1.束の間の休息
瀬戸内海の潮の動きが激しく、しかもこの辺は複雑な地形をしており、なかなか思った方には進めなかった。
しかも、この辺は地形が複雑で、カルティニもなかなか操縦に苦労しているようだった。
カルティニは、とりあえず呉から離れようと操縦するが、なかなか苦戦しているようだった。
「お嬢様、この辺には小さな島がいくつかあるようなので、今晩はとりあえずどこかで休んだ方がいいでしょう。」
カルティニがそう言うと、サリファは小さく頷く。
「カルティニに全部任せるよ。」
カルティニはレーダーで近くに島があることを確認すると、そこに向かって操縦する。
とその時、潜水艦内のランプが突然点滅する。
「なんだこれは?」
有騎がカルティニに尋ねる。
「どうやら空母イスファールが沈没したらしい。
これは沈没時に空母から発信される信号を感知したものだ。」
カルティニがそう言うと、全員が驚いた表情になる。
「レイヴァン・・・大丈夫かな?」
サリファが不安そうな表情を浮かべる。
例え、恋愛感情はなくても、サリファにとって弟であることには変わらない。
「レイヴァン様にはジルクがついています。おそらく我々と同じように脱出していると思います。」
カルティニがそう言うと、サリファは不安な表情のまま小さく頷く。
「それより、イスファールが轟沈した以上、アルシアの部隊は残党狩りを始めるでしょう。
敵の最大の標的は、お嬢様とレイヴァン様です。
その2人を仕留めそこなったとなれば、周辺地域に兵士を送り込んでくるでしょう。」
カルティニがそう言うと、船内は再び緊張に包まれる。
「じゃあ、もっと遠くに逃げた方が・・・」
奈央がカルティニにそう言うが、カルティニは首を横に振る。
「これはあくまでも脱出用の潜水艇だ。
燃料も限られている。
これでそう遠くには逃げられない。」
「四国に渡るぐらいはできないかな?」
「それくらいなら可能かもしれないが、今は潮の流れが激しすぎて無理だ。
それに全員疲労困憊だろう。
どこかで休んだ方がいい。」
カルティニはそう言うと、潜水艇を近くの島の岸につける。
周囲はすっかり暗くなっていた。
「気をつけて降りろよ。」
カルティニは潜水艇を防波堤の横につけると、有騎達を潜水艇から降ろす。
そして、全員が下りたのを確認すると、カルティニは潜水艇のハッチを閉める。
「これどうするんだ?こんなところにあったら目立つぞ?」
有騎が尋ねると、カルティニは携帯端末を取り出す。
そして、カルティニが端末操作をすると、小型潜水艇は海の中に沈んでいく。
「なるほど、海の中に隠しておくわけね。」
奈央は海の中に沈んだ潜水艇を見ながらそう言う。
「じゃあ、どこか休める場所を探しましょうか?」
サリファがそう言うと、カルティニも頷く。
「まずは、ここがどこなのかを調べる必要があります。」
カルティニはそう言うと、手がかりになりそうなものを辺りから探す。
上陸した島は小さな村があるようで、どうやらそう離れていない場所に上陸したようだった。
しばらくして古びた看板を見つける。
「ようこそ御手洗へ」
その看板にはそう書かれていた。
「おてあらい?近くにトイレでもあるのかな?」
葵はそう言うと、きょろきょろ辺りを見渡す。
一方、カルティニは潜水艇にあった古い紙の地図を広げる。
GPSを使えば、ディルスターに逆探知される可能性があるから、ジルクが紙の日本地図をわざわざ入れておいてくれたのだろう。
しばらく地図を見渡して、カルティニはその地名の場所を見つける。
「見つけた。ここはどうやら大崎下島というところらしい。」
そして、カルティニの表情は険しくなる。
どうやら、かなり東の方に流されたらしい。
「どうしたの、カルティニ?」
その様子に気づいたサリファがカルティニに尋ねる。
「残念ながら呉からあまり離れた場所ではないようです。ここにもSALIDがやってくるかもしれません。
朝にはここから離れた方がいいでしょう。」
カルティニはそう言うと、地図を見る。
今晩、どこか身を隠せそうなところを探しているようだった。
その地図に、奈央がライトを照らす。
「こんなに暗いと地図も見えないでしょ。」
「ああ、頼む。」
奈央のライトに照らされた地図を、カルティニは見る。
「ここの展望台とかどう?」
サリファが地図の一か所を指す。
それは、この島を見渡せる展望台のようだった。
「ここだったら、島の周りの様子が見渡せるんじゃない?」
「その代わり、こちらの存在も上空から丸見えです。
おまけに下から山狩りでもされたら、退路を完全に断たれてしまいます。」
カルティニはそう言うと、サリファの提案をやんわりと却下する。
「できるだけ、ここから近い場所で、人があまり来ない場所がいい。」
とその時だった。
「おたくら、もしかして今晩の宿に困ってるのかい?」
遠くから見知らぬ老婆が声をかけてくる。
全員に緊張が走る。
「もし泊まる場所がないんだったら、うちにでも泊まっていくかい?」
どうやら、今晩の宿を提供してくれるらしい。
しかし、見ず知らずの人を信用していいものか、カルティニは老婆を見る。
外見は人の良さそうな老婆だった。
しかし、人は見かけによらない。
カルティニは、これまで多くの戦場で嫌というほどそういった経験をしてきた。
だから、慎重に対応しないといけない。
だが、
「えっ、泊めてもらえるんですか?ありがとうございます。」
サリファが老婆にあっさり返事する。
「実は今晩どこに泊まろうか困っていたところだったんです。本当に助かります。」
サリファがもう一度お礼をすると、老婆は自分についてくるようにこちらに促してくる。
「さ、サリファ様、見ず知らずの人間を信用しては・・・」
「あのおばあちゃんが悪い人には、私には思えない。」
サリファがカルティニの言葉を遮るように返す。
「大丈夫だよカルティニさん。私もあの人は悪い人には思えません。」
奈央もサリファに同調する。
「まあ、万が一のことも考えて、俺達は警戒しておこうぜ。」
有騎がカルティニに向かってそう言う。
こうして、有騎達は見ず知らずの老婆の家に一晩泊めてもらうことになった。
老婆の家はとても大きな家だった。
しかし、家の中には老婆以外の人の気配が全くしなかった。
「何もない家だけど、ゆっくりしておいき。」
老婆はそう言うと、有騎達を客人用の部屋に案内する。
「おばあちゃん、もしかして一人で住んでるんですか?」
奈央が老婆に尋ねる。
「まあ、近所に知り合いがたくさんいるし、昼間はそんなに寂しくなんだけど、夜一人でこの広い家で過ごすのはさすがに少し寂しいのよね。」
「そうですか・・・」
これ以上話を聞くのは、なんだか気がひけたので、奈央はそのまま案内された部屋の中に入る。
結局、この日は夕食までごちそうされることとなった。
カルティニが自分が最初に毒見をするとサリファに話すが、
「そんなことしなくても大丈夫だよ。」
とサリファは煮物を箸でつまんで口にふくめる。
「んーおいしー。」
サリファの表情が緩む。
外国の人なのに、箸の使い方が見事だと有騎は感心する。
「お嬢様、体に異変はありませんか?」
なおも心配するカルティニを見て、サリファはため息をつく。
「カルティニ、私も人を見る目はそれなりに養ってきたつもりですよ。
それとも、私の人を見る目は信用できませんか?」
サリファがそう言うと、カルティニは何も言えなくなってしまう。
「ほら、カルティニも食べてみてよ。これ、とってもおいしいよ。」
サリファは箸で煮物をつまむと、カルティニの口元に持っていくと、
「はい、カルティニ、あーんして。」
と言う。
「お嬢様・・・わかりました。」
カルティニが口を開けると、サリファは煮物をカルティニの口に放り込む。
カルティニは口の中に入った煮物の味を確かめる。
「これは、確かにおいしいですね。」
「でしょ。こんなおいしいものを作れる人に悪い人なんかいないよ。」
サリファはそう言うと、さっきカルティニの口に運んだ箸で、煮物を食べる。
「なんか、あの二人、いい感じだね?」
同じ部屋でその光景を見ていた葵が奈央にそう言う。
一方、有騎と奈央は、その光景を見て、少し恥ずかしそうに俯いていた。
「奈央ちゃんもお兄ちゃんにあーんってやってみたら?」
葵が小声で奈央の耳元でそうささやくと、奈央の顔はみるみる真っ赤になる。
「そ、そんなことできるわけないでしょ。」
「えーつまんない。」
葵はそう言うと、今度は有騎に小声で話しかける。
「お兄ちゃん、サリファ様とカルティニさん、なんかいい感じだね。」
「そ、そうだな。」
有騎は少し動揺している感じだった。
「あー、さては、自分もサリファ様にあーんしてもらいたいとか思ってるな。」
「そ、そんなこと思ってるわけないだろ。」
動揺しすぎたせいで、有騎は思わず大声で葵に反論する。
すると、全員の視線が有騎の方に集中して、それで有騎はますます恥ずかしくなる。
「どうしたの有騎?」
サリファが有騎に尋ねると、有騎は「何でもありません。」と答えて、静かにその場に座り、煮物を食べる。
それを見て、葵はクスクス笑いだす。
動揺する有騎とその隣で笑っている葵を見て、サリファ達は不思議に思うのであった。
食事が済むと、カルティニは周囲を見回りに行くと、外に出ていった。
どうやらこの場所の周囲を調査しておきたいようだった。
お婆さんは部屋に布団を敷いてくれると、自分の部屋に戻っていった。
お婆さん曰く、老人は夜寝るのが早いんだそうだ。
その割には、今日はかなり遅くまで起きていたようだが。
サリファや奈央や響が風呂に入っている間、有騎はお婆さんから色んな話を聞いた。
最近はディルスターのせいで、この辺の電力は非常に不安定になっているそうだ。
停電が起こることもしょっちゅうあるらしい。
だから、早寝する習慣がついたそうだ。
ただ、今日は呉が爆撃されているという話を聞いて、さっきまで近所の家に集まっていたらしい。
しばらく家から外の景色を眺めていた有騎だったが、しばらくすると部屋をノックする音が聞こえてくる。
外を眺めながら、はいと小さく返事すると、部屋の中に奈央と響が入ってくる。
「お兄ちゃん、お風呂空いたよ。」
「よっしゃ、じゃあ俺も風呂に入るとするかな。」
有騎はそう言うと、風呂に入る準備をする。
「ああ、そうだ。」
風呂に行こうとする有騎を奈央が呼び止める。
「なんだ?」
「あのね、サリファ様から伝言。
大事な話があるから、後で部屋に来てほしいって。」
それを聞いて、有騎の表情が変わる。
「なあ、大事な話って、もしかして・・・」
「ウン、多分、今回の計画のことだと思う。」
「そうか、ようやく俺達にも話してくれるってことか。
じゃあ、さっさと風呂済ませてくるわ。」
有騎はそう言うと、小走りで風呂へと向かう。
それを見て、奈央はクスッと笑う。
有騎が風呂から上がると、カルティニが戻ってきていた。
「この島にはディルスター関連の施設はないようだ。
州兵やSALIDがここに来ている気配もない。」
カルティニはそう言うと、ようやく腰を落ち着ける。
この短時間で、一体どこまで見回ったのだろうか。
銃で撃たれて肩を負傷しているというのに、そんなことを微塵も感じさせないタフさだった。
有騎は改めて、カルティニのすごさを感じていた。
「カルティニ、風呂空いたから、よかったらお前も入ったらどうだ?」
有騎がカルティニに風呂を勧める。
「お嬢様はもう風呂に入られたのか?」
「ああ、あと風呂に入っていないのはお前だけだ。」
「そうか。」
カルティニはそう言うと、外の景色を眺める。
「俺はもう少ししてから入る。お前は早くお嬢様の部屋に行くといい。」
カルティニがそう言うと、有騎は少し驚く。
「お前、どうして俺がサリファ様から呼ばれていることを知ってるんだ?」
「今話しておかないと、今後話す機会があるかどうかわからないからな。
本当はお前達のアジトに着いてから話すつもりだったそうだが、あんなことになったしな。」
「そうか。」
有騎はそう言うと、サリファの部屋に向かおうとする。
だが、
「待て。」
カルティニが有騎を呼び止める。
「なんだ?」
「話を聞けば、もう引き返せなくなる。
それでも聞くつもりか?」
「ああ。」
カルティニの問いに、有騎は即答する。
「俺達アンティルは、もうサリファ様に賭けるしかないんだ。
このチャンスを逃したら、アンティルは終わりだろう。」
有騎がそう答えると、カルティニは一言「そうか」と言い、それ以上はもう何も言わなかった。
有騎は決意を固めると、サリファの部屋へと向かった。
サリファの部屋というか、厳密にはサリファ、奈央、葵の3人が泊まる部屋に有騎は入る。
部屋に入ると、3人が楽しそうに雑談していた。
「おっ、ようやく来たね。」
サリファはそう言うと、有騎に座るように、自分の隣にある座布団をポンポンと叩く。
有騎は恐る恐るサリファの隣に座ると、隣のサリファから石鹸かシャンプーか香水かわからないけど、いい匂いが漂ってきた。
「お兄ちゃん、顔が赤いよ。どうしたの?」
向かいに座っていた葵がニヤニヤしながらそう言う。
「な、何でもないよ。そんなことより、さっさと本題に入ろうぜ。」
有騎は無理やり話題を逸らそうとするが、その慌てっぷりを見て葵はますますニヤニヤする。
本当に憎たらしい妹だと有騎は思った。
「そうだね。」
隣に座っていたサリファが、さっきまでと違い真剣な表情に変わる。
それで、その場の和やかな雰囲気も一変する。
「本当はもう少し早くに話しておきたかったんだけど、色々あったからね。
まずはすぐに話さなかったことを謝ります。」
サリファはそう言うと、有騎と奈央と葵に向かって頭を下げる。
「あなた方は、私のためにわざわざ危険を冒してまでここまでやってきてくれた。
だから、私もあなた達に全てをお話ししようと思います。」
「ありがとう。」
奈央がサリファにお礼を言う。
「最初に断っておきますが、これから話すことは、多分、あなた達の想像を絶する内容だと思います。
今ならまだ引き返すことができます。」
サリファが改めて有騎達に話を聞くかどうかを確認してくる。
有騎は、さっきカルティニにも同じことを言われたことを思い出す。
これからサリファが話すことは、相当覚悟を決めて聞く必要があるということらしい。
だが、有騎達の覚悟はとっくに決まっていた。
有騎達は顔を見合わせると、小さく頷く。
「俺達の覚悟は決まっている。話してほしい。」
そして、有騎はサリファにそう返答する。
「わかりました。
ただし、これからお話しする内容には、一部推測も含まれています。
完全に情報を入手することが困難なので、どうしても推測が含まれてしまうことを許してください。」
サリファはそう前置きをすると、話を始めた。
有騎達にとって、そしてこの世界にとって、想像以上の衝撃の真実を。




