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【4】

 工業団地の奥には、外灯がひとつもない広大な土地があった。月明かりや工業団地の明かりがかすかに地面に反射していた。どうやら水が張ってあるらしい。

「ここだよ! ここが田んぼだ! ありがとう、ようやくわたしはここまで来れたよ!」

 案山子が歓声をあげた。男の子も喜び、案山子を立てられそうな場所を見つけるため、畦道を探した。

 畦道を探していると、道路脇にちいさな影を見つけた。気になってよく見てみると、車に撥ねられたらしい仔ネコの死骸だった。

「かわいそうに」案山子がいった。男の子はなにもいわなかった。

 仔ネコはグレーの目を男の子と案山子にむけたまま、今にも起きあがってきそうな風に死んでいた。灰色の毛が乱れていた。案山子は、自分をつかむ男の子の手に力がこめられたことに気づく

「どうしたんだい?」

 案山子の問いかけに、男の子はしばらくのあいだ答えなかった。空地にいたこどもたちよりもなお深刻そうに、軍手がなくて困っていた男性よりもなおどうしようもなさそうに、そして、酒を浴びるように飲んで悲しそうにしていた女性よりもなお悲しそうに、男の子は仔ネコのことを見ていた。

「いつも、ご飯をあげていたんだ」男の子はちいさな声でいう。昨日、はじめて勇気を持って父さんに仔ネコを飼ってもいいかなってお願いしたんだ。父さんは笑顔でうなずいてくれた。その夜はとてもうれしくて寝つけなくて。

 案山子はなにもいわずに男の子の話を聞いていた。男の子は、エサを持ってくると喜んで仔ネコが近づいてきたことや、慣れてくると足に頭をこすりつけてきてくれたといった、仔ネコとの思い出も話した。

 やがて男の子は声に詰まり、泣き出した。案山子はしずかに泣き声を聞いていた。暗い田園に、秋風のような男の子の嗚咽がひびき渡る。あたりにはカエルの鳴き声すらない沈黙。声の聞こえる範囲すべてのものが、心配して様子をうかがっているみたいな静寂だった。

「かわいそうに」案山子はつぶやく。「このままではもっとかわいそうだ。埋めてあげよう」

 男の子は涙を拭く。案山子を背中から服へとおして両手を空にする。それから道路へ出て、仔ネコの死骸を抱き上げた。透明で灰色の目に男の子の顔が映った。

 すこし歩いたところに畦道へはいる場所があった。やわらかい地面を探す。畦道を三〇メートルもはいったところで仔ネコの死骸を下ろす。案山子も背中から抜きとってとなりへおいた。

 男の子は女性からもらった剣のかたちをしたキーホルダーを手にとった。それを地面に突きたててほじると土がほぐれた。あるていど土をほぐしたら、手で脇へどけた。ほぐしてはどけ、ほぐしてはどけを繰り返す。穴が深くなると作業をやめ、仔ネコの死骸を穴の中へ横たえた。今度はよけておいた土をかぶせる。あっという間に仔ネコの死骸は土の中へ閉じこめられた。

「おつかれさま、つらかったね」

 埋めたあたりにむけて合掌している男の子に案山子がやさしくいう。大丈夫と男の子はいう。

「それじゃあ、今度は案山子さんの番だ。どのあたりに立ててほしい?」と男の子はいった。

「そうだな。できれば仔ネコのそばがいいかな」と案山子は答えた。

 男の子は案山子を持ち上げ、仔ネコを埋めたすぐそばの田んぼの中に案山子を突き刺した。土はやわらかく深いため、簡単に案山子は立つことができた。

「どうもありがとう」案山子はいう。「きみに会えなければ、わたしはあのまま町角に忘れ去られて、やがてくる廃品回収の車に連れていかれてしまうところだったよ。でも、きみのおかげで案山子としての本分をはたせそうだ」

 とはいうものの、もはや棒と棒を組み合せただけになってしまった案山子は、鳥類の止まり木になりはしても、彼らを追い払う力はないように見えた。そのことを指摘すると、大丈夫と力強くいう。

「きみは心配しなくてもいいんだよ。ここまで連れてきてくれただけで、ほんとうにいくらお礼をいってもたりないよ。そうだ、お礼をしなくちゃ」

「そんな、べつにいいよ」

「だめだめ。ちゃんとお礼はするよ」

「でももう、きみは棒が二本だけだよ」

「わたしは案山子だよ。なめてもらっちゃ困る」

 案山子はそういって押し黙った。しばらく待ってみるが、考えこんでいるのかなにもいわない。男の子はため息をついてポケットに手を突っこんだ。指先が固い球体に触れた。とり出して見るとビー玉だった。工業団地と空から届くかすかな明かりを返して暗闇に光った。

 男の子はかがみこむ。四つあるビー玉を、菱形に仔ネコの墓の上にならべた。

 たちあがるが、案山子はあいかわらず口を閉ざしている。もしもーしと声をかける。だが、それにも反応がない。もうしばらく待ってみるが、けっきょく案山子は二度と喋ることなどなかった。

 男の子はしかたなくじゃあねと別れを告げて家へ帰ることにした。

 数日後、ふたたび男の子は田んぼへやってきた。今度は昼間で、さきに訪れたときはまるで別の場所のように見えた。田んぼは立派なイネの草原になっている。時折吹く風でしなり、陽光を返して白くなる。

 案山子は間違いなく田んぼに立っていた。そのそばにはビー玉が四つ、菱形にならべてある。

 男の子はビー玉のまえにしゃがみこんで手を合わせた。それから立ちあがり、十字の案山子とむきあう。声をかけてみるが、やはり返事はなかった。まあ、そんなものだろう。

 帰ろうとして、足になにかがぶつかってきた。見おろしてみると仔ネコがいた。頭を踝のあたりへおしつけていた。白黒の柄をしている。拾いあげてみるが暴れなかった。みー、みーと鳴く。顔のまえまで持ち上げてみると、灰色の目に男の子が映った。

「いったい、どこからきたんだ、おまえ?」

 男の子の問いに、仔ネコが答えるわけもなかった。

 ふと、男の子は気がつく。仔ネコの額にだけ、白黒以外の色があった。それは灰色で、よく見ると十字のようなかたちをしていた。

「おまえ、うちにくるかい?」

 仔ネコはタイミング良くミーと鳴く。男の子は仔ネコをかかえて、畦道を戻っていった。

 最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

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