3.救出戦
「空母イスファールと連絡を取りました。
どうやら向こうはこちらが連絡してくるのを待っていたようで、一方的に場所を指定してきました。」
カルティニはそう言うと、地図上に指定した座標をサリファに見せる。
それを見た瞬間、有騎と奈央は驚く。
「この場所は・・・もしかして中継基地?」
有騎がそう言うと、奈央も「そうだよ」とつぶやく。
「中継基地って、さっき通り過ぎたところ以外にもあるの?」
「全部で16か所、アジトを囲むように配置されている。
てことは、この中継基地にいた仲間は・・・」
有騎の拳が怒りで震えだす。
「素直に投降していれば人質にされているかもしれないが、戦闘を行なっていたら殺されているかもしれん。」
カルティニがそう言うと、有騎の表情が一層険しくなる。
「カルティニ。」
有騎の様子を察したサリファがカルティニに声をかける。
しかし、カルティニは首を横に振る。
「お嬢様、こういう事態に陥った場合、常に最悪の事態を想定して動く必要があります。
ジルクは人を催眠術で操って手駒にするような男です。
最悪、有騎達の仲間が攻撃を仕掛けてくる可能性だってあります。」
「それは、本当に最悪の想定だね。」
「そういったあらゆる最悪の想定に備えて、対処する必要があります。」
カルティニはそう言うと、近くにいた有騎、一馬、奈央、秀秋に尋ねる。
「お前達に聞きたい。
もしそうなっていた場合、人質の命と仲間の命、どちらを優先すればいい?」
カルティニの質問に、4人は言葉を失う。
「私は、お嬢様を渡すつもりはない。
交渉の隙に、人質の奪還を行なうつもりだ。
立ちはだかる敵は全て倒すつもりだ。
だから、お前達が中継基地の仲間を優先すると言うのであれば、この交渉に応じる必要はなくなる。」
サリファはカルティニを止めようとするが、カルティニはなおも話し続ける。
「人質を助けたいのであれば、操られた仲間は見捨てる覚悟がいる。
それでいいか?」
カルティニは再び4人に尋ねる。
だが、4人とも何も返すことができなかった。
「早く答えろ。もうすぐ相手の指定場所に着いてしまうぞ。」
カルティニが再度4人に尋ねる。
だが、そのカルティニの問いに答えたのは4人ではなかった。
「もうやめて。」
サリファが大声でカルティニを止める。
「私が投降すると言ったでしょう。」
だが、カルティニは首を横に振る。
「いえ、それはなりません。
ここでお嬢様が投降してしまったら、計画はどうするつもりですか?」
「人の命には代えられません。」
「ですが、ここで計画を止めてしまったら、大勢の人間が犠牲になります。
世界中の人々の命がかかってるのですよ。」
「だからといって、目の前にいる人達を犠牲にしていいという話にはなりません。」
「二人とも待ったーーーっ」
2人の言い争いに、たまらず奈央が割って入る。
「人質を・・・妹を助けてくれ。」
有騎が下を俯いたまま、カルティニに向かって小さな声で返す。
「有騎・・・」
奈央は驚いた表情で有騎の方を見る。
有騎は拳を強く握りしめ、体を震わせていた。
有騎だって、仲間を切り捨てるなんてことはしたくない。
だが、葵はたった一人の血のつながった家族である。
それを助けたいという有騎の気持ちが、奈央には痛いほどわかった。
「わかった。」
カルティニは有騎の肩をポンと叩くと、サリファの方を見る。
サリファは険しい表情でカルティニを見つめていた。
「ではお嬢様、私は救出作戦の準備をしたいと思います。
くれぐれも無暗に投降などしないようにしてください。」
カルティニはそう言うと、サリファは何かを言い返そうとする。
だが、それを遮るかのように、カルティニが再び話し始める。
「お嬢様の作戦が失敗したら、何十億の人間が死ぬ可能性がある。
例え死ななくても、世界はディルスターの闇に覆われ続けることになるでしょう。
作戦決行を決めた以上、お嬢様も覚悟していただきたい。」
「カルティニ・・・」
カルティニの言葉に、サリファは何も言い返せずに口ごもってしまう。
カルティニはサリファに小さく会釈をすると、司令室の方へと向かう。
その頃、中継基地の中央部では、アンノウン達が人質を拘束していた。
葵達は手錠をかけられており、中継基地で一番広い部屋のパイプに固定されていた。
誘拐犯達は、不法入国した朝鮮人達だった。
そして、その朝鮮人たちと一緒にいるのは、中継基地にいたアンティルのメンバー達だった。
「これは一体何の真似だ?」
葵と一緒に誘拐された響が、中継基地の仲間達に向かって叫ぶ。
響は仲間が裏切ったと思っていたのだ。
だが、いくら響が叫んでも、仲間達は無反応だった。
「ここにはお前達の子供もいるんだぞ。
自分の子供を誘拐するとか何を考えてる?」
だが、仲間の反応は全くない。
時折、ぼーっとした表情で響の方を見るだけだった。
その仲間の様子を見て、ようやく響もこれは何かがおかしいと思うようになる。
「そいつらに話しかけても無駄だぜ。」
誘拐犯の一人がニヤニヤ笑いながら響に声をかける。
「どういうことだ?」
「そいつら、怪しい術で催眠状態になってるらしいからな。
そんじょそこいらの浅い術とは違うらしい。」
ニヤニヤ話すその男は、さっきまで他の仲間と何やら話していた。
他の連中は言葉がわからないので、何を話しているのかさっぱりわからなかったが、話している言葉がハングルであることだけは響にもすぐにわかった。
「これが成功したら、俺達はDICTをもらえ、正式な日本国民として迎え入れられることになっている。
そうなれば、もうこんなところで隠れ住む必要もなくなる。
俺達も生きるのに必死なんでね。悪く思うなよ。」
男はそう言うと、仲間達の方へと再び向かう。
どうやら日本語を話せるのは、さっきの男だけのようだ。
「きゃああ!!!」
その時、葵の小さな悲鳴が聞こえてくる。
驚いて葵の方を振り返ると、葵の周りを数人の男達が取り囲んでいた。
男達の下品な笑い声が、嫌でも最悪の想像をかきたてた。
「このまま引き渡すのも退屈だし、お嬢ちゃん、ちょっと俺達と遊んでよ。
いい乳もってるし。」
さっきの日本語を話せる男が、葵の胸をわしづかみにする。
葵は体をよじって抵抗しようとするが、手錠で拘束されている状態では逃げるにも限度がある。
「やめろお前ら、そんな小さな子に手を出して恥ずかしいと思わないのか?」
響が叫ぶが、葵を取り囲む男達の数がどんどん増えていく。
男達は葵が抵抗するのを楽しんでいるかのようでもあった。
(マズい・・・このままじゃあ・・・)
いつもは冷静沈着な響も、さすがに焦りの表情が浮かぶ。
(クソッ、こうなったら・・・)
そして、響は覚悟を決める。
「オイ、お前ら!?」
響はありったけの大声で男達に向かって叫ぶ。
あまりの大声に驚いた男達が響の方に振り返る。
「私がお前らの相手をしてやるよ。」
響がそういうと、男達は少し驚く。
「へえ、コイツが俺達全員の相手をしてくれるそうだぞ、お前ら。」
日本語がわかる男がそう言うと、他の仲間達がヒューっと歓声をあげる。
「響さん!!」
葵は驚いた表情で響の方を見る。
「葵、最後まであきらめるんじゃない。きっと有騎が助けに来てくれる。」
響がそう言うと、葵は小さく頷く。
「ケッ、仲間が助けに来てくれるってか。全員返り討ちになるだけだ。」
男はニヤニヤした表情で響に顔を近づける。
とその時だった。
基地内に突然煙が入ってくる。
少しツンと刺激臭のある煙が、基地内に充満する。
「何だこの煙は?」
驚いた男達が慌てて武器を手に取ろうとする。
しかし、置いてあったはずの武器がいつの間にかなくなっていた。
「オ、オイ、ここに置いてあったはずの武器は?」
とその時、突然男の仲間達が次々と倒れ始める。
「な、なんだ一体・・・何が!?」
男は慌てて周囲を見渡すが、周囲にはいつの間にか誰もいなかった。
「ぐわっ」
周囲からは仲間の小さな悲鳴だけが聞こえてくる。
「オイ、どうした?」
こちらが声をかけても全く応答がない。
気がつくと、周囲に仲間が一人もいなくなっていた。
恐怖を覚えた男は、近くにいた響の髪の毛をつかむと持っていたナイフを突きつける。
「誰だ?出てこい。さもないとコイツの命はないぞ。」
男は大声で周囲に向かって叫ぶ。
とその時、煙の中から人影が出てくる。
最初は敵と思い、男はナイフを力強く握りしめるが、煙から出てきたのは、催眠状態にあった中継基地の男だった。
「オイ、貴様。こっちに来て俺を守れ。」
男に言われるがまま、中継基地の男は近寄っていく。
「貴様は俺の背後を見張れ。俺はこっちを見張る。」
2人は互いに背を向き合うと、周囲を見張る。
とその時、あちこちで何やら大きな金属音が鳴り響く。
「な、なんだこの音は?」
とその時、煙の中から声が聞こえてくる。
「サリファお嬢様に牙をむいた報いは受けてもらうぞ。」
そして、再び金属音が響き渡る。
「クソッ、何だ?一体何をするつもりだ?」
男が狼狽しながら、周囲を見渡す。
だが、その時
「周囲を見渡す前に、自分の周りを見渡した方がいいんじゃないか?」
煙の向こうから声が聞こえてくる。
「何だと!?」
男がそう言った瞬間、ナイフを持っている手が何者かに捕まれる。
「なっ!?」
男は自分の手を掴んだ人物を見て驚く。
自分の手を掴んでいたのは、手錠で拘束されているはずの響だったからだ。
「き、貴様・・・一体どうやって?」
だが、男の体は一瞬で空中に浮かぶと、そのまま思い切り投げ飛ばされる。
「さすが・・・響さんだ。」
そう言ったのは、催眠術にかかっていたはずの中継基地の仲間だった。
「お前・・・正気に戻ったのか?」
男を投げ飛ばした後で、響は自分の手枷を外してくれた仲間に話しかける。
「この煙のおかげだな。」
とその時、仲間の背後から人影が現れる。
「誰だ!?」
響は一瞬警戒するが、煙の中から現れた人物の姿を見て、ホッとした表情を浮かべる。
「有騎、奈央、お前達が助けてくれたのか?」
響は笑顔で2人の元にかける。
「い、いやあ・・・私達はほとんどなにも・・・」
「そんなことより、葵はどこに?」
「ここだよ、お兄ちゃん。」
葵の手錠はいつの間にか外されていた。
葵は有騎と奈央の元に駆け寄る。
「葵、大丈夫か?どこも怪我はないか?」
有騎は心配した表情で葵に話しかける。
「ウウン、ちょっと胸揉まれたけど、怪我とかはないよ。」
葵はそう言うと笑顔を見せる。
だが、それを聞いて有騎はブチ切れると、倒れている男の襟首を掴んで持ち上げる。
「この下衆野郎、ぶっ殺してやる。」
本当に殺しかねない有騎を、奈央と葵が懸命に止める。
「それにしても、一体どうやってコイツらの催眠術を解いたんだ?」
響はそう言うと、さっきまで催眠状態にあった仲間達の方を指さす。
指さされた仲間達はバツの悪い表情を浮かべる。
「それは、この煙に含まれている・・・えっと何て言う名前だったっけ?」
奈央が有騎に尋ねる。
「確か、クレスペンとか言ったな。」
「そうそう、そのクレスペンとかいう刺激臭を吸わせることで、刺激を与えて催眠状態を解除するらしい。
少しの刺激臭があるだけで体に害はないけど、催眠効果とかにはかなり有効がある薬だそうなんだよ。
あと、音にも過敏になるそうで、金属音みたいな響く音には特に過敏になるんだって。
クレスペンなんて薬剤、聞いたことないけど。」
「どうせ、ディルスターが開発している薬かなんかだろ。」
有騎はそう言うと、カルティニの方を向く。
「どうやら無事に解放できたようだな。」
その時、煙の中からカルティニが姿を現す。
大柄な体と見た者を圧倒する凄まじい気配に、響は再び警戒する。
「誰だ、お前は?」
それを見た奈央が慌てて響に説明する。
「ああ、この人はカルティニさん。
サリファ様のボディーガードで、響さん達を助けてくれた人だよ。」
「そ、そうなのか。それはすまなかった。」
響はそう言うと頭を下げる。
だが、カルティニは響の様子には気にも留めていなかった。
というよりは、むしろ焦りの表情を浮かべていた。
「どうしたんだ、カルティニ?」
カルティニの様子に気づいた有騎が声をかける。
「これは・・・非常にマズい。早くお嬢様を追いかけるぞ。」
カルティニはそう言うと、部屋の外に飛び出していく。
最初は何がなんだかさっぱりわからなかった。
だが、カルティニがあんなに焦ったところを見たのは初めてだった。
カルティニが焦る理由なんて一つしかない。
そう考えた時、有騎達はカルティニが何に焦っているのかを理解した。
「そうか、これはカルティニをおびき寄せるための囮だったのか。」
状況を理解した有騎達も慌ててカルティニの後を追いかける。
「オイ、お前ら、一体何が起こってる?」
響が有騎と奈央に声をかける。
「詳しいことは車の中で話すので、今はすぐにここを離れましょう。」
奈央の切迫した表情から、ただ事ではないと察した響と葵も子供達を連れて車へと向かった。
「人質の救出には、私一人で向かいます。」
少し前、カルティニは一人で救出を試みると話した。
「お嬢様は早くみんなとアジトに向かってください。
そして、一刻も早く園山氏と会うのです。」
「カルティニ・・・でも・・・」
「私のことならばご心配なく。
SALIDが難民ごときに簡単にやられたりはしません。」
カルティニはそう言うと、一人で武器を持ってハロルド号を降りようとする。
しかし、
「ダメだ。俺も一緒に行く。」
「わ、私も行く。」
有騎と奈央がカルティニを呼び止める。
カルティニは初めは一人で行こうと考えたが、しつこく食い下がる2人についに根負けする。
「わかった。じゃあ、お前達にもひと仕事してもらおう。」
カルティニはそう言うと、有騎と奈央に武器を渡す。
「カルティニ、有騎、奈央・・・3人とも気をつけて。」
サリファはそう言うと、3人を見送った。
そして、サリファは一馬達と一緒にハロルド号に乗って、一足先にアジトに向かうことにしたのだった。
というわけで、今サリファとカルティニは別行動で離ればなれになっている状態だった。
つまり、カルティニは、ジルクの仕掛けた誘導にまんまと引っかかったことになる。
(やはり、何がなんでもお嬢様の傍から離れるべきではなかった。)
カルティニの頭の中には、焦りと後悔で一杯だった。
「あの・・・ごめんなさい。私達のためにこんなことになって・・・」
奈央がカルティニに申し訳なさそうに謝る。
「お前達のせいではない。全ては私の判断ミスだ。」
カルティニは中継基地でジルクが待ち構えているものと思っていた。
一般の不法移民ならいざしらず、SALIDが相手では、自分でも勝てるかどうかわからない。
だから、万が一のことを考えて、できるだけ中継基地から離れた場所にサリファを避難させようと考えた。
だが、カルティニは大きな考え違いをしていた。
秀秋からアジトが襲撃を受けたという報告を聞いて、敵はアジトから彼らの仲間を何人かさらって、中継基地に移動したと思っていた。
だから、自分が敵と戦っている間に、アジトに戻って車内の主力メンバーで武装を固めれば、サリファの安全はしばらくは確保できると思っていた。
だが、これがもし誘導だとしたら、自分がアジトにサリファを送ることを見越していたとしたら、アジトは敵の手に落ちている可能性がある。
何せ無線だ。
相手の顔が見えるわけではない。
声だけでは相手を判別するのは難しいだろう。
いや、仮にいつもならできたとしても、今回は難しいだろう。
何せ、アジト襲撃という衝撃的な報告の前に、車内のメンバー全員が動揺していた。
その無線を送ってきた相手が仮にディルスターの兵士だとしても、動揺して気づくことはできなかっただろう。
もしアンティルのアジトがジルクの手によって陥落していたとしたら、状況は全く変わる。
一番危険な場所にサリファを送り込んだことになる。
「このカルティニ一生の不覚。お嬢様、今すぐそちらに向かいます。」
カルティニは中継基地に止めてあった車に全員を乗せると、猛スピードでアンティルのアジトのある出雲へと走り出した。




