【2】
町の中心からはなれた住宅地へ男の子と案山子はやってきた。太陽は西の空へかたむいて赤色を強くしていた。あかがね色の町を男の子は行く。
「ちくしょう! 困ったな、どうしよう」
とある家から、そんな悪態が聞こえてきた。その家の周囲は植物の垣でめぐらされていた。気になった案山子がすこし覗いてみようと男の子にいった。覗きはいけないことだというと、きみはまだこどもだから叱られるくらいさと平然としている。とはいっても、サッカーボールがなくなったため、案山子の表情はよくわからなかった。
葉をおしわけて、男の子は家の敷地を覗きこむ。庭が見えた。ライブハウスのステージぐらいの広さの、つまり広く見えて実はたいして面積のない庭だった。
五〇歳ぐらいの男性が、男の子から見て右手側の垣のまえに立っていた。彼は手に軍手を握り締めていた。どうやら、その軍手が彼に悪態をつかせた原因だった。軍手には穴が開き、そこからほつれが広がってもはや着用することは不可能だった。
ため息をついて男性はふり返った。彼の目が道路に面した垣を捉える。途端におどろきとも歓喜ともいえない表情をうかべた。男の子はわけがわからず身動きができなかった。
「あんなところに軍手があるじゃないか! ははっ、これで垣の世話ができるぞ!」
男の子が頭上を見あげると、斜めにのびた案山子の右手の軍手が、垣よりも高い位置にあった。
男の子はすぐに垣から二、三歩はなれた。すると垣のむこうから「おう、軍手よ待て。プリーズウェイトミー」という悲痛な声が聞こえてきた。ついで垣の中から小皺だらけの男性の顔が飛び出してきた。悲鳴をあげなかったのをだれか褒めてくれないだろうかと男の子は思った。
男性は男の子を見ておどろいた。しかしすぐに気をとりなおして、その軍手をくれないかといった。
「そうしたら、案山子の手がなくなっちゃう」
「案山子?」そこで男性はようやく、男の子のかかえているものが案山子であることに気がついた。「いやあ、頭がなかったからわからなかったよ」
男性はわけを説明した。垣の手入れをしていたのだが、もうすこしで終わるというところで軍手がぼろぼろになってしまった。できれば今日中に終わらせたいが、もうすぐ日が沈むから買いにもいけない。
「だから頼むよ、軍手をくれないか。代わりに腐葉土を入れていた袋をあげるから。案山子につければ立派な頭になるよ」
男の子は案山子と相談した。
「もちろんかまわないよ!」と案山子がいう。男の子は案山子の両手から軍手をはずし、垣から顔を出す男性の口に咥えさせた。なにやら言葉にならない言葉をついて男性の頭が垣から消えて間もなく、今度は腕がにょきっと飛び出した。手には腐葉土まみれのビニール袋が握られていた。
「ありがとう、お礼の袋だよ」
ありがたく受けとり、案山子の頭にくくりつけた。すこし派手な表情をした案山子になった。
垣から伸びる手に見送られながら、男の子と案山子は住宅地の奥へとすすんでいった。