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黒雪猫の王宮物語  作者: ふみ
~リリア十歳~
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第6王子様のリリアとの出会い

あの日のことは今でも良く憶えている。

使者召還のための大規模な魔陣の隣に作られた小さな魔陣、僕はそこに立っていた。

僕の体内に巡る魔力はあまりにも膨大で、繊細なコントロールを要する複雑な魔術に向かないから、三百年程前から備蓄されてきた魔力を使者召還用の魔陣に注ぎ込む役目を受けた。

魔力が足りないようなら僕の内に眠る膨大な魔力も送り出すようにと言われた。

まさか足りなくなるなんて事はあるまいと、僕は悠長に構えていたんだけど、実際に儀式が始まると湯水のように魔力が流れていって、それなのに使者とやらはなかなか現れない。

ついに備蓄していた魔力が底をつきて、仕方なく僕の魔力を流し始めた瞬間、その魔陣から強い閃光が走ると同時に僕の体から魔力を根こそぎ吸い取っていった。

魔力は気力に等しい。ほとんどの魔力を吸い取られて倒れずにいられた自分を褒めてやりたい。

人前で崩れ落ちるなんて無様な真似、僕の矜持が許さないからね。

肩で息をしながらなんとか、その場に踏みとどまって魔陣を睨みつければ、そこに小さな女の子が横たわっていた。


僕は魔力を回復させるために必死の思いで自室に戻った。

どうやらその後3日間も昏睡していたらしい。

魔力が半分程度回復したところで、ようやく目を覚ました僕は、相当にイライラしながら、僕にあの役目を押し付けたヤツラに文句を言うべく、大広間へと向かう。

僕が昏睡している間にもテーブル囲んで暢気に夕餉を食らっているであろう兄弟達を想像するだけでどうしてくれようかと臓腑の煮えくり返る思いだった。

けれど僕はそれを顔には出さない。

天使の笑みと名高い美しい笑みを浮かべながらいつもより早足で進む。

後ろから追って来る近衛騎士隊がなにやら慌てた様子で騒いでいるが無視だ。

見たこともない侍女がうっとりと頬を染めているのも、よく見知った侍女が真っ青に顔を青褪めて平伏しているのも全部無視。

許さない許さない許さない許さない!!!


乱暴に大広間の扉を開け放つと談笑していたらしい一同が僕を見て顔を青褪めた。

「まて、ルシュファ!話を……」

父王が立ち上がり何か言いかけているが、聞く耳なんてもたない。

「よくもあんな役目を僕に押し付けてくれたね……。僕が、人前で、無様に昏倒して、醜態を晒すような!!」

「まて!お前はちゃんと立っていたし、自分の足で部屋に戻れて」

「当たり前でしょう?!殺す殺すころすコロス!!!!!!」

虫けら以下のやつらの前で昏倒するところだったのを気力だけで何とか保った僕の苦労を何もわかっちゃいない。


膨れあがる魔力の望むままに得意の攻撃呪文を放とうとした時、りん、という清涼な鈴の音が僕の耳に響いた。

その音は一瞬で場に静寂をもたらし、荒れ狂った魔力を優しく僕の内に押し戻していく。

攻撃をやめて音のした方を見れば、僕の席であるはずの場所に、鈴付きの黒い尻尾を生やした少女が座っていた。


「……なにあれ。」

「し、使者様でございます。」

顔を真っ青にした何とも情けない様子の騎士が、声を震わせながら僕にそう告げる。

少女は僕を見て、不思議そうに首をかしげ、それからぐるりと周りを見た後、無遠慮に僕を指差し、

「にゃ?」

と言って愚王に首を傾げて見せる。

「おぉ。そうだよ、あれも余の息子だ。」

父王が目尻を下げて、うんうんと頷くと、少女は嬉しそうに笑いながら僕の側にたっと駆け寄ってきて、僕の服を掴んだかと思うと目を瞑って口をすぼめた。

「なに?」

眉根を寄せて訝しがると、

「し、使者様に口付けを。」

と先ほどの騎士が言う。

何で僕が、ともう一度少女を見下ろすと、少女は目をぱちくりとさせて不思議そうに首を傾げる。

「にゃぅ?」

ゆらゆらと揺らしていた尻尾を自分の口に咥えて何度も首を捻っては後ろの王と僕を見比べるから、僕は根負けしてため息をついた。

「わかったよ、すればいいんでしょう!」

少し乱暴に抱き寄せて屈めば、少女は尻尾を口から離し、ちゅっと軽いリップ音を立てて嬉しそうに僕に口付けてくる。

「何なの。」

「し、親愛の印みたいなものかと思われます。」

「ふーん?」

何だか根こそぎ怒りが吸い取られたようですっかり興ざめた僕は、3日間飲まず食わずで昏睡していたのを思い出し、空腹を覚えてぶつぶつ文句を言いながら着席する。

と、何故か僕の膝の上に少女がよいしょ、と登ってきた。

「は?」

「にゃ?」

何かおかしい?と不思議そうに首を傾げる使者とやらを見て僕はまた眉をしかめる。

「おかしいでしょ。何で僕の上に座るのさ。」

「あ~~ん?」

「それはもしかして食べさせろと僕に催促してるわけ?」


「リリア、おいで。私が食べさせてあげよう。」

顔を上げると僕の前の席で能無しで職無しのニトラが服を着崩したまま行儀悪くひじをついて手招きしている。

「この娘、リリアっていうの。」

「そうなんじゃない?自分を指差してずっとリリアって連呼していたから。」

ニトラに呼ばれて僕の膝から降りようとしていた少女に、リリア、と声をかけると彼女はぱっと顔をあげて、にっこりと微笑んだ。

なるほど、リリアというのが名前であっているらしい。

目の前の食べかけの料理をフォークに突き刺し、リリアの目の前に翳すと、黒い瞳をきらきらと輝かせて口いっぱいにそれを頬張り咀嚼する。

「なぅ~~。」

ご満悦のようだ。

小さく赤い舌でぺろりと口周りを舐めたあと、再び僕にちゅっと口付けてからニトラの方へと走っていく。

後ろで控えていた給仕が、リリアの食べかけの皿をニトラの空っぽの皿と入れ替え、僕には出来立ての料理を運んできた。

ニトラに食事をさせてもらっているリリアをよくよく観察すると、まぁ見れた造形をしているように思う。

長い睫に縁取られた大きな黒い目も、艶やかな黒髪も、白い肌も、嫌いではない。


「気に入ったか?お前が怒りを抑えるとは珍しい。」

「人間だと思うとイライラするけど、ペットだと思えばまぁいいんじゃない。」

リオロードが興味深そうに話しかけてくるのに適当に答える。

「それよりもだ!まったくお前は加減というものを知らん!大広間が崩壊するところだった!」

父王が思い出したかのよう畳み掛けてくるので内心燻っていた怒りが小さく息を吹き返す。

「そのつもりだったんだけど、まぁいいよ、今日は。」

と言ったら、顔を青褪めさせて

「今日は……?」

と唇を震わせているのだから、よくわからない父親だ。

今日は生きていられるんだからいいじゃない。


全て平らげた僕はフォークとナイフを置いて、ナプキンで口元をぬぐい、さて、と立ち上がった。

「僕はもう一眠りしてくるよ。まだ本調子じゃないからね。魔力根こそぎ吸い上げられたから。」

にこっと微笑んで辺りを見回せば姉上も兄上も皆一様に目をそらす。

僕ほどの美少年の微笑を見れるなんてこれ以上ないほどの眼福なのに、目を逸らすとか目玉腐ってんじゃないの、といつも思う。

「にゃっ!」

僕が立ち上がると慌ててリリアが駆け寄ってきた。

「にゃっ?にゃっにゃ?にゃ?」

「ん?なに?」

服をひっぱって懸命に何かを聞いているようだが、さっぱりわからない。

「名前をきいているんじゃないかしら。リリア、その子はルシュファよ。ルシュファ。」

一番上の姉であるダイナが何度も僕の名を繰り返すと、リリアは嬉しそうに頷いて僕を見上げ、

「る、しゅふぁ?」

とあどけない声で僕の名を呼ぶ。

「なに。」

「るしゅふぁ!」

「リリア。」

名前を呼んであげると、リリアは嬉しそうにはにかみ、鈴をリンと鳴らしながら長い尻尾を僕の腕に巻きつけてきた。

「にゃぁ。」

「仕方がないね。一緒に寝るの?」

「にゃぅ?」


「ルシュファ!?」

慌てて立ち上がった父親を目で制す。

「こんな小さな子供に手を出すような鬼畜じゃないよ?僕は。」

「いやいや、お前は鬼畜だろうが。」

「……死にたいの?」

極上の笑顔つきで膨れ上がる魔力をちらつかせたら父親はごほん、とわざとらしい咳払いをひとつして、着席する。

「そ、その使者が我が国の命運を担っているのだからな、その事をしかと胸に留めておくように。」

「うん、いいよ?わかった。」

金色の巻き毛をくるくると指で操りながら父親を見ると、滝のような汗を流していて、これが一国の国主かと思うと本当に情けなくて涙が出そう。

「じゃ僕はもう行くからね。」

相手にするのも疲れてリリアをつれたまま大広間を後にした。


天蓋を捲ってベッドにダイブした僕はシーツをかぶるのも面倒でため息混じりに目を閉じた。

リリアはよいしょ、とベッドによじ登ると僕の上にせっせとシーツをかぶせて僕の胸にぎゅっと抱きついてくる。

「ねむねむ。」

この使者がどこからやってきているのかはわからない。

過去の文献を読んだ限りだと、使者というものはこちらの言語が一切わからないものらしい。

リリアも例外なくそうなのだろうが、猫のような鳴き方ばかりするので、たまにこうして普通の単語が発せられると不思議な感じだ。

誰かが少しずつ教えているのだろうが、どうしても人間というよりは猫に近いように僕には見えてしまう。

「そうだね、もう寝よう。」

角が邪魔になるので仰向けに寝転がった僕の上に、リリアが乗っかってくる。

「リリア、重い。」

「にゃ?」

「にゃ、じゃない。はぁ、もういいよ、言うほど重くないし。」

甘い香りのするリリアを抱きしめながら僕は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

しばらく僕にスリスリと甘えていたリリアから穏やかな寝息が聞こえてくると、僕も睡魔に逆らうことなく、静かな眠りに引き込まれていった。


この時の僕は、近い将来にこの少女のことが可愛くて可愛くて仕方がなくなるなんて想像もしていなかった。

少女が成長と共に僕の心の全てを支配するようになるなんて。

この僕が、自分自身以外のものに捕らわれる日がくるなんて――。






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