7.ハイウェイゲート
「よし、予定通り、このまま阪神高速に乗って、途中で中国道に乗って関西州を脱出する。」
有騎はとりあえず作戦が無事に終了できて、ホッとしていた。
(こんな無茶苦茶な作戦でもうまく行くものだな。とはいえ・・・)
有騎は後方の席に座っているカルティニの方を見る。
カルティニは納得がいかないのか、何やらサリファに話しかけていた。
しかし、小声で話しているため、ここからは聞き取れなかった。
(SALIDのあの化け物が同じ車内にいると思うと、なんだか落ち着かないなあ。)
ここまで自分達を追いかけてきたカルティニの破壊力を思い出して、有騎の背筋に寒いものが走る。
(果たしてこのまま無事に帰れるのだろうか?)
車に乗っただけで安心してはいけない。
車の中にはSALIDの戦士という爆弾を抱えているし、州兵だってこのまま見逃してくれるとは思えない。
有騎は改めて気を引き締める。
その有騎の元に、奈央がやってくる。
「有騎・・・その・・・さっきはありがとう。」
奈央は少し照れながら、有騎に感謝の言葉を投げる。
そのいつもの性格とかけ離れた奈央の女の子らしい仕草が、不意打ちのように目に飛び込んできたので、有騎はドキッとなる。
「えっ、ああ・・・まあ・・・無事でよかった。」
自分ではクールっぽく返しているつもりだが、内心はかなりドキドキしている有騎であった。
(どうして奈央を見て、こんなにドキドキしてるんだ俺は?あの奈央だぞ。)
気性が荒くて、何かと突っかかってきて、男勝りの性格で、いつもケンカばかりしているだけに、目の前の奈央を見ているとなんか調子が狂ってくる。
「あの時、私のことを助けようとしてくれたの、有騎だけだった。
すごいカッコよかったよ。」
そして、照れくさそうに笑いながら、これまた恥ずかしくなるようなことを言うから、有騎もますますドキドキが収まらなくなった。
(なんだ、これは?
目の前にいるのは本当に奈央なのか?
もしかしたら、あまりのショックでおかしくなってしまったのだろうか?)
動揺した有騎は、目の前の奈央の行為を素直に受け取れず、ついひねくれた解釈をしてしまう。
そして、奈央の額に手を当てる。
「何やってるのよ?」
「いや、奈央ちょっとおかしいから、もしかしたら熱があるのかなあと思って・・・」
バチン!!!
次の瞬間、強烈なビンタが有騎の左頬に炸裂する。
「い、痛ってえ、何しやがる。」
「あ、アンタこそ、人がせっかくお礼しているのに、おかしいって何よ。」
「お前は人にお礼する時にはビンタするのか?」
「それはアンタが変なことするからでしょ。」
奈央は有騎につっかかってくる。
(ウン、これでこそいつもの奈央だ。)
有騎は奈央に言い返しながらも、いつもの奈央に戻ったことに少しホッとしていた。
やっぱり、奈央はこうでなくては。
「おやおや、キミたち、随分と仲がいいんだね?」
有騎と奈央の痴話喧嘩を、サリファはさっきからニヤニヤしながらじっと見ていたようだ。
そのサリファの表情を見て、有騎と奈央は慌てふためく。
「えっと、何か勘違いされてるかもしれませんが・・・」
「わ、私達は、ただの幼馴染で・・・その・・・別に・・・それ以上でも以下でもないって言うか・・・」
「ふうん、私、仲がいいねって言っただけなんだけど、どうしてそれでそんなに二人とも慌ててるわけ?」
サリファがニヤリと笑いながらそう言うと、有騎と奈央の表情が引きつる。
「まあ、2人がただの幼馴染って言うんだから、そう言うことにしておきましょう。」
サリファはそう言うと、何かを思いついたかのようにポンと手を叩く。
「そういえば自己紹介がまだだったね。
まあ、私のことは知ってると思うけど、一応自己紹介しておくね。
私の名前はサリファ=クルサード。ディルスターのCEOアルシア=クルサードの長女です。
で、キミ達の名前は?」
「えっと、俺は神崎有騎です。」
「私は春海奈央です。」
(人質に自己紹介するって、一体どんな誘拐だよ?)
有騎と奈央は変な気分になりながら自己紹介を行う。
(ていうか、誘拐って、普通さらう側に主導権があるもんだよな。
でも、今回の場合、なんかこの人がずっと主導権を持ってるような気がするんだよなあ。)
「ユウキとナオだね。ヨロシク。」
サリファは二人に向かって丁寧にお辞儀をした後、ニコッと微笑む。
その笑顔があまりにも美しくて、有騎の心臓の鼓動が再び激しくなる。
(やっぱり、これは一目ぼれって奴なのかな?)
有騎は、自分がサリファに恋をしたのではないかと思うようになった。
「日本語上手なんですね?」
奈央がサリファにそう言うと、サリファは自慢げに微笑む。
「そうでしょ、私もカルティニも、20か国ぐらい話せるからね。」
「へえ、すごいね。」
「別にすごくないよ。それに私、日本語はあまり得意じゃないんだよね。」
「それで、俺と奈央の名前のイントネーションがちょっと変なのか?」
「私のイントネーション、そんなにおかしいかな、ユウキ、ナオ?」
サリファが二人の名前を言うと、有騎と奈央は思わず吹き出す。
やっぱり少しおかしい。
仕方がないので、教えてやろうかと思ったその時だった。
「州兵の車が追いかけてくるぞ。」
後方を監視していた仲間の一人が大声で叫ぶ。
車内は一気に緊張で包まれる。
「このハロルド号に追いつけると思ってるのか。
奴らをぶっちぎって、高速に乗るぞ。」
一馬は自信満々の表情を見せるが、他の全員は不安で一杯だった。
「一馬、でも、高速に入る道が事故で渋滞みたいだよ。」
ナビゲーションを見ていた奈央が一馬にそう言うと、一馬は困った表情を浮かべる。
さっきまでの自信満々の表情は一瞬で消え去った。
実に薄っぺらい自信である。
「マジか。じゃあ、他のルートで。」
「別の入口からなら行けるみたいだけど、そこまで一般道で行くしかないから、アイツらを撒くのはまず無理よ。」
「しゃあない。できるだけ混まないルートで突っ切るしかないな。にしても、よりにもよって今日事故を起こしやがって。」
一馬は大きくため息をついた。
「何だと、サリファが誘拐されただと!?」
一方、最上階でサリファの到着を待っていたアルシアは、地下駐車場での報告を聞いていた。
「それで、まんまと車で誘拐犯に逃亡されたというのか?
大阪の警備網は一体どうなってるんだ?」
アルシアが少し呆れた口調で、日本グループの役員達の方を見る。
「申し訳ありません。なぜか、ゼウスネットワークで犯人を検知できなかったみたいで。」
「なるほど、奴らはアンノウンか!?だが、サリファのDICTは検知できるだろう?」
「あと、サリファ様を護衛していたSALIDのカルティニが追撃していたようなのですが、ゼウスネットワークによると、どうも彼も捕まったみたいです。」
役員の報告を聞いて、アルシアは驚いた表情を浮かべる。
「あのカルティニが捕まっただと!?」
アルシアは、妙だと思った。
(カルティニと言えば、SALIDでもかなり上位の戦士だと聞いていたが、そんな男が一般人のレジスタンスごときにあっさりと捕まるものだろうか?)
そして、アルシアの頭の中に嫌な考えが思い浮かぶ。
(あの場でカルティニを抑え込むことができる人物は一人しかいない・・・)
アルシアは立ち上がると、近くの役員に命じる。
「今すぐ、大阪に常駐しているSALIDを招集しろ。」
アルシアがそう言うと、役員達は驚いた表情を浮かべる。
「SALIDをですか?そこまでしなくても、現在州兵が追跡してますので、彼らがサリファ様を保護してくれると思いますが。」
「州兵がカルティニを倒せるとは思えん。」
「カルティニを倒すとは、一体どういうことですか?」
カルティニは、サリファを守るSALIDのはず。
役員達はアルシアがなぜカルティニを倒そうとしているのかわからなかった。
とその時、部屋に一人の女性が入ってくる。
「失礼します。サリファ様を誘拐した車は、間もなく阪神高速に乗るようです。」
アルシアは、その女性を見た瞬間に、彼女がSALIDであることに気づく。
「お前はSALIDの一員か?」
アルシアが女性に尋ねると、女性は少し驚いた表情を浮かべる。
彼女は、今日のパレードに備えて、ここにガードに来ていたSALIDの一人だった。
「ハイ、私はSALID日本駐隊第21小隊の風宮 伊織と申します。」
「やはりそうか。では、風宮、早速第21小隊に出動してもらおう。」
「ハッ、直ちにサリファ様救出のために、第21小隊出動します。」
だが、風宮の返事に、アルシアは首を横に振る。
「違うな。お前達の任務は、サリファの救出ではない。」
アルシアがそう言うと、風宮もその場にいた役員も驚いた表情を浮かべる。
「やっと高速に出られるみたいだな。」
ハロルド号は、一般道での州兵の追跡を何とか振り切って、何とか高速道の入口にたどり着いていた。
「お嬢様、いい加減に説明してもらえませんか?」
車の中では、カルティニがサリファにずっと今回の騒動についての説明を求めていた。
しかし、サリファはのらりくらりとはぐらかしてばかりだった。
「まあまあ、そんなことより、もうじき高速に乗るそうだけど、この車、ハイウェイゲート通過できるの?」
サリファは、カルティニから話を逸らしつつ、近くにいた有騎に話を振る。
こうやって有騎との会話を起こすことで、カルティニとの会話を断ち切る寸法である。
「えーっと、俺達はDICT外してるし、車には偽装DICTを搭載済みだから、ハイウェイゲートにはかからないよ。」
「ふーん、キミ達、やっぱりアンノウンなんだ。」
サリファがそう言うと、有騎は不愉快な表情を浮かべる。
「悪いけど、その呼び方はやめてもらえますか?」
有騎だけでなく、周りの人達も少なからず不快な表情を浮かべていた。
「まあ、キミ達にとっては、あまりいい気分にはならないだろうね。」
アンノウン(Unknown)は、元々は未確認生命体や国籍不明の人達等を指す言葉として使われていた。
しかし、今ではゼウス・ネットワークで監視できない人達の総称として定着していた。
ゼウス・ネットワークで監視できない人達とは、当然DICTを持っていない人達のことである。
アンノウンと言う蔑称は、DICTを浸透させるためにありとあらゆるところで利用された。
そのおかげかどうかはわからないが、今や世界中にDICTは浸透し、全ての社会基盤はDICTを前提に作られるようになった。
そのため、DICTを持たないものは、社会基盤に適応できず、それどころか日本人として認知すらしてもらえない。
DICTの作る世界に住む人達にとっては、DICTを持たない人間はまさに未確認生命体なのだろう。
だが、自分達とて生きた人間であり、日本人である。
有騎達がアンノウンという蔑称を嫌うのはそのためである。
「気に障ったようなら謝るね。ゴメンなさい。」
サリファが頭を下げるのを見て、カルティニは驚く。
「お嬢様、このような誘拐犯なんかにどうして頭を下げるのですか?」
サリファが頭を下げるのを見て、有騎と奈央も驚いていた。
(お嬢様ってもっと傲慢で、人に謝ることができない人達ばかりだと思ってた。)
有騎と奈央のお嬢様に対する偏見も相当なものではあるが、2人ともディルスターのトップの令嬢が、自分達のようなアンノウンに対して頭を下げるとは思わなかったのだ。
「ところで、発展途上国と違って、日本の主要高速道路はハイウェイゲートを完備していると聞いてたけど、DICTなしでどうするつもり?
あと、私とカルティニのDICTもどうするつもりなのかな?
今頃、私とカルティニのDICTは、監視対象に登録されてると思うけど。」
サリファがそう言うと、有騎はため息を一つつく。
「俺も気になって、さっき秀秋に話を聞いたんだけど、そこの対策は何もしてないんだって。」
有騎が一番心配していたのはこの点だった。
秀秋も一馬もなぜばなんとかなると笑いながら言っていたが、どうにもならないだろうと有騎は考えていた。
ハイウェイゲートは、DICTを使った高速道路管理システムである。
昔は料金所で高速料金を支払う仕組みだったが、どんどん自動化され、DICT導入後はハイウェイゲートで料金徴収を行うようになった。
ハイウェイゲートは、ゲートを通過する車に搭乗している人をスキャンして、自動的に料金徴収を行う。
自動車に代表者のDICTを登録しておくと、料金は代表者のDICTから料金徴収する仕組みになっている。
DICTなしでは高速道路に乗ることができないが、そちらは秀秋が偽装したDICTを使えば何とかなるだろう。
問題なのは、DICTによって、乗車している人間は全て把握されるということだ。
有騎が心配していたのはそれだった。
(サリファとカルティニのDICTがある限り、俺達はどこに行っても追跡される。
このまま2人を連れてアジトには帰れないし、本当にどうするつもりなんだろう?)
有騎は思わず頭を抱える。
「なんだ、結局強行突破なんだ。」
続けて、サリファは「じゃあ、アンノウンである意味ないじゃない」と言おうとするが、さっきの反応を思い出してとっさに口を噤む。
(でも、これでよかったのかもしれない。)
サリファはそう思った。
仮にDICTを持つ自分とカルティニを、ゼウスネットワークを遮断できるくらいの核シェルター並の装甲の部屋に入れたら、追跡は防げるかもしれない。
しかし、それはそれでやっかいな問題を引き起こすことになる。
恐らく、サリファほどの要人のDICT反応がなくなった時点で、全てのハイウェイゲートが自動的に閉鎖されるだろう。
そうなれば、日本中の多くの人達が高速を使用することができなくなる。
それくらいのことは、恐らく彼らも予想できたのだろう。
(それに、彼らは知らないかもしれないが、お父様のことだから、いざとなれば、もっと恐ろしいことをするかもしれない。)
そう考えると、むしろ無策でいてくれてよかったとすらサリファは思った。
いざとなれば、別の方法がある。
でも、それは、今はまだ使いたくないとサリファは思った。
「あの・・・さっきから、あなたのボディーガードが、すごい形相でこっちを睨んでるのを何とかしてほしいんですけど・・・」
考え事をしていたサリファに、有騎がカルティニの方を恐る恐る見ながら話しかける。
「あのさ、キミ、せっかくカルティニの質問をごまかせたのに、どうして復活させようとするわけ?」
(えっ?カルティニの質問って何のこと?)
有騎にはサリファの言ってることがよくわからなかったが、とりあえず「ゴメン」と謝る。
しかし、そのサリファの発言が聞こえたのか、カルティニはサリファに近寄ると、思わずサリファの肩を力強くつかんだ。
「お嬢様!!!」
「痛い痛い、ちょっとカルティニ、肩痛いって・・・」
「も、申し訳ありません、お嬢様。つい、我を忘れてしまって・・・」
「もう、カルティニはすぐに怒るんだから。そんなに短気だと、いつまでたっても彼女ができないぞ。」
サリファはそう言うと、ニヤッと笑う。
だが、そのサリファの言葉に、一瞬カルティニの表情が強張る。
「いえ、私は、今は恋人とかそういうのは・・・」
「もうすぐハイウェイゲートだぞ。」
一馬の大声で、一気に車内に緊張が走る。
「今、この車がゲートを通過したら、私とカルティニのどちらから料金徴収されるかな?」
サリファが面白そうに話す。
「ハイウェイゲートは、ブラックリストの検知も行っているので、我々が検知されたら、ゲートが封鎖されて終わりですよ。」
カルティニがサリファに水を差すように話す。
ハイウェイゲートは、おおよそどれも数km程度のゾーンを持ち、ブラックリスト検知された場合は、自動的に出口が封鎖される仕組みになっている。
そのため、どの車も、前の車のせいで突然ゲートが閉じられても衝突しないように、ゲート内は徐行運転するのが暗黙のルールとなっていた。
「なに、超スピードで突破してやるさ。」
しかし、一馬は前方に車がいないことを確認すると、一気にゲートを突破するよう運転手に指示する。
一馬の命令で、ハロルド号のスピードが一気に上がる。
「ま、まさか、本気で・・・」
「当然。」
一馬はニヤリと笑う。
やがて、ハロルド号は、ハイウェイゲートのゾーンに突入する。
やはり、サリファとカルティニのDICTは登録されていたようで、ハイウェイゲート内に凄まじい警報音が響き渡る。
そして、同時に前方のハイウェイゲートが閉じていく。
しかし、ハロルド号はさらに加速すると、ゲートが閉じる間一髪のところで突破した。
ハロルド号は、降りてくるゲートの下をすれすれで抜けることができた。
「どんなもんよ。」
一馬がニヤリと笑みを浮かべる。
「まさか、本当に突破するとは・・・」
カルティニが驚いた表情を浮かべる。
「ヤ、ヤバかったあ。」
一方、奈央は冷や汗をかいでいた。
というのも、ハロルド号が降りてきたハイウェイゲートを通過できたのは間一髪だったからである。
「あと1秒遅かったら、あの分厚いゲートに車潰されてたかも・・・」
その時のことを想像して、奈央の背筋に寒いものが走る。
奈央に限らず、ほとんどの人は間一髪だったことを知り、安堵の表情を浮かべていた。
豪快に笑っているのは、一馬ぐらいである。
「貴様ら、お嬢様を殺すつもりか!?」
カルティニが一馬を睨み付ける。
「まあいいじゃねえか。こうやって生き残ってるんだからさ。」
「そういう問題じゃ―――」
「もういいでしょカルティニ。」
怒りが収まらないカルティニをサリファがなだめる。
「そんなことより、早く逃げないとマズいんじゃない?」
「確かに、このまま逃げ切れるとは思ってない。」
有騎はそう言うと、ハロルド号の操縦席の方に向かう。
「奈央、HAIFO(Highway AR Information)だ。」
「アンタに言われなくても、起動してるってーの。」
奈央は若干不機嫌気味に答える。
奈央は単に、さっきの間一髪の脱出劇で、まだ声が震えているのを有騎に気づかれたくなかっただけなのだが、それを聞いて有騎は不思議に思った。
(何をアイツは怒ってるんだ?)




