8.突撃
空母イスファールの艦橋にあるスクリーンに、こちらに向かってくる一台のバイクの映像が映し出されていた。
「必死だな・・・カルティニ。」
その映像に映し出されているカルティニの必死の形相に、ジルクはこみあげてくる笑いを抑えることができなくなっていた。
「アーッハッハッハハハ、SALIDでも最強クラスと言われたカルティニが、守るべきお姫様をさらわれて、何てザマだ。」
とその時、カルティニのバイクを追いかけるように、後方から一台のワゴンが急速接近していることに気づく。
「何だあの車は?カルティニを追いかけてきたのか?」
「どうやらそのようです。」
「てことは、あれはアンティルの連中か。
何しに来たのかしらんが、カルティニもろとも防衛網で始末しろ。」
「了解。」
レイヴァンは中国州の州兵を使って、広島県の中部一帯に防衛網を敷いていた。
サリファを追ってくるカルティニを抑えるために配置した部隊だったが、カルティニを倒した後はそのまま北上してアンティルの部隊を一気に滅ぼす予定になっていた。
「それにしても、アンティルまで一緒に来てくれるとは、北上の手間が省けましたね。」
艦橋にいた兵士がジルクにそう言うが、ジルクは首を横に振る。
「いや、奴らのアジトに行ったが、奴らの組織は予想以上に大きい。
一台のワゴンに収まるような人数じゃなかった。
恐らく、アンティルの大半は、別のルートで移動しようとしているはずだ。」
「では、奴らはおとりですか?」
「まあ、そんなところだろう。というわけで、奴らに逃げられないようにさっさと始末しろよ。」
「ハッ。」
兵士は慌てた表情で、防衛網の部隊に連絡を入れる。
「こちら空母イスファール、あと10分ほどで、そちらにカルティニとアンティルのワゴンが到着する。
視界に入り次第、撃滅しろ。」
「こちら第1防衛部隊。了解。」
空母イスファールからの連絡を受けた防衛部隊は、一斉に武器を構えて配置につく。
カルティニと遭遇する予定の第1防衛部隊は、20人ほどの部隊で、全て中国州の州兵で構成されていた。
少し離れたところに前線基地を構えて、そこから戦況に応じて様々な指令を出すようになっていた。
相手がカルティニということもあり、防衛部隊には様々な武器がずらりと配備されていた。
「さあ、どうしよう?」
その頃、カルティニを追いかけて飛び出した有騎は、ワゴンの中で深いため息をついていた。
「本当にどうしよう?」
奈央も深いため息をつく。
「まったく、敵陣営を中央突破しようって時に、面倒なことになったものだ。」
運転している一馬も、深くため息をつく。
「まったく、みんなため息ばかりついて、どうしたの?」
「いや、お前のせいだよ。」
有騎が激しく突っ込む。
有騎の席の後ろに座っていたのは、何と有騎の妹の葵だった。
有騎達は、カルティニを追いかけるために、3人でアジトを出たはずだった。
しかし、そのワゴンの中に、いつの間にか葵が隠れて乗っていたのだった。
「出発の時に、葵の姿が見えないから、まだ泣いてるのかと思ったら・・・本当にいつの間にだよ。」
有騎が呆れた表情で葵の方を睨む。
「お兄ちゃん達、敵の基地に向かうのに、荷物の確認もしないとか、不注意にもほどがあるよ。」
「いや、ワゴンの後ろに、何か不自然に大きな箱が積んであったのが、ずっと気にはなってたけど・・・
でも、響さんが、この中には役立つ秘密兵器が入ってるって言ったから・・・」
「てことは、姉貴も一枚かんでたのか。」
運転しながら、一馬が激怒する。
「てへっ、みんなの秘密兵器、葵ちゃんだよ。」
ガツン!!!
次の瞬間、葵の頭に有騎の拳が落ちる。
「ちょっとお兄ちゃん、レディに対してなんてことするんだよ。」
葵が頭を抑えながら、有騎に向かって怒鳴る。
「いや、レディは箱の中に隠れたりしないから・・・」
「でも、もう今からじゃ引き返せないよね?」
葵が勝ち誇った表情でそう言うと、有騎の表情はみるみる怒りの表情へと変わっていく。
「お前、俺達がピクニックに行くとでも思ってるのか?
俺達の向かうところがどれだけ危険か―――」
「そんなこと、わかってるよ。」
葵の声が有騎の声を遮る。
「お兄ちゃんがいなくなったら、私は一人ぼっちになっちゃうんだよ。」
「一人ぼっちじゃないだろ。アンティルには仲間がたくさん―――」
「でも、血のつながってる家族は、お兄ちゃんだけなんだよ。」
葵がそう言うと、有騎はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「葵ちゃん、でも今から行くところは本当に危険なんだよ。」
代わりに奈央が葵を説得しようとする。
「だから、そんなことはわかってるよ奈央ちゃん。
でも、私、思ったんだよ。
もし、ここで一緒に行かないでお兄ちゃんと永遠の別れなんてことになったら、きっと一生後悔するって。
お兄ちゃんや奈央ちゃんと一緒なら、死んでもいいかなって。」
「簡単に死ぬとか言うな。」
有騎が葵にきつく言う。
「奈央、葵に合いそうな防弾チョッキを探してやってくれ。
どうせコイツ、何も装備してないだろうから。」
有騎がそう言うと、奈央はやれやれといった表情で、ワゴン車の後ろの荷物置き場を探し始める。
「ありがとう、お兄ちゃん。」
葵は笑顔で有騎に抱きつく。
「おい、今は運転中だぞ。車の中で暴れるな。」
だが、一馬が大声でそう言うと、葵はおとなしく席に座る。
「いいか、絶対に俺達から離れるんじゃないぞ。」
有騎が葵の頭を撫でながらそう言うと、葵は笑顔で小さく頷いた。
やがて、ワゴンはカルティニのハイウェイスターを視界にとらえる。
とその時、車に通信が入る。
このワゴンにある通信装置は、ディルスター製ではなく、しかも特殊な暗号回路を使っている。
その通信装置に通信が入ってきたということは、考えられる通信相手は2人。
アジトから移動している響達か、前方を走っているカルティニのいずれかである。
でも、このタイミングだと、恐らく―――
「貴様ら、何しに来た!?」
やはり、通信の相手はカルティニだった。
「貴様、俺のハイウェイスターを返―――」
「何しに来たって、仲間を助けに来たに決まってるだろ。」
一馬の返事を遮るように有騎が答える。
「貴様らがいても足手まといになるだけだ。さっさと帰れ。」
「だから、俺のハイウェイスターを―――」
「でも、私達だって、サリファ様を助けたい。」
一馬の言葉を遮るように奈央が答える。
「ここで動かなければ、絶対に俺達は後悔する。
俺達はそう思ったから、ここまで来たんだ。」
続けて有騎が答える。
それを聞いて、しばらく沈黙が続く。
「カルティニ?」
奈央がカルティニに呼びかけると
「敵の武器がこちらに照準を合わせている。
ここからは命がけだぞ。しっかりついてこい。」
カルティニがそう言うと、有騎と奈央は笑顔でうんと頷く。
カルティニは道路から飛び出すと、何と森の中へと走り出す。
「アイツ、俺達のことをしっかり考えてくれてるみたいだな。」
一馬も慌ててハンドルを切ると、森の中へと入っていく。
森の中と言っても、道が舗装されていないだけで、ワゴンが通れるくらいの隙間はあった。
「敵の武器が配備されているって言ってたな。前方にバリアを張っておいた方がいいかも。」
有騎が奈央にそう言うが、奈央は静かに首を横に振る。
「この車、ただのワゴン車だから、バリアとかないんだよね。」
「あっ、そうだった。」
有騎はそう言うと、どうしたものかと首を傾げる。
「でも、こういうおもちゃはあるんだけどね。」
奈央がワゴン車の後方に置いてあるものを有騎に見せる。
「まあ、それを使うしかないな。
じゃあ、奈央頼む。」
「任せときなさい。」
奈央はそう言うと、端末を取り出す。
「カルティニ、敵との距離はどれくらい?」
そして、カルティニに通信を入れる。
「あと10キロといったところだ。」
「OK」
奈央はそれだけ確認すると、箱に入っているものを取り出す。
箱の中に入っていたのは、大量のラジコンヘリだった。
「じゃあ、行くよ。」
奈央は端末でラジコンヘリを動かすと、車の窓を開ける。
「まさか、走ってる車の中から・・・」
響が驚いた表情を見せる。
「そうするしかないでしょ。」
奈央はそう言うと、端末を慎重に操作して、一機目のラジコンヘリを車から出す。
ラジコンヘリはかなり小型ではあるが、それでも車の窓から飛び立たせるにはかなりの技術を必要とする。
しかし、奈央はその後も続けてラジコンヘリを飛び立たせる。
「大したものだな。」
それを見て、有騎は奈央の技術力の高さに改めて感心する。
「感心してる場合じゃないわよ。」
車の外に出たラジコンヘリは、自動操縦で障害物をかわしながら、車よりもはるか前方に飛び出して行く。
どうやら、障害物や味方と衝突しないようなプログラミングが施されているらしい。
途中でカルティニのハイウェイスターも追い越していく。
「あんなものまで持っていたのか。驚いた。」
カルティニが通信を入れてくる。
「あのラジコンヘリで敵をかく乱してみる。」
「いい考えだ。じゃあ、俺はかく乱された敵の部隊を一気に叩いて見せる。」
「わかった。でも気をつけて。あのラジコンヘリから多分、いろんなものが降ってくると思うから。」
奈央がそう言うと、カルティニは苦笑する。
「了解した。」
そしてそう返事をすると、一気に速度を上げる。
「ああ、俺のハイウェイスターが遠ざかっていく。」
負けじと一馬も速度を上げようとするが、
「こっちは速度を落として。あとはカルティニに任せよう。」
奈央がそう言うと、一馬は渋々速度を落とした。
前線部隊は、カルティニ達が道を外れたことを知ると、カルティニの向かった方向に部隊を集結させつつあった。
だが、そこに突然レーダーに無数の飛行物体が発生すると、敵部隊も騒然となる。
「なんだ、上空からなにか来るぞ。」
「すごいスピードだ。それにすごい数だ。」
「攻撃準備。」
前線部隊は一斉に配置に着くと、武器を構える。
次の瞬間、すごい数のラジコンヘリが森から姿を現す。
「なんだ、ただのおもちゃか。」
最初はそう思っていた兵士達だが、ラジコンヘリから何かが降ってくると、次々と地面で爆発する。
爆発のいくつかは、周囲の木に燃え広がっていく。
「撃て!!!撃滅しろ。」
号令と共に、ラジコンヘリに向かって一斉射撃が始まる。
ラジコンヘリは全部で30機あったが、3つに分かれており、一つは中央から、あとの二つは左右から敵の部隊を挟み込むように襲いかかった。
「こちら第2部隊。被害甚大。」
「落下してくるラジコンヘリに気をつけろ。」
敵部隊はラジコンヘリの攻撃に苦戦していた。
ただでさえ、上空からの攻撃は地上部隊にとって不利だ。
ラジコンヘリは上空から次々と爆弾を降らせてくるので、非常に厄介だったが、厄介なのはそれだけではなかった。
ラジコンヘリは損傷を受けると、中に詰め込んでいたものが一斉に爆散させる仕組みになっていた。
「撃ち落としたヘリから、何か降ってくるぞ。」
それは尖った金属片とかだった。
上空から降ってきた大量の金属片に当たって、負傷者が続出していた。
「何をやってる。バリアで防げ。」
隊長がそれを聞いて、慌てて指示を出す。
大災害があったとはいえ、日本は他の国に比べると戦争もなく平和な国だった。
そのため、州兵達は本格的な戦闘訓練を積んでいない者が多かった。
かつて存在した自衛隊なら、こんな無様な戦いをしないだろう。
しかし、ディルスターによって自衛隊が解体されて民営化され、ディルスターによる州兵の安全保障が、このような無様な結果を招いた。
「日本?あそこは軍事費持ってても戦争がないんだから、もっと予算を削減しろ。」
ディルスターの安全保障政策は、ろくに戦闘訓練すら積まない無能な兵士達ばかりを生み出す結果となった。
彼らは街の治安を守ることはできても、戦闘には全く不慣れだった。
前線がパニック状態になっているのを見て、隊長はため息をつく。
「なんて使えない連中なんだ。」
だが、その彼らにしても、ほんの少し訓練を積んだ程度だった。
だから、ラジコンヘリの攪乱に紛れて、カルティニの接近に気づくのに時間がかかった。
「あ、あれはカルティニ―――」
隊員の一人がカルティニに気づいた時には、カルティニはもう目の前まで来ていた。
カルティニは敵の通信内容から、敵の前線基地の位置を特定して、この騒動に乗じて近づいていたのだ。
前線のパニックでカルティニの位置を見逃した彼らも、大したことのない軍人達だった。
カルティニはハイウェイスターで敵前線基地に突進する。
あとは、もう時間の問題だった。
「やれやれ、日本の州兵がここまで弱いとは思わなかった。」
前線基地を制圧したカルティニは、あまりの弱さに呆れた表情を浮かべる。
前線にいた兵士達は、ラジコンヘリによる攪乱攻撃に加えて、前線基地の沈黙で一層混乱状態に陥る。
こうなったら、もうこっちのものである。
有騎達の車は、元の道路に出ると、同じく森から飛び出してきたカルティニのバイクの後を追いかける。
「すごいね、奈央ちゃん。」
葵は奈央がラジコンヘリを操作するのを見て感心していた。
「ははは・・・まあ私にかかればこんなもんよ。」
奈央が自信満々に答える。
「あんなえげつないものを乗せていたのか?」
有騎が呆れた目で奈央の方を見る。
「そりゃあ、敵の空母に乗り込むんだから、何の準備もなしってわけにはいかないでしょ。
まあ、あれは本当は大阪から敵を撒くことができなかった場合に用意したものなんだけどね。」
奈央はそう言うと、ニコッと笑顔を浮かべる。
その笑顔を見て、有騎の背中にうすら寒いものが走る。
「油断するな。敵が完全にいなくなったわけじゃないぞ。」
カルティニからの通信で、全員に緊張が走る。
確かに、さっきの戦闘で敵が全滅したわけではない。
すぐに体勢を立て直して追いかけてくるはずだ。
それに、前方に別働隊が待ち構えている可能性もある。
さっきの部隊はそれほど大きな部隊ではなかった。
むしろ、さっきの部隊はあくまでも前衛部隊と考えた方がいいかもしれない。
しかも、切り札のラジコンヘリはさっき使ってしまった。
全員の表情が再び険しくなる。
だが、その時だった。
ドーン! ドーン!
前方から何やら轟音が聞こえてくる。
「何だ?何の音だ?」
有騎が窓の外を見るが、見えるのは閑散とした田舎の風景だけだった。
「かなり離れたところからの音だよ。多分。」
外の音を聞いていた奈央が有騎に話す。
とその時、カルティニから無線が入る。
「さっき敵の無線を傍受した。
どうやら空母イスファールが、何者かの攻撃を受けているらしい。」
カルティニがそう言うと、全員が驚いた表情になる。




