9.イスファールからの脱出
「イスファールに攻撃って・・・一体誰が?」
奈央がカルティニに尋ねる。
「そんなことができるのは、ディルスターしかいない。
少なくとも、この日本ではな。」
「ということは、ディルスター同士の戦闘ってこと?」
奈央が尋ねると、カルティニは一言「そうだ。」と告げる。
「司令基地に加えて空母イスファールからの連絡も途絶えて、恐らく敵兵はパニック状態だろう。
この隙をつくしかない。」
カルティニはそう言うと、ハイウェイスターの速度を上げる。
「なるほど、敵同士が争っている今こそが、最大のチャンスってわけか。」
一馬もカルティニに合わせて速度を上げる。
「敵の戦闘に巻き込まれる可能性も高いけどな。」
有騎はそう言うと、葵の方を見る。
こんな遠くまで轟音が聞こえてくるほどの戦闘だから、相当な戦闘なのだろう。
このまま葵を連れて行ったら、葵を危険に巻き込むことになる。
敵の戦場に突っ込む前に、この辺に葵を避難させるべきではないだろうか?
でも、この辺りには州兵が多く潜んでいるから、ここに置いていくのも危険だ。
「私は絶対にお兄ちゃんと一緒に行くからね。」
葵はそう言うと、有騎の手を掴む。
「でも、本当に死ぬかもしれないんだぞ。」
「それは、お兄ちゃんや奈央ちゃんも同じでしょ。」
葵にそう返されると、有騎は何も返せなくなってしまう。
戦場に行って、危険なのは自分達も同じだった。
これでミッションは、ただ空母に潜入するだけではなく、戦場の中を突っ切っての潜入となり、難易度が飛躍的に上昇した。
自分達だって、ついこないだまで守られていた側の人間だ。
戦闘経験が豊富なわけではない。
いきなり戦場に飛び込んで戦えるだけのスキルを持っているわけではない。
「お前達はここで引き返した方がいい。」
カルティニから通信が入る。
既に日は落ちて、すっかり夜になっていた。
にも関わらず、呉港に近づくにつれて、空は真っ赤になっていき、凄まじい轟音が聞こえてくる。
その大きさが戦闘の激しさを物語っていた。
戦闘から逃げるように、大勢の周辺住民が徒歩や車でこちらに避難してくるのが見えた。
ここで引き返すべきだろうか?
有騎はカルティニの言葉に、一瞬迷いを覚える。
「お兄ちゃん、私なら大丈夫。」
そんな迷いを振り払うかのように、葵が有騎に向かって言う。
「でも、そんなこと言ったって・・・」
「大丈夫だよ。」
有騎の言葉を遮るように、葵が力強くそう言う。
「葵ちゃん・・・」
奈央も心配そうに葵の方を見る。
「お兄ちゃんと奈央ちゃんが私を守ってくれるんでしょ。
だったら大丈夫。
私、2人に離れずついて行くから。」
葵がそう言っても、有騎はまだ迷っていた。
「サリファさんを助けないとダメなんでしょ。
これが最後のチャンスじゃないの?
だったら、ここで命を賭けるしかないじゃない。」
再び葵が力強くそう言う。
力強い葵の言葉に、有騎の決心も固まる。
「葵・・・わかった。」
有騎は一馬にカルティニの後をついて行くように言う。
「本当にいいんだな?」
一馬が有騎に確認する。
「ああ、このチャンスを逃したら、どのみちアンティルはジリ貧だ。
アジトからも逃げないといけなくなった状況だからな。
サリファ様に賭けるしかないだろう。」
有騎はそう言うと、葵の方を見る。
「いいか、絶対に俺達から離れるなよ。」
有騎がそう言うと、葵は笑顔でウンと頷く。
「私だって、何もできないわけじゃないんだよ。」
葵はそう言うと、隠れていた箱の中から武器を取り出す。
箱の中には、軽量の小型小銃と手りゅう弾がいくつかあった。
「響さんに使い方を教えてもらってたんだ。
あまりうまくなったとは言えないけどね。」
その時、背後からすごい速度で車が迫ってくる。
「あれは州兵の車だ。」
「山の中から追いかけてきたのか?」
有騎はそう言うと、敵の発砲に備えて葵に頭を下げるように言う。
だが、葵は窓を開けると、持っていた手りゅう弾の一つを車の後方に投げた。
「嘘だろ!?」
これには、有騎も驚く。
だが、葵が投げたのは手りゅう弾ではなかった。
「後ろ見ないで。」
葵が全員にそう言う。
そのすぐ後だった。
後方に凄まじい閃光が広がる。
葵が持っていた武器は、手りゅう弾ではなく閃光弾だった。
突然の前方の閃光に、視界をやられた車が側道に乗り上げていた。
「ヘッヘーン、こんなもんよ。」
その光景を見て、葵は得意げな表情を浮かべる。
だが、前方から聞こえてくる爆音に、すぐに全員の視線は前方へと移る。
それからしばらくして、ようやく呉港に到着した有騎達が見たものは、燃え上がる空母イスファールだった。
「この惨状じゃあ、もう全員避難したんじゃないのか?」
有騎がカルティニに尋ねる。
だが、
「いや、お嬢様はまだあの中におられる。」
カルティニはそう言うと、ハイウェイスターを降りて、空母の乗船口へと走っていく。
「嘘だろ!?」
有騎達も車を止めると、慌ててカルティニの後を追いかける。
しかし、一馬だけはハイウェイスターの方へと向かう。
「おい、一馬、早くしろ。」
ハイウェイスターを起こしている一馬に有騎が声をかける。
幸い、空母の近くだと言うのに、周囲に兵士達の姿は見当たらなかった。
今のうちに空母に乗り込めば、ひとまず攻撃を受ける心配はなくなる。
だが、一馬はハイウェイスターを起こすと、ハイウェイスターに乗る。
「悪い、有騎、奈央。俺はコイツと一緒に行く。」
一馬がそう言うと、有騎達は驚く。
「いくらなんでもそれは無謀だぞ。」
「わかってるけど、コイツを置いていけない。
俺はコイツに乗って、四国に渡る。
心配するな。絶対にたどり着いて見せる。」
一馬がそう言うと、倒れていたハイウェイスターを起こす。
とその時、向こうから一台の車が近づいてくる。
「敵か?」
全員慌てて警戒態勢を取るが、車の窓からこちらに向かって手を振るのが見える。
「見慣れた車が走ってるのを見て、後を追いかけてきたんだが、やっぱり、お前達だったか。」
そう言って近づいてきたのは、なんと捕えられていたはずの明智秀秋だった。
「秀秋、無事だったのか?」
「ああ、俺は空母の外の施設に閉じ込められていたんだ。
この混乱に乗じて脱出してきた。」
「よく脱出できたね。」
葵がそう言うと、それを見て秀秋は驚く。
「うおっ、何でこんなところに葵ちゃんがいるんだ?」
秀秋が驚くのも無理はないと、有騎と奈央は思った。
「そんなことより、サリファ様と零おじさんは?」
奈央が秀秋に尋ねる。
「あの二人は空母の中だよ。
さっきまでアルシアのSALID部隊に包囲されていたから、まだ空母から脱出できていないはずだ。」
「やっぱり、この戦闘はアルシアが送り込んだ兵士によるものなのか?」
「そう、で、さっき敵のSALIDがイスファールに突入していった。
だから、まだ無事かどうかはわからない。
アルシアの目的は、サリファとレイヴァンの2人の抹殺らしいからな。」
それを聞いて、有騎は空母の方を見る。
カルティニは既に空母の中に突入した後だった。
「俺達も追いかけよう。」
有騎はそう言うと、後を追いかけようとするが、秀秋が止める。
「まあ待て。
今、敵兵のほとんどがイスファールに乗り込んでいる。
しかもそのほとんどがSALIDだ。
そんじょそこいらのへっぽこ州兵とはわけが違うぞ。
今のうちに、ここから逃げるべきだ。」
だが、有騎は首を振る。
「いや、だったら尚更カルティニを援護しないといけない。
それにイスファールにはレイヴァンのSALIDもいるんだろう。
敵同士が潰しあってる隙にサリファ様を救って見せる。」
有騎の表情を見て、有騎の決意は固いと秀秋は確信すると、ため息を一つつく。
「そうか・・・俺は戦闘はからっきしダメだから、このまま車で脱出させてもらうけど、絶対に死ぬなよ。」
秀秋がそう言うと、有騎は力強く頷く。
「仲間が愛媛のアジトに移動しようとしているから、そっちに合流しろ。」
「そうか、確かにもうあそこにはいられないな。
で、愛媛のアジトに向かってるのか。
一馬は知ってるのか?」
秀秋が一馬に尋ねる。
「ああ、とりあえずの行き先は知っている。」
「じゃあ、俺は一馬について行くよ。」
とそこに、州兵がやってくる。
どうやら、自分達を追いかけてきた州兵のようである。
「まだ追いかけてきた。しつこい連中だな。」
あまりのしつこさに、有騎はため息をつく。
「アイツらは俺に任せておけ。」
一馬はそう言うと、ハイウェイスターで敵に突進していく。
「秀秋、一馬を助けてやってくれ。」
有騎がそう言うと、秀秋はやれやれといった表情で車に乗る。
「俺達が囮になっている間に、さっさとイスファールに乗船しろ。」
「わかった。」
秀秋が、ハイウェイスターと一緒に敵兵士に突進していく隙に、有騎達はイスファールに乗船する。
船に乗ると、早速SALIDの兵士達がカルティニによって倒されていた。
「遅いぞ、お前達。」
カルティニはかなり焦っていた。
どうやら、サリファを探すのに気を取られて、潜んでいたSALIDの攻撃を受けたらしい。
カルティニにしては珍しく、敵の銃撃を受けて負傷していた。
「カルティニさん、大丈夫?」
奈央が負傷しているカルティニに近寄る。
「これしきの傷、大丈夫だ。そんなことより、早くお嬢様を探さないと。」
カルティニは簡単な止血をすると、すぐに艦内へと突進していく。
「オ、オイ、待てよ。」
有騎達も慌てて後を追いかける。
「今のカルティニは、冷静さを失っている。」
有騎がそう言うと
「私達が援護するしかない。」
奈央がそう返す。
カルティニの後を追いかける有騎達。
カルティニを見つけたSALID兵士が、カルティニに向かって突進していく。
しかし、カルティニは敵兵士に目もくれない。
「おいおい、マジかよ。」
敵のSALIDはこちらに向かって、銃口を構えていた。
しかし、カルティニは全く気にしていない。
あくまで敵の中央を強引に突破するつもりだ。
「私の閃光弾を―――」
葵が閃光弾を投げようとするのを、有騎が止める。
「ダメだ。今投げると、カルティニまで影響を―――」
とそこで、有騎は大阪での出来事を思い出す。
(カルティニは俺達が投げた催涙弾の中でも平気で突進してきた。もしかしたら・・・)
「葵、投げろ。」
「え、いいの?」
「いいから早く。」
有騎は葵から閃光弾を取り上げると、思い切り前に投げる。
葵の投げた閃光弾は、カルティニの頭上を飛び越えると、ちょうど敵とカルティニの中間に落ちる。
「伏せろ!」
有騎は奈央と葵を抱きかかえると、地面に伏せる。
次の瞬間、辺り一面が凄まじい閃光でおおわれる。
そして、辺りに銃声が響き渡る。
だが、小さな悲鳴がいくつか聞こえると、やがてすぐに静かになった。
静まり返ったので、有騎はそっと頭を上げると、前方を見る。
そこにはカルティニが立っていた。
そして、前方にいた兵士は、全て倒されていた。
先程の閃光弾は、敵兵にとっては不意打ちであっても、カルティニにとっては逆に敵の隙を突くための絶好の機会になった。
さすがはSALIDでも最強クラスの戦士である。
だが、カルティニはその場に立ち止まったままだった。
敵を倒したにも関わらず、カルティニは一歩もその場を動こうとしない。
前方にある扉のある方をじっと見つめたままだった。
「さすがはカルティニ。見事な戦いぶりだ。」
突然、前方の扉が開くと、そこにはサリファとレイヴァン、そしてジルクの3人が立っていた。
「カルティニ。」
サリファがカルティニに声をかける。
「お嬢様、無事でしたか。」
カルティニはサリファの無事を確認して、少しだけホッとする。
しかし、サリファの近くにはまだジルクがいる。
カルティニはジルクをどう倒そうか考えていた。
しかし、その必要はなかった。
サリファはカルティニの元に駆け寄ってくると、カルティニの傷を見る。
「バカ、どうしてこんな無茶なことをするのよ。」
サリファの声が聞こえてきて、有騎達もサリファの元に駆け寄る。
「サリファ様、無事だったか?」
有騎が近寄って声をかける。
「有騎、奈央、あなた達まで・・・どうしてこんな危険なところに来たの?」
「そりゃあ、あなたと俺達の仲間を助けるために決まってるでしょ。」
有騎はそう言うと、レイヴァンとジルクの方を見る。
「この空母に、お前達がさらった園山零という男が乗っているはずだ。
出してもらおうか。」
有騎はそう言うと、2人に向けて銃を構える。だが、
「園山氏は、ここにはいません。」
サリファがそう言うと、有騎は驚く。
「えっ、それはどういう・・・」
「話は後、それより今はここから逃げないと。」
サリファはそう言うと、レイヴァンの方を見る。
「緊急脱出用の小型潜水艇がある。
君達をそれで脱出させてあげよう。
ついてこい。」
レイヴァンはそう言うと、後についてくるよう促す。
「お嬢様、本当に信用して大丈夫なのですか?」
カルティニがサリファに尋ねる。
「大丈夫。命を狙われているという点では、私もレイヴァンも同じだから。」
サリファはそう言うと、有騎達にもついてくるように言う。
レイヴァンに案内されて、着いた場所は艦底の小型潜水艇発進口だった。
幸い、ここはまだ敵の手に落ちていなかった。
「これに乗っていくといい。操縦法はカルティニなら知ってるだろう?」
ジルクがそう言うと、カルティニは小さく頷く。
「どうして俺達を逃がそうとする?」
有騎がレイヴァンに尋ねる。
「姉上のしようとしていることは、我々にとっても非常に助かるからだ。
本当は私も一緒に行きたいところだが、私はこの空母イスファールを敵から奪還しないといけない。
だから、不本意ではあるが、一時的にお前達に姉上を預ける。」
レイヴァンはそう言うとカルティニの方を見る。
「カルティニ、姉上のことを頼んだぞ。」
「お任せください。この私の命に替えてもお嬢様をお守りします。」
カルティニはそう言うと、レイヴァンに頭を下げる。
「カルティニ、お前が必要としそうな武器は潜水艇の中に置いてある。
もっとも、重量制限があるから、あまり大きなものはないがな。」
ジルクがそう言うと、カルティニは小さく頭を下げる。
脱出用の小型潜水艇と言っても、中は結構広かった。
一隻で20人乗れるものなので、有騎達5人にとっては十分に広いスペースだった。
「発進時は結構揺れるから、全員席についてくれ。」
カルティニに言われて、全員席に着く。
奈央も有騎と同じ一般席に座ろうとした時だった。
「奈央、お前はここに座れ。」
カルティニが奈央に自分の隣の助手席に座るように言った。
「う、うん・・・」
言われるがままに、奈央はカルティニの隣の席に座る。
「お前は色んなものを吸収できる能力がある。だから、お前に潜水艇の操縦方法を教えておこうと思ってな。」
「なるほど。」
それを聞いて、奈央は喜んで助手席に座る。
「有騎、なんか怖い顔してるね。」
一般席に座っていた有騎の隣に、サリファが座る。
「いえ、別に普通ですよ。」
有騎はそう言って顔を逸らすが、その仕草を見て、サリファはクスクスと笑った。
「お兄ちゃん、やきもち焼いてるんだよ。」
サリファの隣に座った葵がサリファに小声で話しかける。
「有騎のそういうところ、なんかかわいいよね。」
サリファは隣にいた葵にそう言った後で、あれっと表情を変える。
「ところで、あなたはどちらさまでしょうか?」
サリファが尋ねると、葵はまだ自己紹介していないことを思い出す。
「そっか、自己紹介してなかった。私の名前は神崎葵。そこでふて腐れている人の妹です。」
「ああ、あなたが有騎の妹さんなんだ。
私はサリファ・クルサード。よろしくね。」
サリファはそう言うと、葵の胸に視線を移す。
(確かに、これはすごい大きいね。)
でも、以前有騎が話していたことを思い出して、それを口にすることはなかった。




