Love is the key of life...
ピッピ、ピッピ、ピッピ…ガチャ。
目覚ましを手繰り寄せ、停止スイッチを押す。徐々に覚醒していく意識と共に眼をあけ、カーテンを勢いよく開ける。
今日も快晴。
一日の始まりなんてこんな感じ。
後はシャワーを浴びてコーヒーを飲み、支度を済ませればサラリーマンの出動時間となるわけだ。今日も今日とて闘いますとも、サラリーマンは。
葛城誠、それが親が付けてくれた俺の愛用している名前。そこそこの学校を出て、大手企業に就職。でもまぁ、中間管理職。つまり、容姿も学歴も社会的地位もフツメンな俺である。
但し、重度のゲーム好き。
趣味はゲーム、それもVRMMORPGという限られたジャンルの「闇夜の帳」という名のファンタジーゲームに特化したもの。
「闇夜の帳」というゲーム自体は、主人公が旅をしながら成長し邪神を討伐する、といったありふれたストーリーのゲームである。但し、運営の血反吐と引き換えにかなりの自由度を誇るといった屈指のVRMMORPGとして一世を風靡していた。剣と魔術、スキルの世界は当たり前、主人公固有の魔法、多種にわたる種族、ギルドに生産といったファンタジー定番要素を網羅していた。また進化・転生システムも搭載し種族をランクアップさせることも可能とした、何でもありなんじゃないかというゲームである。
そんなゲームで廃人となっていた俺はトップギルドに所属して自由な生活を楽しんでいた。仲間とクエストをこなし、レベルカンスト、スキルマスター獲得はなんのその。種族進化を繰り返した後の転生クエストを経て種族の祖にたどり着いたりもしていた。大抵の人間はある程度やりこむと飽きてくるものだが俺にとってはこれが生活の一部であった。
会社での人付き合いもそこそこに、ゲームをするために帰宅する。早く帰ってゲームしたい、そんな欲求から仕事を効率的に終わらすことに慣れている。休日は下手なゴルフを楽しむかゲームをするかの二択。
だからだろうか、リアルでの友人は少ないし、今に至っては彼女もいない。さすがに年齢イコール彼女いない歴ではないし、【童の帝】の称号は手にすることは出来なくなっていた。
そんな俺だけど、気になる女の子ができた。あ、人付き合いが苦手な男の片思いなんだけど。でも最近になって充実感に満ち溢れた日々をおくれている気はする。
出社前に寄った公園でタバコとコーヒーを楽しみ、雲ひとつ無い空を見上げて、ふと思う。
今日はいいことあるといいな。
そして公園を後にした。
「おはようございます」
執務室に挨拶しながら入っていく。所々から返答を貰いながら自分の席に着き、パソコンを立ち上げる。いくらVR技術が発達している現在であっても、公的文書関係はやはり紙ベースなのだからパソコン技術は停滞しつつも安定していたりする。まあ、昔のスパコン並みのスペックなのは仕方ない……文書作成にはオーバースペックだとしてもだ。
社員コードを入力してメーラーを立ち上げ、今日一日の業務計画を調整する。いる、いらない、至急、後回し、淡々とメールの中身を分別していく。
そんなサラリーマンとしての基本動作をこなしていると、デスクの隅に淹れたてのコーヒーが置かれた。
「おはようございます、先輩。コーヒー、ブラックで良かったですよね?」
「おはよ。あと、ありがとな。」
「ふふ、どういたしまして。」
微笑みながら立ち去っていく女性、彼女の名を早瀬遥香といい、俺が気になっている女性その者であったりする。
早瀬との出会いは五年前に遡る。入社二年目の俺の下に配属された新入社員、それが俺と早瀬の境遇だった。
容姿端麗という言葉が似合い、近年では珍しく染めていない黒髪。少しばかりおっちょこちょいだが、今思えばご愛嬌といったところか。
そんな子が後輩になった当時は不安で仕方なかった。女性が苦手というわけではなかったけど、何故か距離を置いて接していた。現に早瀬以外の女性とはそこそこ話しも出来るし、嫌悪感も抱かれていない…はず。でも何故か早瀬に対しては慣れていないせいか、気後れしてしまう。早瀬もそれを察していたのか、必要事項以外の接触はほぼ皆無と言えた。
仕事の相談なんて、最初の頃は俺じゃなくて女性社員のところに行ってたしな。その方が彼女にとってやりやすかったんだろう。だから、同僚の女性に早瀬の面倒を頼んだりもした。まぁ、喫茶店でのケーキセットは必要経費となったのだが。
唯一、仕事の相談を受けたこともあった。夜遅くに早瀬が手詰まり感満載な感じで残業してて、とりあえず何とかなると言ってその日は帰した。内容は覚えてないけど、何とかなる範囲だったはず。久々の徹夜もタバコとコーヒーがあれば何とかなるもんだ。
相談を受けた内容は早瀬のステップアップのためにと課長に言って俺の仕事の一部を流した物だった。おかげでまぁ、色々な所で怒られたけど。それでも早瀬にとっていい経験になったんじゃないかと思う。俺が怒られて仕事が、上手く回るうちは大したことないんだから。
そんなギクシャクした関係が改善されたのは、半年経った頃からだったろうか。何故か早瀬の方から歩みよる感じで会話が増え、気付けば普通の先輩後輩の仲になっていた。今思い返しても、何が彼女を変えたのか不思議で仕方ないが、考えても分からないので放棄する。何やら同僚の女性達とも楽しそうに喋ってるし、上手く会社に溶け込めてきたんだと思う。
そして出会いから一年が経って、俺の異動という企業では当たり前の、でも少し寂しく感じる別れが訪れた。人付き合いの下手な俺にも送別会は恒例の如く開催してくれた。上司からはスキルアップして必ず帰って来いとかの激励も貰えたのも懐かしい話だ。
送別会も滞りなく終わり解散となったが、早瀬が二次会しましょうというので着いて行く事にした。行った先に俺と早瀬以外いなかったのは驚いたけど。
早瀬とはそこで終電まで色々話しをした。色々ありましたねとか、お世話になりましたとか、絶対戻ってきてくださいとか。漸くそこで先輩らしく振舞えていたことを自覚でき、安心できたことは秘密だ。
そして俺は異動となった。
そして四年の月日が流れ、元職場に管理職として帰ってきた。
懐かしい職場、でも人は入れ替わっていたり新入社員を迎えていたりで昔のままとは言えない。上司も部長に昇格していたりで、もう頭も上がらない…サラリーマンですから。
そして配属の挨拶。
新しい上司はどんな奴なんだといった視線を浴びつつも、当たり障りのない言葉を紡ぎ部下となる人物を見ていく。そんな中に彼女の姿があった。容姿端麗は変わらずなデキる女像を滲み出している早瀬だ。
早瀬は俺と目が合うなり、微笑みながら小さく手を振ってくる。いやまあ、嬉しいけど、それはどうなん?とりあえず、笑顔を返して挨拶を占めた。
皆が自分の仕事の為に散り散りになって行く中、早瀬が近づいてきて笑顔で話しかけてきた。
「先輩、おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま。早瀬、なんかデキる女って感じに成長したな。でも挨拶中にしかも仮にも上司に向かって手を振るのはどうかと思うぞ?」
「いいじゃないですか、私と先輩の仲なんですから……と、流石にダメですね。」
「まあ、TPOを弁えてれば問題ないさ。さ、仕事しよう!」
「はい!これからまたよろしくお願いします!」
こうして上司と部下という、新しい関係が始まった。
★★★★★
私には片思い中の人がいる。会社の先輩であり上司になった人。葛城先輩、それが私こと早瀬遥香が想いを寄せる人。さっきコーヒーを渡した時の笑顔も感謝の言葉も一日の活力に変わる。
出会いは今の部署に配属した日だったけど、そこで惚れたわけじゃないのは自信をもって言える。初めて会った時の印象は頼り無さ全開のフツメン、さらに趣味はゲームだったのだから。でも今に思えば、葛城先輩らしい、その一言に尽きると思う。
自分で言うのも何だけど、私自身はそこそこ可愛いと思う。それなりにイケメンくんから声をかけられたりもしていた。まあ、チャラ男が多数を占めてたけど……。だから、葛城先輩を見た時に一目惚れとかそういったことは絶対になかった。当時に戻れるなら自分を叱ってやりたい衝動に駆られる。お前はそんなにいい女なのかと。
実際、配属当時の私は葛城先輩を軽んじてた。必要最低限の会話しかしてないし、仕事も女性の先輩に聞きに行っていた。それを繰り返しているうちに必ずと言っていい程に女性の先輩から言われた言葉もあったりする。
「早瀬さんって葛城くんの下じゃなかった?私に聞くより葛城くんに聞いた方が確実よ?」
「葛城くんの下にいるのに勿体無い……」
「葛城くんの下がダメなら、私と代わる?」
などなど、葛城先輩擁護発言や葛城ファン発言である。あの時は何でそんなに好感度高いのか不思議で仕方なかったけど、今なら分かる!むしろ分からいでか!
そうこうしているうちに三ヶ月が経ち、仕事を一件任して貰えることになった。異例の速さらしい。後で聞いて分かったことだけど、葛城先輩の采配だったみたい。
普段おっちょこちょいな私だけど、初の責任ある仕事だったことから気を張って進めていった。その時もあまり葛城先輩を頼りはしなかったのは言うまでもない。
そしてさらに二ヶ月が過ぎた。仕事は順調に進み、私は天狗になっていたんだと思う。そんな私に葛城先輩はお小言をくれた。
「早瀬さん、順調な時ほど慎重にね。あと手伝えることがあったら言って。」
「大丈夫です!私が任せてもらった仕事ですから、先輩はご自分の仕事をしてください!」
……思い返すだけで自分が腹立たしい。
先輩からの忠告を軽く流していた私に、現実は厳しかったのは言うまでもない。
計画実行段階にきてミスが発覚、見返してみると穴だらけな計画書だった。部長に呼び出され、与えられた修正期限は一週間。しかし大幅修正を余儀無くされた仕事は私のキャパシティを軽く超える物となった。
私は助けを求めて、女性の先輩方を見回したが返ってくるのは冷たい視線と言葉だった。
「葛城くんがあれだけ言ってたのに……。まあ、頑張りなさい。」
そう言うと、先輩方は帰宅していった。
どこで何を間違えた?一人プレッシャーに押し潰されそうになりながら机に戻って涙した。
どれくらいそうしていただろうか。気付けば外は暗く室内はパソコンの起動音だけが静かに響き、呆然としていた。そんな中、突然声をかけられた。
「あれ?早瀬さん、まだ帰ってなかったの?」
缶コーヒーを片手に室内に戻ってきた葛城先輩だった。
「葛城先輩、どうして……」
「いや、タバコ吸ってから帰ろうとしたら部屋の電気ついてるから、消し忘れかなと思って」
どうしてこのタイミングなんだと思ったと同時に、このタイミングにいてくれたことを嬉しく思った自分がいた。今までの態度から助けてくれるとは思えないけど、藁をも掴む気持ちで葛城先輩に初めて頼った。
「なるほど、計画書を改めて見ると穴だらけで期限までに大幅修正しなきゃいけないと。」
そう言うと、少し考え始めた葛城先輩。第一印象頼りない先輩、そんな人に相談して解決できるのか不安が募っていったが、葛城先輩の次の一言で何故か安心することができた。
「何とかなるさ、とりあえず今日は遅いからもう帰りな。明日から忙しくなるしね!」
そして私は葛城先輩から帰るように言われ、帰宅することとなった。
翌日、気を取り直して期限まで頑張ろうと意気込んで早朝から出社した私は驚き固まった。葛城先輩が既にいたからだ。彼は私の計画書を添削して修正点を赤書きしてくれていた。
葛城先輩は私を見つけると、一旦帰ってシャワー浴びてくると言い残し、帰宅して行った。まさかの徹夜に私は呆然としつつも赤書きされた計画書を見てさらに驚くことになった。修正点だけでなく改善案まで記入されていたからだ。
そして再出社してきた葛城先輩は私を連れて部長への説明、各部門への説明と謝罪を一日で済ませた。流石に私も怒られはしたが、先輩がほとんど被ってくれた。何故と問うと責任なんて物は上が取るもんだから気にすんな、なんて言葉を返してくれる。
どこが頼りない先輩なんだ、頼りがいあり過ぎじゃない!
修正計画は翌日には仕上がり、何とか初めての仕事は終わることができた。葛城先輩のおかげで……。
それから私は女性の先輩方に謝罪しに行った。葛城先輩の評価を添えて。謝罪はすぐに受け入れられ、さらには肩を叩かれ言われた。
「早瀬さん、あなたも葛城くんのステキさが分かった同志ね!仕事はデキる、優しい、まぁちょっと無愛想だけど、イケメンチャラ男より断然いい!」
聞くところによると、このフロアの女性は葛城先輩の何気ない気配りや助けを受けた人ばかりだった。仕事のデキる葛城先輩、彼の下で頑張ろうと決意した日でもあった。
それからというもの、私は葛城先輩の下で仕事を教わった。効率良く的確な仕事、さらに教え上手で優しい過ぎ……好きになるのに時間かからなかった。
そして一年が経ち、先輩が異動することになった。異動先は本社の統括部、送別会もフロア内の全員が進んで参加、絶対帰って来いとの言葉を送られるという人気、さすがです。
二次会と称して、先輩を連れてオシャレなバーに行ったのは秘密。色々と感謝の気持ちを伝え、終電まで付き合って貰った。あの時、気持ちも伝えれば良かったかな?
先輩が異動してからの私はとにかく頑張った。葛城先輩の最初の後輩として恥ずかしくない仕事をしたかったから。
四年の月日が流れて、私も中堅どころになった。後輩もできサポートも任されている。ここ最近の悩みは後輩サポートの難しさなんだけど……。
そして恒例の異動時期。私は通達を見て喜んだ。葛城先輩が葛城課長になって帰ってくる。先輩と後輩から上司と部下に関係は変わるけど、やっぱり先輩は先輩です。
でも、彼氏と彼女の関係にいつかはなれるかな?