顔が強張ってるわね。」



優斗の心臓は大きく波打つ。

サングラスで視界が悪いが、相手の見た目があからさまに異常なのは見て取れた。先程から気になっていた頭はやはり頭部の上部が無く、眼球を大きく見開き、左右上下に休まず動かしている。異様な光景だ。明らかに人間ではない。

末恐ろしい程止めどなく動き回り、偶に優斗を注視して来る。その度に身体の血液の流れが速くなり、鳥肌が立つ。



「ふふ、貴方私が見抜けないと思ってるのかしら?・・・・なら単刀直入に質問してもいい?」



後退りをすると、相手は笑顔で質問する。





「貴方、私の目が、何色かわかるかしら?」



昨晩、学校の先輩のアカザが言っていたのと似た質問をされ、動揺を隠せなかった。



「く・・・黒だけど?」



半分声が裏返っているのは、自分自身一番理解していた。

それに他者から見たら恐らく、優斗の顔は死への恐怖に引き攣っていると言う顔をしているだろう。青ざめた顔で、脚を震わせながら、捕食される小動物の様に、小刻みに呼吸をして、相手の眼を凝視する。





「へぇー・・・黒。」



実質相手の瞳は黒に見えた。本当に当たり障りない様に、事実を述べたのだ。



「貴方さ、本当に私の、目が、黒に見えるんだ?ふーん、へー、ほー??」


「・・・?」



何かが引っかかった。


おかしい。


何故相手は、そんなにも意味有りげな笑みを浮かべているのだろうか。普通に相手の瞳は“黒にしか見えない。,,

優斗は純粋に疑問に思う。



「残念でした。」


「え・・・」


「私の瞳はね?・・・普通の人には青に見えるの。」


「っっ!!」



終わった。詰んだ。


そういう事だったのだ。

つまり、相手の思うツボと言う事になってしまったのだ。


今の違和感はそれだったのだ。



「こんなにも簡単に見付かるだなんて、私が運が良かったのか、それとも、私をハメる為の策士的な罠かもしれない・・・さて、どっちらかしら?」



徐々に口調が女性に似て来ると、相手の止めどなく動いていた眼球がピタリと止まり、優斗目掛けて視点を合わせる。先程よりも悪寒が強まり、優斗は冷や汗をかく。



「まぁ、【本完霊師ほんかんれいし】たちにまだ気付かれていない様だからいいわ。」


「?ほんかん・・・れいし?」



聞き慣れない単語が飛び出して来た。



「あら?貴方そう言った類に属してるんじゃないの?と言うことは、最後のは無いみたいね。だとすると・・・貴方は、本当に天然物って事かしら。」


「言ってる意味がよくわからないんだけど」


「なら、私たちの事もわからない?」



昨日から摩訶不思議な事が多過ぎた為、若干麻痺していた。

厨二病でもあるまいし、何故そんなにも厨二チックな単語がこうもポンポンと飛び出してくるのだろうか。



「厨二病なら他所でやって下さい・・・」


「チュウニビョウ?何ソレ?何かの病気?」



どうやら厨二病を知らないらしく、相手は頭にはてなマークを浮かべて小首を傾げている。



「本当に知らないみたいね。」


「?」



急に無表情になった為、優斗は警戒を強める。



「あら、まだ襲わないわよ?私は其処等の“ノラ,,とは違って、知能的なの。大方私達の仲間の誰かに、襲われた事があるのでしょう?見れば分かるわ。私を見て怯えて逃げたと思ったら、追い込まれても会話が出来るのですもの・・・自然と私達に耐性が出来ているみたいね。」


「・・・あんた達は何者なんだよっ、俺を殺す気か?」


「最終的にはそうなるかしら。」




確信に触れること以外、選択肢は残されていなかった。

この状況下において、殺されて終わるか、逃げ切り生き延びるか、逃げてのたうち回って殺されるか、相手を知って、理解したのち殺されるか、生きるか。

選択肢は限られていた。

優斗は最後の相手を知ってから理解したのち、最後まで逃げ回る方を選んだ。

死ぬ気は無いが、本当に死ぬのならば最後まで相手を知って、尚且つ逃げ回り、死んだ方がマシだと思ったからだ。



「ふふっ、随分焦っているのね。」


「・・・あぁ、焦ってるも何も、昨日から逃げたり考えたりとか、忙しくって疲れてるんだ。しかも何故か、意味わからない厨二病チックな言葉を浴びせられながらデコピンされるし、コンタクト割れるし、仕事も出来ないし、走ってばっかだし、気になったらなったで馬鹿の一つ覚えみたいにヘマやって、痛い目合うし・・・本当に散々なんだよ。」


「・・・ご愁傷様。」



何故か相手から同情された。

やめてくれ、悲しくなる。



「ご愁傷様も何も、本当に今の今もそうだ。全くもって不幸の連続だし、いい加減に疲れてヘトヘトなんだ。」


「不幸・・・貴方、その言葉を言い慣れてるみたいね。そう聞こえるわ。」


「どうだか」



何故、こんなにも普通に会話が出来ているのだろうか。相手は恐らく優斗を殺そうとしている。そして優斗も殺されるのではないかと分かっている。

が、それと同時に直ぐに襲ったりはして来ないとわかってしまったのだ。会話が成り立つ相手だからか、それとも昨日よりは優自身落ち着いているからなのかは定かでは無い。


今は会話を続けてみる。



「いいわ。貴方のその不幸に免じて、貴方が知りたい事を3つだけ応えてあげる。私は優しいから。」


「・・・」


「そうそう、逃げようたって無駄。目線で何処か逃げ道をって根端だろうけど、此処はビルとビルの間で作られた駐車場。しかも周りは外壁も覆ってある上、入り口は私が立っているここしかない。」



考えていた事を見抜かれ、眉間を動かす。


頭部の上部が無い男は、不適に笑みを浮かべて一言。




「貴方は逃げられないわ。」




優斗は諦めはしないが、ここは大人しく相手の様子を伺うことにした。



「・・・っ、質問していいか?」


「こんな状況でも質問出来る貴方は凄いわ。私感心しちゃう。」



笑顔を崩さない反面、堀が徐々に深くなっている様に感じ、冷や汗が止めどなく流れて来る。



「で、質問を聞こうかしら。」



心臓の脈打つ音が、大きくなるのを聴きながら優斗は思考を働かせる。

ろれつが上手く回らず、カタゴトに喋り始める。



「昨日の・・・バケモノもそうだけど、あんた達は何者なんだよ。」


「さっきの質問ね、それは。そうね・・・簡単に言えば周りからはバケモノにしか見えない生き物・・・みたいなモノかしら。」


「?」


「あぁ、わからないわよね、けどそれが答えなのよ。・・・・あと、もう一つあるわ。」


頭部の上部が無い男は、指を口元に持って来て、口の端っこを引っ張り八重歯を見せて来た。







「私達の主食は人間。」







優斗は目を見開く。





「人間の血肉は勿論、好物とする物は夢・・・つまり人間の心が大好物。それは産まれた時から存在する命令みたいなもので、人間を襲えってのが私達に習性として備わっているの。」


「本当に・・・そんな生き物が・・・?」


「目の前にいるじゃない。貴方は見えているんでしょ?私の目と、頭が。」



笑顔は絶やさない。



「普通の人からは見る事も出来なければ、知る事も出来ないし、こうして“ 食事をしている最中,,ですら、頭部が無い事も誰も気付かない。」



食事をしている最中。


優斗は口を開く。




「食事をしてるって────・・まさか!」


「さっき“1つ食べ尽くしちゃって,,・・・私脳と夢しか喰べない主義なの。だから肉体とか直ぐにポイなのよねー。この身体も直ぐ食べ終わりそうなの、余り美味しくないし。」



現在進行形で、人を食している。

本当にそうならば、現在そして数刻前から優斗の目に入っている、視界に入っている相手の身体はほぼ死んだ身体という訳だ。


信じ難い言葉に、理解に苦しんだ。



「ただ人を喰らうのならば、それはただの一般的な名称で喰人鬼グールと呼ばれているわね。けど、私達は人の全てを喰らい、心も主食にし、夢までも喰べ尽くす。」



現実逃避をしようにも、したら恐らく本当にこの世とさよならになるであろう。

だから優斗は一字一句聞き逃す事なく、頭部無し男・・・バケモノの言葉に耳を傾けた。





「そうして名付けられたのが─────【バク】。」






「魔者の様な容姿、人々の血肉、あまつさえ心の夢を喰べ成長し生きる悪魔的存在。【魔夢バク】」






「それが私達。」






言葉が出なかった。



「さて、答えたわ。次の質問が無ければ・・・」


「まっ、待ってくれ!」



慌てて質問を続けた。

こうしている隙に、死の時間が刻一刻と迫っている。優斗の内心では適当に質問をして、逃げる隙を作る予定だった。しかし、予想外の解答に耳を相手に傾け、愕然として口を開いている。


信じられないのだ。本当にそんな得体の知れない生命体が、こんな堕落した国に存在するなんて、信じる所か耳すら疑っていた。あり得ないとさえ、言い切れる内容に思考が半分ほどショートしていた。


優斗は慌てて質問を続けた。



「ほ・・・ほんかんれいしって何だ?」



相手から笑顔が消え、無表情になる。



「・・・敵よ」



一言、ソレだけが帰って来た。



「敵って、それはその・・・魔夢バク?だっけ?あんた等を倒す為の組織って事?」


「そうよ。私達の食事を邪魔して、尚且つ殺しにかかってくる奴。生かして置くのは嫌な存在ね。」



ゆっくりだが、徐々に相手が優斗の方に近づいて来る。しかし優斗の背後は既に外壁に付いており、逃げようにも逃げられなかった。



「私は別に本完霊師とか、その他の祓い屋とかには恨みがある訳でもない。まぁ、同法を殺されるのは頂けないけど、出来れば関わりたくもないのが事実なの。だけど、今回はそうもいかない状態と言った所かしら。


・・・簡単に単刀直入に言うと、貴方の眼が原因。」


「俺の・・・目が?」


「そう。

本当に貴方の目が裸眼の黄色いならの話だけれど・・・そうね、確認の為にその邪魔なサングラスを取ってくれるかしら?」


「・・・」




「私がサングラスを取ってもいいのよ?」




このままだとかなりの至近距離でサングラスを取られかねない。それに、何故か先程と空気が違う様に見えた。


仕方がなく優斗はゆっくりとサングラスを取った。



一瞬静寂が流れると、相手の笑顔が先程より堀を深くし、ニタリと異様な笑みを浮かべた。







「・・・・あは☆やっぱり本物みたいね☆」


「何が」






優斗が言い終わる前に、相手はいつの間にか至近距離まで来ており、勢いよく片手で首を絞め上げた。そのまま上へ高く持ち上げられる。




「ぐっ・・・ぁ、!!」


「本当に存在するのね。黄色い瞳の人間なんて・・・本完霊師達の中に偶に義眼として持っている者もいるけれども、それより遥かに美しいわ。」



息が出来ない。

軽々と優斗を片手で上に持ち上げ、キリキリと首を絞め上げる。

視界を狭め、相手を睨み付ける。すると相手の形が変わり始めた。


男から女性に変わって行く。




金髪の漆黒の瞳を持った、長身の女性へと変貌して行く。眼を見開き、優斗は疑った。



「っ!」


「素晴らしいでしょ?この姿は人を食べる時と、誘き寄せる時に使うの。最後に美人に食べられた方が、人間としてはいいのでしょ?私って優しいから・・・」


「はなっ・・せ・・・ぐっ!!」


「そうだ・・・ごめんなさいね、最後の質問を聞いてなかったわ。」



すると首を絞めていた手が、離され、口元を勢いよく掴み上げた。空中で行われた動作に、優斗は声にならない悲鳴を上げる。ギシギシと骨が悲鳴を上げる。口元を塞がれている手を、優斗自身の両手で剥がそうとする。


が、ビクともしない。




「・・・声、出せないのかしら?」


「────っ!!」



声が一切出ない。


つまり・・・



「ならもう、貴方は私に質問はないわよね?」


「っ!?」



全身の産毛が逆立つ。

この感覚は身に覚えがあった。死に対して初めて味わった恐怖。


死への恐怖だ。



(何で・・・!)



締め付けられる口元の激痛に、顔が更に歪む。



「貴方の質問、本当に有り触れたモノばかりで詰まらなかったわ。まぁ、普通の人間なら特に何も無い日常を過ごして、人生を終焉するのでしょうけど・・・私達に狙われた以上、普通に死ぬ事は出来ないでしょうね。」




優斗は未だに何故自分が狙われているのかわからなかった。黄色い瞳だからと言って、なんなのだろうか。




「あら?その顔じゃあ狙われていたなんて知らなかったって顔ね。」



そう、




本当に知らないのだ。




何故黄色い瞳だからと言って狙われているのかも、相手の本当の狙いも、先輩が何故あんなにも必死になってデコピンをしていたのかも、何もかも、全て知らないのだ。



この場に置いて、優斗は限りなく無知なのだ。






「ふふ、知らないのもまた残酷。残念だけど、貴方は全てを知る権利はないみたい。」



確実に昨日とは違う。





ただ訳も分からず殺されそうになる時とは違って、何か込み上げてくるものがあった。



「・・・っ」


「貴方、泣かないのね。」



込み上げてくるものはある。しかし込み上げてきたのは涙ではなく、むせ返るような胃酸のみ。





「・・・・滑稽こっけいね。」





そして優斗の眼球目掛けて、指を突き立てた。




「貴方には悪いけど、いつか貴方が私達の天敵になる前に殺さないといけないの。」



そして振りかぶった。







「さようなら。黄色い瞳のお兄さん。」





















「まさか本当に狙われてるなんて思わなかったよ」




「優斗くん」




優斗は地面へと落下した。

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