第1話:中学生ナンバーワン投手だった少年
短編で投稿させていただいたものと同じものです!
季節は新緑生い茂る5月を迎えていた。
私立鹿子木高等学校、全校生徒976人。
男子よりも女子が多く、偏差値72にしてどの生徒も体育会系または文科系の部活に所属しており、どの部活も基本的には全国レベルである。特に体育会系はサッカー部、文科系では吹奏楽部が全国区のレベルになっていてどちらも全国各地から優秀な生徒を毎年特別推薦募集を信じられない額の奨学金で行っている。そしてそれだけでは飽き足らず特別な活躍をした部活、または個人には勉学の免除という恐るべき制度がある。奨学金で来る者も多ければ勉学が出来ず諦めていたスポーツマンなどもこの高校に入学を志願するほどである。
今年からは野球部をやっとの思いで鹿子木高校も作ったがそこにも信じられない額の奨学金を用意し、全国から募集を募った。結果は去年、中学三年生だった少年たちが集まり、創部一年目から甲子園が狙えるのではないかと全国で騒がれている。
そして鉄陽一がいなくなって二年の月日が経っていた
鹿子木高校もスカウト力や情報力を駆使して全国各地津々浦々彼を探し回ったが同姓同名の人物は見つかったもののそれはまるで彼では無い男子生徒が見つかった。
校舎近くの木は桜色から新緑一色に染まりきって夏本番を今まさに迎えている。
時間は午前10時、夏の暑い日差しが校舎全体に燦々と降り注がれ外に出ることさえも拒んでしまうほどの日差し、その日差しを浴びながら北校舎屋上で汗をかき顔を手で隠しながらわずかにある日陰を利用し、日光を避けている大柄な少年がいた。
制服はあまりにも着崩していて彼がシャツの下に着ているアロハ柄のTシャツが丸見えになっていた。
「だぁ~・・・あっぢぃ~・・・」
少年は体をゆっくりと起こしながら汗をかいた額を拭った。
今日もまた何もないような高校生活を迎えていて少年は退屈していた。
と思っていたもつかの間、自分の下の屋上への入り口あたりで人の声がすることに少年は気付いた
「あっ・・・あの・・・やめてくださいっ!」
少年の寝ている下で一人の少女が声を荒げながら叫んでいた。気になった少年は顔だけをせり出して様子を窺った。
そこには黒髪ストレートの女子高生が大柄な男子生徒三人立ちふさがっていた。
まず少年は彼女の顔を確認して一度首を縦に振り、体を見て二度首を縦に振った
目を凝らしてよく見ると彼女が叫んでいる先には男子生徒に囲まれている小柄で眼鏡をかけていた少年だった。髪は綺麗に刈り上げられ見るからに真面目そうといったオーラが漂っている。眼鏡の少年は何かの楽譜を大切に抱えていた。
「うるせぇよ。なんだ上社、文句あるのかよ」
大柄な男子生徒が上社と呼ばれる少女を見下げていた。
上社と言えば・・・少年は思いだした。
上社春香、少年の隣りの家に住み、小学生のころから中学、高校とすべて同じの学校でさらに全学年でクラスが同じ、彼女はこの鹿子木高校に今年入学し、その容姿、学力、家柄、そして中学生の頃からの吹奏楽部での活躍を含め学校から認められ一年生代表を務め、生徒会では入学から書記を任されている女子だった。少年と同じクラスで学級委員長も務めている。
クラス内では少年とは全く正反対の位置に座り、正反対のキャラでもある。なんでもできる彼女、何もできない少年、もちろん担任の扱いも違う。だが少年はそれに憤りを感じなかった。自分には何もないのだから自分は扱いが悪くて当然であると思っていたからだ。
「西村君がなにをしたっていうんですか!やめてください!先生に言います・・・!」
春香が男子生徒をかき分け西村という生徒の制服の袖を引っ張り彼を連れ出した。
「待てよ上社、そいつには話があんだよ」
今度は男子生徒が春香の袖を掴み、その場から離れようとする彼女を無理やり引き戻した。
「俺の足を踏んでくれたんだよなぁそいつは柔道には足がつきものでなぁ・・・申し訳ないけど落とし前をつけてもらいたいんだがぁ?」
少年は脅している彼の声を聞きながら柔道部という単語で誰かを思い出した。
田代清吾、柔道部一年これもまた少年と同じクラスの生徒である。清吾は彼よりも身長が高く、彼とクラスで1、2を争う身長である。見た目は鬼のような面もちだが気さくで優しい柔道部員と有名なのだが彼の目にはそのイメージが嘘の様に見えた。きっと彼の両隣にいる男子生徒もきっと柔道部の部員なのだろう、体格が優れていてどちらも少年には及ばないが背は高い。
「じゃあまずは西村ぁ、覚悟しろよ?」
「やっ!やめてっ!」
清吾が西村に向かって手を上げようとしたときだった。何を思ったのか少年は彼らの後ろに立っていた。
「田代、そんなちっこい奴に暴力なんて最低野郎とだったは知らなかったぞおい」
「おぉ、鉄じゃないか、なんか文句あるのか?」
「あるに決まってるだろ!」
先に清吾に手を出す鉄、その時だった春香がどこから取り出したのか犯罪者撃退用の網の入ったバズーカを持っていたのだ。鉄が清吾に殴りかかる前にそのバズーカは彼女の手によって放たれたが狙いは清吾では無かった。
「はっ!?なんでだ!ふざけるな!」
捕獲されたのは鉄だった。
その場に居た鉄以外は笑いながら彼が捕獲されているのを見て指をさしていた。
「すまんな鉄、上社にどうしても協力してほしいと言われてな
勿論、西村もだ」
清吾の後ろに隠れている西村、鉄は思い出した。
西村亮、クラスで一番背が低く、誰よりも才能がないと言われている吹奏楽部の一年生、ただ吹奏楽部としては並々の活躍を見せている努力家である。
「ごごごっ!ごめんね陽一君!春香さんに頼まれちゃって・・・」
ぺこぺこと謝る亮、むしろ陽一は二人に対する怒りは無かった。
彼の怒りの矛先は勿論、
「ふざけるな春香!なんでこんなまどろっこしいことするんだ!」
「だまらっしゃい鉄陽一!貴方にはいろいろ聞くこととやらなきゃいけないことがあるって前に言ったでしょう!?
まずは部活を選ぶこと!そして次に授業はサボらないこと!前にも言ったでしょ!?」
激昂する上社、そんな彼女の後ろにいる亮と清吾が小さく見えるぐらいに今の春香はあまりにも巨大に見えた。
「言ったはずだ!俺はやりたい部活なんてねぇんだよ!ふざけんな!」
「駄目よ。この学校は全校生徒に部活をやることが義務付けられてるって前にも言ったでしょ?
それに田代君と並ぶぐらいの体格なんだから部活やらなきゃ損でしょ!」
春香の言葉を聞いて陽一は自分の右肩を彼女に指をさして見せた。亮と清吾と男子生徒たちは疑問を持った顔をしているが春香は気付き、俯き加減に男子生徒たちにこの場を去るように合図した。
清吾と亮たちが帰ったところで春香は陽一の前に座り込んだ。
「本当にやらないの?野球・・・」
「やらない」
「ほんとに?」
「あぁ」
「ほんとのほんとに?」
「あぁ・・・」
「ほんとのほんとのほんとに?」
「うるっさいなぁ!もうやらないって決めたんだよ!もうあの頃の鉄陽一は帰ってこないんだよ」
「野手ができるじゃない・・・勿体ないわよ」
あぐらをかいて一度首を落としてため息をつくと陽一は空を見上げた。雲一つない空はかつて自分がいた場所を思い出させる忌々しいものでしかなかった。春香も同じ、一緒に空を眺めて陽一の事を思い返していた。
「わざわざ俺の面倒なんて見なくていいんだ。お前の時間が勿体ないし、俺なんかにかまうな」
「俺なんかにかまうなって言うけど、じゃあどうして私と亮を助けてくれたのかな?まぁ私は最初の叫び声で気付いてほしかったんだけど、ふざけてた?それともめんどくさかった?」
「両方」
めんどくさそうに陽一は春香にそう答えて彼女に背を向けてもう一度昼寝をしようと目をつむった。
「私はもう一度野球をやってほしいって思ってるよ。あの時のきらきらしてた陽一が好きだったのに、告白する時期とか間違えちゃったかな」
「あのなぁ・・・」
「え?照れてる?嘘だけどね」
「はぁっ!?」
「相変わらず面白いリアクションだよね~まぁ嘘だけどさ、先生を呼んでるからあとのお話は山本先生にお任せして私はもうすぐ授業だからまた後でね」
春香が笑いながら振り向くと陽一も振り向いた。だが春香の走り去る姿の隣りに巨漢で短パン、髪は見事に剃られまるでボーリングの球の様、陽一のクラスの担任であり、この学校の生活指導兼、部活拒否指導担当の山本雅志が仁王立ちしていた。
彼はこの高校に10年務めている。学生時代の頃はやり投げでオリンピックの代表選手にも選ばれた男だ。だがやりの無理な投擲のしすぎで彼の肩は壊れてしまった。今では主にこの鹿子木高校の陸上部の顧問も任されている。
「いくぞ陽一」
ニコッと笑う雅志は悪魔でも仮の姿、陽一は自分の手で網を解くとそれを抱えて雅志の後についていった
「あのなぁ陽一、なんでお前は部活をやらないんだ?」
雅志がゆっくり歩きながら後ろにいる陽一に尋ねた。陽一は無視をしようとしたがものすごい剣幕で睨まれたため返事をした。
「運動とか苦手なんですよね」
「あの天下の鉄陽一がか?」
「鉄陽一はもういないんですよ先生、あいつはいないんです」
「俺の真後ろにいるじゃないか」
陽一はいら立ちを隠せなかった。煽られているのを理解していたつもり、だが雅志の声はいつもの自分を煽りにくるときの声色とは違った。もうすぐ目の前に教室は見えているはずなのだが雅志は鍵を探し始め、陽一は時間を稼いでいるんじゃないか?と疑問に思っていた。
「先生も春香もなんで俺に野球をやらせたいんですか」
「俺や春香だけじゃない。お前の昔の事を知っている人間は皆そうだと思うぞ?さ、入れ」
生徒指導室と書かれた教室の戸を開き、雅志は陽一を教室の奥に誘導した。
普通の教室の三分の一程度しかない教室の真ん中に机が二つ、向かい合わせで置かれていた。その机の上にはライトスタンドと小さな花瓶だけ、二人の両隣にはロッカーが敷き詰められていた。
「お前がいかに部活に入りたくなかろうとこの学校では部活に入らなきゃならないのがルールだ。それは分かってるな?」
ライトスタンドで照らされている机はまるで刑事ドラマに出てくる取調室の様な雰囲気を醸し出していた。それと同時にわざとなのか雅志の額が光を反射し陽一に向かって見 せているのか輝いて見える。
「それはわかってますよ。でも出来る部活がありません」
「文化部は?」
「陰険なんで嫌です」
「文化部全否定かお前は・・・春香や亮みたいなある意味陰険じゃない奴もいるんだぞ?」
陽一は二人名前を聞いて先ほどの事を思い出し、二人の事を頭から消し去った。
「でもやっぱりお前は体育会系の方がいいだろうたとえばサッカーとか」
「足癖が悪いんで」
「じゃあバスケなんてどうだ?」
「あんな相手に触れないルールある潔癖スポーツなんて俺は無理ですね」
「おまえなぁ・・・じゃあ陸上は?」
「走るのしんどいし先生の顔を放課後も見ると思うと・・・」
「このハンサム顔が見れないなんて損してるなお前は」
陽一は陸上部員たちを代表して思った。それは無いと
「じゃあラグビーはどうだラグビー」
「あんな男に抱きついたり臭いのは嫌です。もちろん相撲やアメフトも遠慮しますし、何よりもう汗をかくのがめんどくさいです」
「お前はふざけてんのかぁ!」
雅志の怒号が指導室中に響き渡った。
あまりの大きな声に耳を塞ぐ陽一だったが雅志の頭に注目すると彼のスキンヘッドには血管が現れる程、怒っていた。
「もう許さんぞ、お前は野球部に入れる。お前がどんな恥をかこうと入れる。だが無理矢理入れるのは先生としてなんだからな、野球部と勝負しろ」
「はい!?」
「もちろん条件はつける。お前が野球部に勝ったらお前の部活に入らないことは特例として認めて責任は俺がすべて負う。許可は俺が校長から取る。だがしかし、お前が負けた場合、お前は野球部員となることを約束しろ」
「そんな滅茶苦茶な!」
「もうまどろっこしい話は嫌いだからな。以上だ。
勝負はそうだなぁ・・・明後日だな明後日にする。それまでに悪あがきでもするんだな鉄陽一。」
雅志がにやりといやらしい笑みを浮かべて椅子から腰を上げた。陽一は一度、思いっきり机をたたくと雅志を見上げる様に見た。
「投手はできなんで打者の勝負ならじゃあしますよ!そこまでいうんならしますよ!」
「そうか、なら明後日の授業後、野球部のグラウンドでな」
「絶対に勝つ」
雅志より先に指導室を出て勢いよく扉を閉める陽一、その後ろ姿を見て雅志はまたにやりと笑って教室のカギを閉めた。その笑みは鉄の復活を待っているのかそれともただの企みなのか鼻歌混じりにその場を去る雅志だった。
授業がすべて終わり、陽一を除く生徒たちはそれぞれの部活に向かっていた。
鹿子木高校にはそれぞれの部活に合わせて部室とその部活動を行う部屋、グラウンドが用意されている。たとえば柔道部なら柔道場、弓道部なら弓道場、漫画研究部なら日本の漫画が揃えられている部屋と漫画家が使うものと同様の道具を、吹奏楽部と合唱部にはそれぞれのホールなどが用意されてすべてを合わせて鹿子木高校となっている。
まだ作られたばかりの野球部の部室とグラウンドだけがまだ新品とほぼ同然になっていた。
「そういえば、この学校ってさ。鉄陽一がいるらしいね」
一人の野球部のユニフォームを着た少年がグラブを磨きながら部室の中のメンバーに話しかけた。スパイクの土を落とすもの球を磨くもの自分の防具の留め具をチェックする者も各々が別々に物を整理、手入れをしていた。
「そうらしいな。噂には聞いているけど、本物かわからない」
ユニフォームに着替えながら細身の少年がグラブを磨いている少年に答えた。まだ作られたばかりの野球部は勿論のこと一年生しか在籍しておらず、その中でもまだ三人しかこの部室には訪れていなかった。
「だけど宰ならそれが本人かわかるんじゃね?」
意気揚々と話しかける少年の声を聞いてキャッチャーの防具をチェックしている宰と呼ばれる少年の眉がピクッと動いた。眼鏡をかけていて顔立ちも良く、この鹿子木高校の名キャッチャー鷹飛宰だった。中学野球では東北の方で活躍していて中学生ナンバーワンキャッチャーと呼ばれていた。陽一が在籍していなくなるまで陽一と同じ中学に在籍していたが、家庭の事情で陽一がいなくなった同時期に東北の方へ引っ越してしまっていた。
「そうだな、今は知らんがあいつ以上の投手を俺は見たことが無い。未だかつてな、だがあいつはもう投手ではなく、まるで別人の様になってしまったとも聞いている。俺の知っていたあいつではないのは確かだ」
淡々と話す宰にその場の空気が一気に淀んだ。宰の話し方は決して悪くはないのだがこの二人にとっては宰はテンションが低いと認識している。グラブを磨いているのは伊藤直弘、双子の弟、真弘と鹿子木高校の二遊間を任されている。二人の見せる華麗な守備は日本にとどまらず海外でもエンターテイメントと言われ野球番組の特集では伊藤兄弟にかなう二遊間無しと豪語されていた。
もう一人は鹿子木高校のファースト、四ノ宮亮平宰と同じぐらい口数は少ないが鹿子木高校の頼れる三番、寡黙な性格とは裏腹に豪快なバッティングを見せる。彼もまた中学生からプロに注目されている選手の一人である。
「そうか・・・野球部に来てくれたらうれしいかもしれんな・・・」
「あぁ、俺も淡い期待を抱いている」
「でも投手じゃないんなら無理じゃね?」
「それもそうだな一応、サードは空いているがな。三谷は本来投手として使いたいんだ。定位置が決まっていた方が野球はいいからな。しかし、他のポジションもできて損は無い」
宰が部室の奥にあるホワイトボードを見つめた。野球場のデザインが施されたそのホワイトボードにはメンバーの打順と守備位置が記されていた。
1 中 左
2 伊藤直 遊
3 四ノ宮 一
4 鷹飛 捕
5 福浦 中
6 エリオット 右
7 伊藤真 二
8 三谷 三
9 瀬戸 投
とマグネットでメンバー位置を記していた。これにもし鉄が入ると考えた宰はこれを
1 中 左
2 伊藤直 遊
3 四ノ宮 一
4 鉄 三
5 鷹飛 捕
6 福浦 中
7 エリオット 右
8 伊藤真 二
9 瀬戸 投
控え投手 三谷
とマグネットを移動させ鉄の部分をペンで記した。薄笑いを浮かべた宰は荷物を持ってグラウンドに向かった。残された二人は宰の思惑が分からなず疑問を持ったまま宰の後をついていくようにその場を後にした。
何年振りだろうか自分の家の庭をちゃんと使うのは、そういう思いを抱きながら陽一はただ一人で自宅の庭に作られてた使い古しの仮設マウンドを見た。ちょうど隣の春香の家の彼女の部屋の窓からここは見渡せるようになっている。春香が自分の父にそう頼んだらしく、とんでもない改装費をかけてあの場所に部屋を作ったのだ。
自分が昔使っていたグローブを手に取って見ると今の自分にははるかに小さく見える。そしてグローブを広げると硬式球と中学の頃にチームメイトに書いてもらった寄せ書きが書いてあったままだった。全体的に寄せ書きは乱雑に書かれていて自分の名前を書いておいたはずなのだがその文字ですら見えなくなっていた。
「はぁ・・・」
大きなため息が出る。いつも夢見ていたプロ野球選手、それに手が届くと言われていた三年前に自分は野球から逃げたことも鮮明に思い出していた。野球をやっていようなら誰もが羨むような野球センス、身体能力があったと自覚もしていた。
自分の大きくなった右手を見てみる。豆の跡が残るほどに練習して、足の裏の皮が捲れるまで走って毎日アイシングをするほど投げた。今や当時あった努力の欠片は何一つ見えず、鏡で見た今日の自分は情けなさとあきらめの塊だった。
「兄ちゃん!」
落ち込む陽一の気持ちを吹き飛ばすかのように元気で満ち溢れた声が家の方から聞こえた。陽一の弟、清一の声だった。
清一は小学6年生、陽一の通っていた鹿子木小学校野球部のキャプテンにして四番でピッチャー、確実に似た人生を送っている二人だった。ただ、幼少期の自分を思い返してみると陽一は野球をやっているときも勉学に励んでいるときも自分はあまり愛想をふりまかない小学生であったことを思い出していた。
「どうしたの!?また野球やるの!?」
「野球・・・野球かもうやらないように処分しようかなって思ってるよ」
「そんなぁ・・・兄ちゃんが野球をやってくれないと困るよ!」
清一の発言に驚く陽一、思わずグローブを落としてしまった。
「なんで!?」
「僕は兄ちゃんにあこがれて野球を始めたんだ!その憧れがいなくてどうするのさ!」
「あのなぁ・・・清一、お兄ちゃんの肩はもう駄目なんだ。お兄ちゃんはお医者さんにもう野球はやっちゃいけないって言われてるから野球をやるわけにはいかないんだよ」
今の自分が出せる精一杯の嘘を陽一は清一に話した。
正直、野手は出来ると自分でもまだ思っている。だが自分の投手だったことのプライド、投手として有名になった自分との決別の為に野手に転向せず、野球を辞める道を選んだのだ。清一の年齢なら納得してくれるだろうと陽一は鷹をくくっていた。
「なら兄ちゃん!野手やろうよ!ピッチャーと違って肩を痛めててもできるポジションがあるって日葵姉ちゃんが言ってたよ!」
しかし、清一は諦めるどころかむしろ爛々として話をつづけた。
「あの馬鹿姉・・・余計な事を・・・」
「皆、兄ちゃんがまた野球しているところみたいよ!」
「なんでそう思うんだ?」
「だって春香さんが言ってたから!」
姉ならず春香までも・・・陽一は思った。しかし、心の内では嬉しさが少しだけ増していた。腹立たしさなかった陽一だがまだ自分を応援してくれる人がいることを噛みしめたくはないが噛みしめていた。
「あの二人の言うことはでまかせだ。でもキャッチボールぐらいならできるかな」
「ほんとに!?」
陽一の言葉に清一は目を輝かせていた。
自分とキャッチボールが出来ることをそこまで喜ぶか?と疑問に思っていたが、清一の笑顔を見ていたら陽一のくだらない考えなどすぐにどこかに消えてしまっていた。
久しぶりにやるキャッチボール、肩の痛みは自然と無く流暢にできていた。コントロールは落ち、球速も落ちている。だがそんな自分の今の姿を見ても清一の顔から笑顔が消えることはなかった。
「あら、キャッチボールなんてしてたの?あとで姉ちゃんも混ぜてほしいなぁ~!」
庭の入口から大きな声で姉の日葵の声を上げていた。片手にはスーパーので買い物してきたのか大きめのビニール袋を提げている。いいでしょ~と日葵に自慢する清一はまるで無邪気な子供であった。小学六年生でここまで無邪気なのも珍しいだろうと思った陽一だったが姉には構わずキャッチボールをつづけた。
「お帰り日葵姉ちゃん!お風呂準備できてたらお風呂沸かしてください!それまで陽一兄ちゃんとキャッチボールしてていい!?」
「そうねぇ~でもまだお風呂掃除終わってないから少し長くなっちゃうかもなぁ~」
手でにやけ顔を隠して尚且つ、わざとらしい極まりない大きな声で日葵は盛大に陽一を煽った。
「日葵姉、あとで話があるからな?」
陽一の鋭い目つきをスルーして日葵は自宅の扉を開いて急いでキッチンに向かった。
長女である日葵は主にこの家の家事をすることが多い。母が帰ってこれない日などには姉が家事をすることは当たり前のことになっている。清一の帰りが早く、陽一が部活をやっていないため、教師をやっている日葵より暇がある陽一が清一だけの世話をすることが多い。父は管理職の為、帰りは遅く父の分は日葵か母が担当している。
「兄ちゃん、肩は大丈夫なの?」
突然の清一の問いかけに彼の背より少し高めにボールを放ってしまった陽一、マウンド上だったがそのさらに上をいくボールを投げてしまいその場で小さく飛んでボールを取ろうとする清一だったがわずかにグラブに当たるも後ろに逸らしてしまい玄関先までボールが転がって行った。家のすぐ前はあまり通りは多くないが道路になっていてすぐ近くの溝にはまってしまうのではないかと焦った陽一は清一に声をかけると自分でボールを取りに行った。
「あ、すいません。ボール落ちてましたよ」
「こっちこそすいません、自分のせい・・・で・・・?」
「まさか陽一か久しいな」
2人の間にしばらく沈黙の時間が流れる。家からは日葵が清一を呼び、風呂に入る準備をさせていた。今、向かい合っているのは親友でバッテリーを組んでいた男の鷹飛宰だった。
優しい魔王の疲れる日々もよろしくお願いします!