1.アンティル
ドクン・・・ドクン・・・
さっきから、自分の鼓動の音が激しくなっているのが、自分でもわかる。
間違いなく俺は今、最高に緊張している。
まあ、仕方がない。
こんな作戦に参加するのは、これが初めてだし。
俺の名前は神崎有騎。
年齢は18歳。
昔は20歳から大人だったそうだが、今では18歳が大人の年齢である。
つまり、俺は今年大人になったために、こんなところにいるのだ。
「到着したぞ。」
リーダーの雷同一馬の大声が車内に響き渡る。
どうやら目的地に着いたらしい。
俺達はハロルド号という特殊装甲した車で大阪に向かっていた。
普通なら、こんな車で来たら、目立ってすぐに捕まりそうだが、車の周囲を立体映像で覆って、普通の車に見せているから、下道を通れば大丈夫とのことらしい。
もっとも、さすがに州都の警備網は、そんなものでごまかすことはできない。
そんなわけで、都心から結構離れた郊外でハロルド号を降りて、あとは徒歩で目的地に向かうことになった。
「緊張してるのか、有騎?」
突然、背後から、一馬がゴツイ腕で俺の肩をわしづかみにしてきた。
「イテテテ・・・痛いからやめろ。」
俺は少しムッとなって、一馬の手を振りほどく。
そんな俺の姿を見て、一馬は豪快に笑いだす。
「ガハハハハ・・・まあ、お前が緊張するガラでもないか。」
「失礼な、こう見えても、俺はデリケートなんだぞ。」
「わかったわかった。でも、まあ、お前が来てくれてよかったよ。」
一馬はポンと俺の背中を叩いて、車の外に出ていく。
一馬は、確か今年で27歳だったはずだ。
年齢は少し離れているけど、小さい頃から一緒に育ったからか、俺にとっては兄貴みたいな存在である。
すごい怪力の持ち主で、一馬に肩をつかまれると、かなり痛い。
そんなわけで、結構ケンカもしたりするけど、まあそれなりには仲がいい。
今回の作戦のリーダーを務めていて、今回、俺を初めて抜擢したのも一馬だった。
でも、今回の作戦、できれば俺は参加したくなかった。
「いよいよ、この日が来た。
ディルスターの弾圧に対抗するためにも、この作戦は何がなんでも成功させないといけない。」
車を降りた一馬は、大声で叫び、仲間を鼓舞していた。
全身筋肉の塊のような大きな体と鋭い目つきは、それだけで周りを圧倒させる。
だが、いくら人気のない郊外と言っても、人口が0なわけではない。
都心からそれほど離れていないと言うのに、一馬の声は大きすぎる。
そんなに大きな声で騒いでいるとだな・・・
「そんなに騒いだら、誰かに気づかれるでしょ。一馬は大声で叫びすぎ。」
やっぱり来た。
一馬に向かって大声で怒鳴りつけている彼女の名前は春海奈央。
俺と同じ18歳である。
「ホラ、有騎もボケッとしてないで、一馬を黙らせてよ。」
そして、案の定、すぐに俺の方に振ってくる。
でもさ、一馬よりお前の声の方がよっぽど響いてるんだけどな。
「お前の声の方が、よっぽど大きいって。」
俺が素直な感想を述べると、奈央はカチンと来たのか、すごいスピードで俺の方に突進してくる。
「本当に有騎は、いつもいつも一馬の味方ばかりして。」
ヤバい、どうやらスイッチが入ってしまったようだ。
こうなると、奈央を止めるのは、もう俺や一馬には無理だ。
奈央はまだ俺に向かって何やらわめいている。
そのヒステリー声が耳に響いて、だんだん俺もムカついてくる。
「有騎、奈央、いい加減にしろ。ここはもう敵地なんだぞ。」
だが、いつも冷静沈着な我らが参謀である明智秀秋の一言で、奈央の怒りが収まる。
「ゴメンなさい。つい・・・」
そう言ってシュンとなる奈央の姿は、少しかわいいと言えなくもない。
ただ、あのヒステリックさえなければ・・・
ちなみに、奈央のヒステリックを止めることができるのは秀秋だけである。
俺や一馬が止めようとしても、余計に燃料を注ぐような状態になるだけである。
そんなわけで、秀秋が止めてくれたのはラッキーだった。
「じゃあ、当初の計画通りに進めるぞ。」
一馬の号令と共に、全員慌ただしく動き出す。
「有騎、早く来い。置いていくぞ。」
「わかってるよ。今行く。」
一馬に呼ばれて、慌てて一馬の方に向かおうとした時、背後から誰かに服を引っ張られた。
「えっ!?」
俺の服を引っ張っていたのは奈央だった。
「アンタとの決着はまだついてないんだからね。」
決着?
決着ってなんだ?
もしかして、さっきの言い合いのことか?
だとしたら、実にくだらない。
俺は無視しようと思ったけど、その時目に入った奈央の表情を見て考えを改める。
喧嘩腰の発言とは裏腹に、奈央は不安そうな表情を浮かべていたからだ。
「何だよ決着って?」
「い、色々よ。
昔から色々アンタとは決着がついてないことが多いでしょ。だから・・・」
奈央はそう言うと、俺の方に顔を近づけてくる。
あまりにも勢いよく近づいてくるので、俺は思わず後ずさりする。
が、奈央は俺の顔を、しっかりと両手で掴むと耳元で囁いた。
「だから・・・絶対に死ぬんじゃないぞ。」
奈央はそれだけ言うと、勢いよく俺の頭を離した。
おかげで体勢を崩して危うく倒れそうになったくらいだ。
態勢を立て直した時にはもう奈央の姿はなかった。
いつも通りに振る舞っているつもりでも、本当は奈央も怖くて仕方がないのだろう。
奈央の気持ちもわかる。
俺だって、本当はこんな作戦に参加したくなかった。
俺と奈央は、アンティルと呼ばれるディルスターの抵抗組織に育てられた。
アンティルは、俺の両親と奈央の両親が結成した組織で、ディルスターに対する抵抗活動を行うための組織だった。
しかし、俺の両親と奈央の両親は、俺達が小さい時に、ディルスターに殺された。
それ以来、俺と奈央は、両親の親友であり、同じアンティルのメンバーだった園山零という人に育てられた。
アンティルには、俺達と同じように親を殺された子供が多い。
みんな、ディルスターに親を殺された。
何が優良企業だ?
何が世界の平和に貢献だ?
笑わせてくれる。
俺も奈央も、ディルスターへの憎悪だけで、このアンティルで活動してきた。
俺達は、ディルスターのDICTを体につけていない。
だから、ディルスターの支配下に置かれることはない。
しかし、それは、ディルスターの支配する世界の外側にいる人間ということになる。
今の社会は、ディルスターのDICTがないと何もできない社会になっていた。
買い物するのも、DICTで決済するのが普通になり、現金取引する店はほとんどなくなってしまった。
だから、日本の通貨を見たことがないという人も少なからずいるらしい。
最近は、世界統一通貨などという話も出ているようだが、これもディルスターの思惑通りに進むのだろう。
アンティルは、現金取引や物々交換が可能な数少ない店で物資を補給していた。
そして、ディルスターの主要施設を奇襲攻撃したりして、ディルスターへの抵抗を行っていた。
俺も奈央もまだ18歳になったばかりなので、そういった過激な活動には参加したことはなかった。
しかし、アンティルも大人が次々と死んでしまい、戦える人間が減ってしまった。
俺や奈央が今回の作戦に参加しているのはそのためだった。
しかも、初めての作戦が、いきなりの超A級プロジェクトである。
失敗すれば、間違いなく命はないだろう。
それだけに、奈央の不安が俺にはよくわかる。
たまに、自分達の境遇を恨めしく思う時がある。
俺と奈央は18歳。
本当であれば、まだ高校生の年齢だ。
もし、普通の家庭に生まれていたら、奈央と一緒に普通に高校生活を送ってたんだろうなあ。
学校で勉強して、友達をたくさん作って、もしかしたら恋とかもしてたかも・・・
虚しい・・・そんなありもしなかったことを想像するだけ虚しいだけだ。
そんなことよりも、今回の計画に集中しないと。
とはいえ、やっぱりあまり乗り気になる作戦ではない。
というのも、今回の計画というのが、日本にやって来たディルスターCEOの娘であるサリファを誘拐すると言うものだからだ。
最初に聞いた時は、耳を疑った。
いくらディルスターに抵抗するためとはいえ、アンティルは誘拐までするのか?
俺は、作戦を聞いた時、零おじさんに抗議した。
「これは、トップの決めたことだ。反論は許さん。」
珍しく、今回の作戦のリーダーである一馬が強い口調で、俺の反論を抑え込もうとする。
「トップって、零おじさんがそんなことを言うわけが・・・」
「いや、これは私の決断だ。」
零おじさんは無表情で俺にそう告げた。
それは、俺や奈央をここまで育ててくれた親代わりみたいな人が、初めて俺に見せる表情だった。
おそらく、これがアンティルのリーダーとしての園山零の表情なのだろう。
その威圧感に、俺は何も言えなくなってしまった。
「誘拐なんて、私はしたくない。」
しかし、奈央は強かった。
俺と違い、奈央は何度も零に食い下がった。
しかし、零の一言に、結局奈央も引き下がるしかなかった。
「アンティルは消耗している。このままだと自滅するだけだ。
この大きなチャンスを逃すわけにはいかない。」
アンティルの衰退ぶりは、奈央にもわかっていた。
大人が次々と死んでいき、子供と老人だけになってしまえば、アンティルは事実上終わりである。
外国の抵抗組織も次々と壊滅しているという話を聞いたことがある。
確かに、零の言う通りなのかもしれない。
このままディルスターと戦い続けたところで、規模で圧倒的に勝るディルスターに勝てるわけがない。
ここは、一発逆転のチャンスに賭けるべきなのかもしれない。
「着いたぞ。」
秀秋の声で、我に返る。
気がつくと、大阪市のど真ん中に立つ巨大な高層ビルの前まで来ていた。
「まだ気が進まないとか言ってるんじゃないだろうな?」
俺の様子に気づいたのか、秀秋がため息交じりに声をかけてくる。
やれやれ、そんなに顔に表れていたのだろうか?
「ここまで来たからには、任務を果たして見せるさ。」
俺がそう答えると、秀秋はフッと笑みを浮かべる。
明智秀秋は24歳で、俺よりも年上だが、一馬と違い、普段は物静かで、そのため普段あまり話したことがなかった。
いや、小さい頃はよく遊んでもらったりしてたんだけど、いつ頃からか無口な奴に変わったって感じかな?
秀秋はデータ分析や戦略を立てる、アンティルの頭脳的存在だ。
そのためか、小さな端末を体中に身につけていて、絶えず情報をチェックしていた。
「ここが、ディルスター社員専用のホテル、ディルスターパレスだ。
ここの屋上階にある特別ルームに、アルシアとサリファが泊まるらしい。」
一馬に続いて秀秋が話す。
「報道されている日程によると、明日アルシアが大阪で開かれる日本戦略会議にサリファも出席するらしい。
そして、その後は、サリファは一足先に、種子島に向かうらしい。」
「種子島? なんでそんなところに?」
「一週間後に、種子島宇宙センターに完成したマスドライバーシステム『アマテラス』の完成式典があって、その準備らしい。
まあ、サリファは宇宙開発事業部のトップだそうだから、色々とやることがあるのだろう。
日本戦略会議に出るのも、アマテラスの報告を兼ねてのことと聞く。」
秀秋は冷静に淡々とした口調で説明を行う。
「てことは、サリファを誘拐できるチャンスは、今日と明日だけということか。」
一馬がそう言うと、秀秋は首を横に振る。
「いや、実質、今日がラストチャンスだ。
今はサリファは大阪市内を観光しているけど、首都に張り巡らされている監視システムが厳しすぎて、街中でサリファを誘拐するのはまず無理だ。
かといって、ホテルに入ってしまうとSALIDと呼ばれるディルスターの精鋭部隊が警護につくため、そうなってしまっては、もう手の出しようがなくなる。
だが、サリファの車が入る巨大駐車場は、ディルスターの建物の中ということもあって、比較的警護が薄い上に、多くのディルスター社員がお出迎えするから隙もある。
誘拐するなら、そこでするしかない。」
秀秋の作戦は、実に簡単なものだった。
警護が薄いホテルの駐車場で誘拐を決行しようというものだった。
警護が薄いとはいえ、車にはサリファ専用のガードがついているらしいので、全く抵抗なしにというわけにはいかないが、それでも監視システムや大勢の警護を相手にするよりはマシとのことだった。
ましてや、SALIDなんて、俺達が勝てる相手じゃない。
ちなみに、SALIDとはディルスターの特殊部隊で、世界各地で反ディルスターを殲滅してきたという強者中の強者ばかりいるらしい。
ちなみにSALIDは、ディルスターのアナグラムらしい。
しかし、秀秋はどこからこれだけの情報を入手したのだろうか?
一馬も同じことを思ったらしく、秀秋に同じ疑問をぶつけていた。
「簡単なことだよ。
ディルスターは一枚岩ではないと言うことさ。
これだけ巨大な企業ともなれば、内部でも色々とあるみたいでね。
今のDICTとゼウスネットワークに不満を持っているのは、ディルスターにもいるってことなんだよ。」
「つまり、ディルスターの反クルサード派とのコネクションがあるってことだな。」
「まあ、そう言うことだ。」
秀秋はそう言うと得意げなかけている眼鏡に手をかける。
秀秋が、あちこちに様々なコネクションを持っていることは知っていた。
だが、まさかディルスター内部にまでコネクションがあるとは思わなかった。
「この日のために、地下駐車場からの潜入口も準備している。」
秀秋はそう言うと、向かいのビルを指さす。
「サリファの車が入る専用駐車場は、地下最下層だが、もちろん普通に真正面から入ることはできない。
セキュリティが薄いと言っても、あくまで比較的であって、そこはディルスターのホテルだからな。
だから、あらかじめ、あのビルの地下に駐車場に通じる地下道を作っておいた。
地下道は、あの地下駐車場から、俺達が潜伏するこのビルの地下まで続いている。
我々は、このビルから潜入道を通って駐車場に侵入し、サリファを捕獲後は潜入道で脱出するという寸法だ。」
秀秋がそう言うと、一馬は「実にすばらしい作戦だ」と絶賛する。
はあ?
どこが素晴らしい作戦なんだ?
一馬は単純な奴だから、秀秋の言うことにはいつも簡単に納得する。
だが、俺はとても納得できなかった。
「誘拐できたとしても、ディルスターの兵士が追いかけてくるだろう。一体どうするつもりだ?」
俺はすぐに秀秋に尋ねた。
「それは心配ない。
途中で爆弾を仕掛けてあるので、俺達が通った後で爆発させて道をふさげばいい。」
「なるほど・・・」
一見、単純な作戦ではあるが、マップをよく見ると様々なトラップが仕掛けられていた。
追手が来ても、ある程度は防げるだろう。
しかし、もう一つ腑に落ちない点があった。
それは、これだけの地下道を、誰にも気づかれることなく、どうやって作ったのかということだ。
これだけの道を地下に作るには、機械も人手もいったはずだ。
しかも、ディルスターの駐車場に通じる地下道の工事なんて普通は許可は下りないだろう。
ディルスターは巨大であるがゆえに、敵が多く、ディルスター施設近くの工事の許可を得るにはかなりの審査を通過する必要がある。
そんな工事を、ましてや、DICTを持たない俺達にできるわけがない。
しかも、俺が作戦のことを知ってから、まだ1か月しか経っていないのに、1か月でできるとも思えない。
これは一体どういうことだろう?
それとも、これもディルスターのコネクションなのだろうか?
俺の疑問を察したのか、秀秋が得意げに答える。
「これが、ディルスターのコネクションの力だよ。」
やっぱりそうか。
でも、これだけの工事の許可を取れるなんて、よっぽどの力を持ったコネクションのようだ。
そんなコネクションを秀秋はどうやって手に入れたのだろうか?
それに、気になる点はもう一つだけある。
「ゼウスネットワークはどう欺く?」
ゼウスネットワークは、ゼウスステーションを中心に地球を多い包むように無数に配置されている監視衛星によるネットワークで、宇宙空間から全人類のDICTを常時監視している。
ゼウスネットワークを使えば、DICTを持つ人がどこにいるかを全て特定することができる。
俺達はDICTを持たないので、ゼウスネットワークに感知されることはないが、サリファは当然ながらDICTをつけている。
サリファの誘拐に成功しても、サリファの位置を特定されてしまってはどうしようもない。
「うーん、そこは多分大丈夫じゃないかな。」
それまで威勢の良かった秀秋の歯切れが途端に悪くなる。
おかげで、こっちの不安は余計に高まってくる。
「サリファは現在は難波の市街を観光しているらしい。というわけで、ここに来るまであのビルで待機だ。」
一馬の大声で、俺達の会話は遮られる。
相変わらず、無駄に大きな声で、周りの人間に気づかれないかと冷や冷やする。
この辺はディルスターの中枢部ということもあって、一般市民は怖がって近寄らないのが幸いであった。
まずは、この作戦を絶対に成功させよう。
そのためにも、さっきの話の続きを、秀秋に確認取らないと。
予定では、2時間ぐらい待機時間があるようなので、その間にこの作戦の不安点を全て潰しておこう。
俺は一馬や秀秋や仲間達と一緒に、待機予定のビルに向かうことにした。




