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初めから全てがおかしかったんだ。
何故そんな事にも気付かなかったのだろうかと、帰途を辿っている最中優斗は考える。今までバケモノの方に気が行っていたが、その前に1つあったのだ。1つ忘れていることがあった。大きく重大で、致命的な1つを。
優斗は化け物と出会うその前の事を思い出す。
あの時優斗は学校の図書室に居た。記憶が確かなら、夕方の時間帯だった。それなのにまるで場面が切り替わったかの様に、いつ間にか夜になり、場所も図書室からコンビニの裏路地なんかに居た。
なぜそんな所に立っていたのか、否、不自然にも程あった。
「・・・けど」
関わらないと決めたばかりなのに、何故また俺は関わろうとしているのだろうか。
優斗自身がどうこう出来るような物ではない。しかし、あの時、あの瞬間から彼等やあの出来事が気になって仕方がなかった。
優斗は歩む脚を止めた。
今までこんなにも何かしら物事で気になった事が無かった為、何故己がこの様な事で動いているのか理解出来なかった。
何かが優斗の中で、引っかかったのだ。
どくっ。
そこで優斗の心臓が激しく波打つ。
「・・・大丈夫。」
そんな時優斗は口癖の様にこの言葉を吐く。
「大丈夫、大丈夫・・・どうにかなる。」
精神安定剤かの様に。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫。」
心臓の鼓動の音が脳に直に伝わり、
胸元に手を当てる。
呼吸を整え、
最後に一言、
呟く。
「大丈夫、いつもの事だ。」
嫌な事、めんどくさい事、見たくない事、辛い事・・・・気になった事すら全てこの『言葉』で乗り切って来た。いや、
忘れて来た。
だから今回もあんな事があったが、心の何処かで恐らく呪文の様に唱えていたであろう。
他者目線になって、
唱えるのだ。
「大丈夫」
この言葉は、優斗自身でもあった。
全てを受け入れ、そして全てを理解した上で、感情を撃ち殺す。
今回はたまたま気になって、たまたま知りたくなっただけで。だから直ぐに忘れるであろうこの感情に、優斗は口癖を打つけた。
「直ぐに元に戻る。」
その言葉を唱えると、優斗は駆け足で我が家に歩き出す。
感情など、押し殺せばどうとでもなる。
簡単な事だったのだと、歩む脚を一切止めずに優斗は答えに行き着いた。何時ものように、周りを気にして、何時ものように避ければいい。関わる者がいるならば、突き放せばいいのだ。
そうだ。
あの時も突き放せば良かったのだ。
アカザが接触してきた時点で、何も知らなかった様な顔をすればいいだけの話だった。そして優斗はアカザに放った言葉の一つを思い出す。
“明日詳しく話してくれよ・・・・・先輩,,
何故あの時あの言葉を発したのか。
もっと最適な言葉があったのではないのか、ましてあんな周りから慕われている様な人を・・・自分は対等な立場の様に喋っていた。
忘れよう。
忘れてしまおう。
忘れられなければ、気にしない様努めればいい。
「・・・コンタクト。」
己の眼が裸眼状態だという事を思い出し、辺りを軽く見渡す。この時間帯は大通りだが人気が少なく、制服の優斗は逆に目立つ。しかし、この感じならば辺りに目の事を知られずに帰宅出来るだろうと確信した。駆け足から小走りに変え、徐々に息を整える。
そして足元を見ながら小さく呟く。
「仕事はサングラス掛けて行こう。」
アパートに着くと、近所のおばさんのマツエさんが話しかけて来た。
「あら、優くん?どうしたんだい?こんな時間に・・・学校は?」
「あ、いや・・・少し体調が悪くて、だけどバイトは出たいからって言ったら先生が帰らせてくれて。」
「あらやだ、駄目よ?バイトなんて明日でも出来るんだから、会社に連絡でもして休ませてもらったら?」
「・・・大丈夫です。無理なら早退してくるんで。」
「そう?・・・それにしても貴方、前髪伸びたわね。切るのは嫌だろうけど、せめて纏めるくらいはしといた方がいいんじゃない?」
唯一マツエさんは目の事を知っている数少ない知人の1人なのだが、優斗自体その事を避けている為、話題に振られること自体嫌がっていた。が、相手は何故か珍しくその話題に触れて来た。
「あ、ごめんなさいね。余計なお節介みたいだったわよね?私ったら、気になった事直ぐに行っちゃうからー」
「別に大丈夫ですよ。何時もすいません・・・迷惑じゃないですか?」
「そんなこと無いわ。貴方は私の子供みたいなものだし。」
「・・・いつもすいません。それじゃあ、俺はこの辺で。」
「えぇ、また。」
日常的な会話なのにも関わらず、優斗は居心地がとても悪かった。仕事でも会話はするものの、人と余り接触をしたりしなかった。面倒くさいというのもあったが、何より会話が持たないからと言うのもあった。
階段を登り、我が家の扉の前に立つ。
もう何も考えたくなかった。
生きなくない。
いや、生きてる価値がわからない。
厨二病チックに言っているが、決してそう言った意味ではなく。ただ本当に無意味なのではないかと思うのだ、生きる事に関して、全てが。
死んでもいいとは思ってはいる。しかし、死に対しての恐怖は先日知った為、死んでもいいがやはり恐怖が沸くという事が明白になった。
「俺って天邪鬼・・・だよなぁ」
死んでもいいが、恐怖は感じる。
しかも死にたくないとも思ってしまった。
矛盾している。
まるで本当の天邪鬼の様な自分に、軽く鼻で笑う。
「馬鹿みてえ。」
他者から見て狂っているのならば、狂っているのだろう。
しかし、優斗自体はこの思考が普通なのだ。
「・・・えっと、今日の仕事が6時からだから、夕飯の支度を軽くしてから家出た方がいいよな。ヒトミの事だから下手したらコンビニ弁当で済ますかもだし。」
我が家の扉の鍵を胸ポケットから取り出し、ドアノブの鍵穴に差し込む。ガチャリと言う音が耳に響いた。優斗は扉を開ける。
冷んやりとした空気が中から漏れ出す。相変わらずこの時期になると、室内がやけに冷たくて身震いがする。屋外の方が暖かい様に感じるくらいだ。
「ただいま」
誰もいない玄関に優斗の声が響く。
自室に入ると、家猫のミナが優斗のベットで昼寝をしている所だった。
体を丸めて気持ち良さそうに寝ている姿を見ると、先程まで思い詰める様に考え込んでいた自分が笑えて来る。もぞもぞと身体を動かしているので、おそらくいい夢でも見ているのだろう。表情が穏やかだ。
優斗はミナの頭を優しく撫でる。
ふかふかとした触り心地に、心が穏やかになる反面、イタズラをしたくなる気持ちになる。
「おーい」
声に出しても相手は反応しない。
寧ろさっきより可愛らしく布団にもぞもぞし始めた。
愛らしいその動きに、小さく微笑した。
「俺も寝ようかな。」
頭を撫でる手を止め、溜息を吐くとある事を優斗は思い出す。
今日は確か仕事場に新人が入って来るとか言っていた様な事を思い出す。その場合、仕事場に少し早めに行った方が良いのではないかと思うのだ。
学校にいる時より、仕事場にいる方がかなり気が楽である為か仕事場で良い評価を受けていた。
それに応えるように優斗は技術を磨いたお陰で、人当たりは仕事場では良い方になった。
「んー、やっぱり仕事行く前に家のこと少しやるか」
先ずは洗濯物の取り込み。
適当とまではいかないが、それなりに綺麗に畳む。
その次に朝方来たらしい郵便物の確認。
新聞以外はいつも通り、光熱費の集金くらいだ。
その次に夕飯の支度。
昨日の夕飯はわからないが、一昨日が鯖の味噌煮だったので今日は直ぐに食べられる様に豚の生姜焼きにでもしようと思う。
味噌汁はシンプルに小口ネギと、豆腐を入れ。
今日の朝五目ひじきが余っていたので、それをサイドメニューとして大根の煮物と一緒に添える事にしよう。
サラダはトマト、レタス、茹でたアスパラ、キュウリ、以前マツエさんから貰ったパプリカにアボカド。
そこにゴマドレッシングに豆板醤を合わせた調味料をかける。
出来上がったサラダはラップをして冷蔵庫に入れ、次はメインの生姜焼きに取り掛かる。
「3切れしかないじゃん」
残念ながら豚肉が3切れしかなく、一人前しかない。優斗は考えた挙句、この間買った豚肉の細切れと一緒に使うことにした。
次にタレを作る。
すりおろし生姜、醤油、みりん、酒、砂糖、お酢、そこに特製梅ソースを入れる。コレがまた美味なのだ。
後は焼いて、タレを掛け、皿に千切りしたキャベツと一緒に盛り付けすれば完成だ。
「ラップして、おいて、後はヒトミが帰ってくる時間に合わせて、ご飯のスイッチをすれば完璧。」
主婦顔まけの手際の良さに、感心してしまった我ながら。
いや、もう主婦だと思う。このレベル。
「うわ、もう5時半・・・仕事行く時間じゃん」
気が付いたら時間がかなり経過していた事に気が付く。
「サングラス付けて行くの久しぶりだな・・・社長に怒られるか?」
薄っすら水色がかったサングラスをタンスの中にある箱から取り出し、改めて鏡の前に立つ。
前髪を縛り、掻き分け、ヘアピンで頭部にとめる。
すると額にあった筈の痣が何故か綺麗に無くなっていることに気が付いた。
「不審者に見えて来た。どうしよう」
不審者一歩手前と言ったところか。
痣が無くなった分、その反面ドラゴン●ールのクリ●ンに似ずに済んだが。コレはコレで不審者として通報され兼ねない見た目をしている。
「ま、いっか。」
この場合、飽きられが肝心な気さえしてしまう。
一通り身支度を整え、未だに寝ていると思われる猫の元に行く。
「なぁーん?」
「起きてたのか?ミナ。」
喉を鳴らしながら部屋からのそのそと出て来ると、足元に身体を擦り付けてきた。甘えているのだろうその仕草を愛おしく思い、頭を撫でる。
「俺仕事行ってくるから、ヒトミが帰って来たらよろしくな。」
一瞬だが、ミナがうなづいた様に見えた。
「ありがとう・・・行ってきます。」
こうして優斗は仕事に向かった。
徒歩10分。
仕事場に到着すると、一言社長に笑顔で言われた。
「帰っていいわよ、栗原ちゃん。」
「・・・社長、まだ俺何も言ってないんすけど。」
「いやいや、君。それで仕事する気?駄目よー?いい加減でもそんな事出来ないわ。変な噂とか立てたくないもん。グラサン掛けた不審者が会社でウロウロしてますなんてぇー!あたしが何て言われるか!」
「もんって・・・」
このおネェ口調の男性は、優斗の上司であり、優斗が働いている会社の社長である。その社長は今、口を3の字にしてブーブーと椅子を回している。見た目は確実に綺麗系男性なのに、勿体無いことをしている。
「君コンタクト無くなっちゃったからって、グラサンで働いても良いだなんて理論通じると思ってんの?」
「いえ、思ってないですけど。」
「なら、何で、その格好で、しかも仕事場に仕事する気満々で来てるのかしら?私の眼は節穴かしら?と言うか電話もして来ないってことは、本来仕事には一切支障が出ないって事と受け取ってるのが当たり前よ?君の場合、ちゃんと仕事してくれるし、少し大目に見てたけど?まさか始めの頃と全く同じ格好で来るなんて思ってもみなかったわ。」
「すいません、だけど今日新しい人が入って来るって聞いたから、せめて何かその前にやり易いようにして置こうかと・・・」
社長は眼を見開いて苦笑する。
「貴方のその意気込みを評して、今から帰っていいわ。そこまで仕事熱心になられると逆に困るわ。」
「すいません。」
社長はデスクの引き出しから1枚の紙を取り出し、眺める。難しい顔をしているので、覗き込むとそれは勤務表だった。栗原優斗の欄を見ると、週6勤務から週10勤務と書かれていることに焦った。
以前からかなりの勢いで働いてはいたが、まさかここまでだとは思わなかった。先週も土日はフル、学校の日は夕方から夜の9時半くらいまで週6は働いていたみたいだ。
「俺、結構働いてたんですね。」
「そうよ、何を今更。」
社長は勤務表を凝視しながら、優斗に話す。
「貴方は前からそうだけど、この国にも一応法律って物があるの。本来学生の本分は授業を受け、勉学を学び、知識を身につけ、共存や団体のあり方を知る事。あたしも気付いてはいたけど、貴方が余りにも一生懸命仕事をしている物だから言い難くて・・・だけど今回は言わせてもらうわよ?」
優斗に指を指す。
「貴方、学校で友達いないでしょ?
だから仕事には熱心に来て、学校が疎かになってるんじゃないかしら?」
「それは」
「言い訳無用。いるのよね、偶に。仕事に熱心になっている人程、プライベートや他の事が疎かになっているって人。所謂、仕事馬鹿って言うのかしらそう言うの。」
疎かになっている。
優斗はその言葉に何も言えなかった。
「確かに仕事中は他の事を考えずに済む。だけど、それは逃げてるのと同じ。例え貴方が仕事を休んだとしても、それに変われる誰かを入れるまで。・・・言ってる事わかるでしょ?」
「・・・はい、頭を冷やせって事ですよね。」
そう言うと社長は笑顔で頷いた。
「分かってくれればいいわ。栗原ちゃんって意外と頑固だから、あたしとしても少し引き下がれない所があって。大人の言う事は聞くものよ?」
「何時も寝ずに仕事してる人が何を言ってるんですか。偶には休んで下さい。」
「言うわねー、クスッ」
その時、デスクの電話が一頻りに鳴り出した。
「じゃあ栗原ちゃん、コンタクト買うまで仕事来ないようにね?来たらクビにするから、そのつもりで。」
「パワハラですよそれ」
「それ程心配してると思ってちょーだい❤︎」
最後に投げキッスをされたのを除けると、優斗は社長にお辞儀をし、事務室を出た。社長の方も電話に直ぐ出てしまったので、軽く手を振られて挨拶され終わる形となった。
こうして優斗は仕事を早退する羽目になった。いや、仕事すらしていないから休みとして扱われるだろう。
「帰るにしたって、まだ時間が時間だしな」
現在時計の針は6時を過ぎた所で、まだ時間にしては余裕がある。
「眼鏡屋も閉まってるし、特にやる事ないし、どうすっか・・・」
仕事場を出て、少し歩くとある店の前で足を止めた。
「ここって───・・・!」
そこは昨日襲われた現場。
コンビニだった。
今の今まで忘れ掛けていた事が、フラッシュバックの様に頭の中を蹂躙する。
「やっぱり俺ん家の近くだったのか・・・」
改めて理解する光景に、息を呑む。
自然と裏路地の方に脚が進み、辺りを見回す。
至って普通の路地であり、昨日の夜あの様な事があったなど微塵も感じられなかった。それどころか、何時もより虫がいるくらいだ。
「?」
虫。
何故俺はその時直ぐに見るのをやめなかったのだろう。
「虫・・・?」
眺める。
直視した。
「うわっ」
そこに観たのは、虫が山になって“何かに,,群がっている風景だった。
「キモっ!」
優斗は何歩な後退りし、しかしその光景は目が離せなかった。
「まさか昨日のが・・・?って、あれ?」
虫の間から見えたのはパンの耳。
「な・・・何だよ、驚かせやがってっ」
(おかしい。何でこんなにも普通なのだろうか。昨日の事は新聞にも、テレビにも出ていなかった。)
まるで昨日の一件が無かったかのような空気。
「・・・けど、先輩があんなんだったし」
実際にあった事なのは本当なのだろう。
「実感がないのが事実なんだけどさ、なんで俺・・・こんなにも気になんだよ。」
関わりたくないし、無駄だと思う、そして何より面倒くさい。
なのに・・・・
「・・・・買い物して、帰るか。」
全てが幻だったのかもしれない。
昨日起きた事も、全てが。
優斗は歩き出した。
「すいません。ちょっといいですか?」
デジャブを感じた。
「おや?無視?」
背後から話しかけられる。
「んー・・・もしかして聞こえないのかなー?私普通に声出してるんだけどなぁ。もしかして空耳だと思ってる?」
何故己はこんなにも不幸が続くのだろうか。
振り向いては行けないと察しがつく。
優斗はサングラス越しに目を見開くと同時に、息を荒げ始める。このデジャブを感じさせる緊張感。
昨日も味わった。
昨晩味わった。
こんなにも連続で来るだろうか?
ゆっくりと振り返る。
そこには、
頭の上部だけが消失した男が、眼球をガン開きし、こちらを見ていた。
「くすっ☆」
続く不幸が、まだ続くらしい。
「嘘だろおい・・・・っ!!」
優斗は全力で走った。