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昼を知らせる鐘が鳴る。
優斗は掛け時計を視界に入れ、時間を見ると既に針が12時過ぎを差していた事に気付き溜め息をこぼす。
優斗は授業を受けずに今の今まで蹲って、その場に何も考えず呆然としていた。
昔はよく悩み事があっては空を眺めたり、何も考えず道を歩いたりとしていたが、ここ最近はそう言った時間すら無かった。そのせいなのか、周りに迷惑を掛けているという事に今更ながら気が付いて後悔が出始める。しかし先程担任から端末に電話があったのにも関わらず、出ずに返信もしないでいた優斗はこのまま帰宅するという考えが頭を過っていたのだった。
「デコいてぇ」
未だに痛む額に手を置きつつ、事の発端を思い出す。
はっきり言って優斗らしくない行動が多々見受けられたのは、理解していた。
好奇心も何も、何故あそこまであの出来事が気になったのだろうか。
確かにあの様な珍妙な場面、普通なら出会さないだろう。しかしその珍妙なバケモノ、そしてアカザが持っていたあの日本刀らしき物を、偶々、偶然、優斗の身に降りかかり、そして偶然にも助けられたのだ。
彼が何者か、アレは何者なのか、気になって仕方がないこの気持ち。そんなに己は知りたがる人間であっただろうかと疑う。
昔から気になった事はなるべく我慢せずにとことん追求して来たが、今回もその様な好奇心とも言えるような探究心から生まれたものなのだろうか。
しかし、優斗がここまで行動すると言う事は優斗自身思い出す限り無かった。
何が起こっているのだろうか、自分に。
優斗は頭を悩ませるが、答えが出ない。
時計の針が動く小さな電子音に、何処と無く寂しさも同時に感じさせた。
(俺は何であそこまで動いた?何時もならどうでもよくなって、知らないフリをする筈なのに・・・)
優斗は少しだけ眼を見開く。
(・・・・どうでもよくなかったってことか?)
どうでもいいことではなかったから、
気になったから、
だから自ら動いた。
合点が行くと同時に、余りいい気分ではなくなる。
そこまでする必要性がまるで自分でもわからないからだ。
(取り敢えず、今日は早退しよう。)
眼帯も片方しかない。
コンタクトに至っては何故か粉砕してしまった。
何が起こっているのかわからない中、優斗は小さく頷く。
「帰ろう」
懸命な判断だ。
優斗は胸ポケットにあった端末を手に取り、起動させる。着信履歴を確認すると、担任からの電話が四十何件と表示されていた。顔が引きつると同時に、優斗は担任に折り返し電話を掛ける。ワンコールが鳴ると同時に怒声が端末から響く。
「マコト様の電話に出ねぇーとはいい度胸してんなぁ!!!おい!!!!!」
1発目から教師とは思えない言葉が飛んで来た。
「すんません、余り体調が良くなくて・・・」
「はぁ!?体調が悪いからってオレ様に挨拶も無しにサボりか!??お前そんなんじゃ“特待生,,とは言えダブっちまうぞ!?」
「別に構わないですけど」
「俺が良くねぇーんだよ、糞がァ。」
教え子に対して糞を使う教師はこの人以外いないと思う。担任の真琴椿は、大きく溜め息を吐くと渋々優斗を叱る声質で説教し始めた。
「お前、立場が立場だからってなんでもしてもいいと思ったら大間違いだ。」
「別に俺は俺らしくやりたいようにやってるだけなんですけど、それが?」
「・・・お前俺に殴られたいのか?」
「遠慮しときます。」
相変わらずのオレ様発言に、優斗は呆れて半ば聞き流している形となった。
「俺は特待生と言っても、普通の特待生じゃないじゃないですか。何ならマコト先生の力で退学にすら出来る立場ですよ?迷惑しているなら退学でも構いません」
「そういうんじゃねーよボケ。マコト様が直々に心配してやってんのに、その態度は頂けんなぁー。」
「・・・心配なんてしてないでしょうに。」
ポロっと出た本音が、優斗の心に突き刺さった。自分で言っておいて情けないが、心の何処かで言いたくはなかったのかもしれない。
「・・・相変わらずだな、素直になれ。」
「俺は常に素直ですよ、先生。」
優斗は淡々と言葉を口にする。
「俺帰るんで、一応早退って事にしといて貰えますか?今度何か奢るんで。」
「いいよ別に・・・その代わり、明日は出ろ。」
最後の言葉に重みを感じ、優斗は間を置いてから小さく承諾する。
「コンタクト買ったら登校します。」
早退の許可が下り、先生に優斗の鞄を図書倉庫まで持って来てもらい、そそくさと昇降口まで歩く。
この時間帯は昼休みの為、人がごった返しているがそれと同時に人の出入りも多い時間。だから早退者にとっては帰りやすい時間帯なのである。
優斗は前髪を何時もより手前にして歩行すると、周りの生徒がキミ悪がって避けて行く。好都合の周りの行動に、優斗は少しだけホッと安堵した。
これならば誰にも“眼,,を見られずに済む。
安心し切っていると、よからぬ天敵が現れた。
「見付けた」
聞き覚えがある声が耳に入ると同時に、眼の前から朝から不愉快にさせられた人物が現れた。視界に相手の顔が入ると、優斗は冷や汗をかき、一歩後退りする。
「やっぱりまだ帰ってなかったか。下駄箱に靴があったからまさかとは思ったけど、何処を探しても居ないんじゃもしかしたら上靴のまま帰っちゃったのかと思ったよ。」
「・・・」
十綱藜。
優斗は前髪越しで睨み付けた。
「・・・もう何を言っても、信用してもらえないって感じだね。」
「通して下さい、俺体調悪いんで帰ります。」
「本当に?まさか昨日のが・・・」
「失礼します」
アカザの真横を通り過ぎる。
「待って。」
アカザは優斗の肩に手を置いた。
「君のその眼、それって生まれ付き?」
優斗は何も応えなかった。
「・・・先輩。」
しかし、優斗はただ一言相手に聴こえるように言葉を放つ。
「ストーカーなら余所でやって下さい。」
「すと・・!?」
優斗がそう冷たく言うと、アカザは真っ青な顔で焦りを見せていた。その隙を観て、腕を振り払い下駄箱まで走る。走りながら振り向くと、アカザは真っ青な顔のまま、ボソボソと突っ立っていた。
余程ストーカーの一言が効いたのだろうが、はっきり言って昨日から彼は優斗の周りをうろちょろしていて、正直ストーカー予備群なのではないかと疑ってしまうレベルだった。
背後に現れてはデコピンされ、
朝から声を掛けられ、周りに在らぬ疑いを植え付けるところだったのにも関わらず、
保健室まで連れて行かれ、
ショタコンが喜びそうな小さい同年代らしい人にデコピンされ、
そしてまたアカザにデコピンされ、
優斗の秘密が無理矢理バラされる様な形になって、
ここまで来たらもう手錠かけられてもおかしくないと思う。
そして今ですら、謝るより先にプライバシーの侵害の欠片もない一言を浴びせて来た。
「関わるんじゃなかった・・・っ!」
走りながら優斗はそう冷たく吐いた。
この事は忘れよう。
優斗は心に堅く誓った。
「アーカザ!!」
「げぅっ!!!」
ある人物がアカザの背中を勢い良く叩くと、アカザは余りにもの衝撃に咳き込む。
「どーした?暗い顔してんぞ?大丈夫か?」
「げふっ、ごふっ・・・あぁ、ある意味君のせいで苦しい思いしたけど、大丈夫だ。少しだけ落ち込んでただけだからさ。」
「へーっ、お前にしては珍しくかなりの落ち込んでる様に見えたんだけど、そんなにヤバイ事?」
「ま・・・うん、」
アカザは優斗に言われた一言を思い出し、更に落ち込んでしまう。
「おいおい、やっぱり相当ヤバイんじゃ・・・」
「いや、大丈夫だよ?大丈夫なんだけど・・・少しね、心配事が増えたっていうか」
確かにアカザ自身も、昨日から優斗に付き纏う様な感じもしていたが、それはやはり最後の最後まで確認は怠ってはいけないと思い、とっていた行動なだけで。
アカザ自身も、記憶消去を行ってて尚、記憶が残っているという事自体初めてで、それでも動揺を隠しきれない中、話し掛けたと言うのに・・・
『ストーカーなら余所でやって下さい。』
グサリと刺さった。
「流石に僕も傷付くなアレは・・・ストーカーとか」
「ストーカー!?なに?お前、ストーカーの被害なんかにあってんのか?」
「違うよ」
言えるものか。
友人がつい今し方ストーカー予備群と言われたのだと、笑顔で話せるだろうか。無論アカザは彼には言えない。馬鹿にされるのではなく、彼なら哀れんで笑顔で「そんなこともあるさっ!!」と悪びれる事無く、キラキラと輝かせて言うのだろう。
そこが彼の良い所で、ある意味悪い所な気がする。
「所でアカザ、さっき言ってた件なんだけど、やっぱり当たってたわ。お前のカン。」
「・・・そう、ありがとう。」
アカザは微笑を浮かべ、彼に礼を言う。
「んじゃ、俺これから県大会の遠征の助っ人で数週間いなくなっけど、その間よろしく頼むぜ?」
「あぁ、そうか。最期だからって余り無理するなよ?」
「それはお互い様。」
そう言うと彼はアカザの肩に手を置き、軽く叩くと走って何処かへ行ってしまった。相変わらずの足の速さに、声が出なくなる程圧巻されてしまう。
アカザは振り返り、下駄箱の方を注視した。
「・・・何も起こらなければいいけど。」
(彼の眼は、もしかしたら僕らと同じ・・・)
心当たり。
そう言ったモノを感じつつ、アカザはその場を後にした。
〜同時刻〜
とある廃墟に複数の何かが集まった。
まるで百鬼夜行の如く、青白い顔をした者や、八重歯が異常なまでに発達している者さえいる中、ある1人の人物が語り出す。
少女の声だった。
小さくてまだひ弱な小児の未発達の声帯、其処には何処か冷たさを感じさせるものもあった。
「皆様、こんな真昼にお集まり頂き、恐縮です。しかし今回皆様にお集まり頂いたのは他でもありません。“彼の方がこの街に現れた,,と、報告を受けた所存でございます。」
静寂は続いた。
「昨日の夜陰時、仲間が多数消えました。当然ながら我々は狩る者にして、狩られる側でもある事はご存知のとう利でした。しかし、それは今まで彼の方が現れなかったからであり、然る時が来るまで、目立った動きは一切出来なかったのです。」
少女は黒と白の水玉模様のゴシック風の日傘を差しながら、廃墟から漏れ出す陽の下に姿を露わにする。
髪は前下がりボブに近い髪型をしており、髪の色は水色に近い白髪。日傘にあったゴスロリのこれまた黒と白の衣装に身を包まれていた。
「我々の主人は、我々を製造なさる際におっしゃりました。」
周りから奇々な目で少女は見られる。
しかしその奇々な目とは、少女の言っていることが可笑しいからではなく、事実なのか、それともはったりなのかと“そう言った疑う奇々な目,,なのだ。
「かの者達は欺き、本当の君達の意味は語られてはならない。語られれば総てが終焉に堕ちるであろう。」
少女は笑顔を作る。
「時は満ちました。」
手を陽にかざすと、少女の元々乳白色の様に白い肌が更に白く輝いて見えた。
「主人はまだ気付いておられないみたいですが、その前に我々だけで片付けると言うのも、また手であると私は思うのです。何故なら主人は我々にこうもおっしゃったのですから。」
少女の大きな眼が、少しだけ妖しくひかる。
「かの者が邪魔しようと、彼を見つけ次第・・・」
「眼球をえぐり取り、喰い殺せ、と。」
その言葉が周りの“なにか,,達に光を灯す。
「そうだ」
「ソウダ」
「思い出せ、オモイダセ」
「ワタシタチハ、ナゼウマレタカヲ!」
そして観衆が巻き起こり口々に言葉にして行く。
「ワレワレハ意味ガアル!」
「彼の方を殺せバ!!!」
「血肉を血肉を!!」
それぞれ言いたい放題言ったかと思うと、最後には皆して一言に集中して、合唱の如く叫び始めた。
「彼の方を殺せ!!さすればワレワレハ意味ガアル!!!彼の方を殺せ!!さすればワレワレハ意味ガアル!!!彼の方を殺せ!!さすればワレワレハ意味ガアル!!!彼の方を殺せ!!さすればワレワレハ意味ガアル!!!」
呪文。
呪術。
呪いに近い様な憎悪と憎しみ、そして殺意と欲に塗れた者達の雄叫びに、少女は更に彫りの深い笑みを零す。
「美しいです・・・それでこそ我々の本来の姿っ!ただ人類種を無作為に喰らっていた野蛮な者たちとは今日でお引き取り願いましょう。」
飛び跳ねるモノ、
宙に浮かぶモノ、
絶え間なくナニカを喰らっているモノ、
口が耳の近くまで裂けて笑っているモノ。
まさしく化け物。
しかし我々には名がある。
この名は主人が付けたわけではなく、自然と呼ばれ始めた名であり、まるで夢物語の夢喰いの名の如く。
「魔夢」
「さて、私達はただの捨て駒に過ぎません。しかしまだ物語は紡がれたばかりです。しかしバクと言う架空に存在すると言われている生き物は、その物語ですら喰らってしまうとか・・・・あら?」
少女は足元にいた肉の塊と化したソレに語り掛けた。
「ああ、ごめんなさい。」
謝罪と共に中腰になり、少女は更に妖しく笑う。
「あなたはもう喰べちゃいましたね。」
とびっきりの笑顔を向ける。
周りは更に盛り上がっていく。
「目的が見つかった以上、我々は目的を追わねばなりません。」
ゆっくりと姿勢を正し、真面目な顔で辺りを見渡す。さすれば周りの雄叫びが静まり始め、静寂がまたしても包まれる。
「現時点ではまだわからない・・・と、言いたい所ですが、一つだけ。ある情報が手に入ったのでございます。」
廃墟の屋根に止まっていたと思われる鳥たちが、一斉に飛び立ち、羽ばたく音が廃墟内にも響き渡る。
「黄色」
「“裸眼で黄色い眼をした者,,を見つけ次第、捕らえ、抵抗する様なら・・・喰い殺してしまいましょう。」
少しずつ、優斗の周りが壊れ始める音が鳴る。