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黒雪猫の王宮物語  作者: ふみ
~リリア十歳~
3/5

若き騎士のある日の記録

僕の名前はリオ・トルシュア。今年で24歳。

平民が受けられる国家試験の中でも最難関と言われる騎士試験に4度も落ち、次落ちたら諦めようと覚悟を決めて挑んだのが4年前。

無事合格して涙を流したのは良き思い出だ。

貴族であれば試験を受けずとも十五歳でするりと入れるというのだから全く生まれながらの格差というものには辟易している。


あの頃にはまさか平民である自分が使者様付きの騎士になれるとは思ってもみなかった。

リリア様には十二人もの騎士が常にお傍でその御身をお守りしており、なんと僕もその内のひとりなのだ。


リリア様付きの騎士となり早半年。

最初は戸惑っていらっしゃったリリア様も、最近ではとてもお幸せそうに暮らしていらっしゃる。


リリア様は日が高くなった頃に起きだして、その愛らしい尻尾を僕達騎士ひとりひとりの腕に巻きつけぎゅっとハグをしてくださる。

至福である。

それから第4王子のニトラ様のお部屋を訪問され、そこで同じく日が高く昇ってから起床されるニトラ様と一緒に遅めの朝食を召し上がられる。

今日もリリア様は上機嫌でニトラ様の元へと駆けていかれるので我々も小走りでついていく。


「やぁリリア、おはよう。」

いかにも寝起きなのだろう、前を肌蹴させて色気を燦々とふりまくニトラ様の広げられた腕にリリア様は大喜びで飛び込んで行かれた。

そうしてしばらくスリスリとニトラ様に甘えた後、彼の膝の間にちょこんと座り、あーん、と口を開け、上目遣いでご飯の催促をされるのだ。

ニトラ様は優雅な手つきで食べ物を彼女の口の中へ運び、甲斐甲斐しくお世話をされている。

一切の仕事を拒否し、日がな一日遊んで暮らしているニトラ様の唯一の仕事だそうだが、こんな仕事なら僕だって喜んで……いや、何でもない。

全く双子の兄上であらせられるエリクシオン様を見習って頂きたいものだ。

きっと今頃エリクシオン様は難しい書物をめくり王国のための新しい魔術の研究をなされているに違いない!


お腹がいっぱいになられたリリア様はニトラ様にちゅっと口付けてから、大急ぎで駆けだしていく。

普段は調度これぐらいの時間から第2王子であり、かつ保安騎士隊の隊長であらせられるキール様が王都を巡回なさるので、付いて行きたいのであろう。

今日はいつもより食事がゆっくりだったから間に合わないかもしれないが。


少女とは思えないスピードで駆けていくのに我々も必死で追いかける。

少女に巻かれたとなっては特別近衛騎士隊(使者様専用騎士が所属している隊のことだ!)の恥だ!


門の前で今まさに出発しようと騎乗されているキール様の足にリリア様はぴょんと跳びつかれた。

そうして大きく澄んだ瞳に滔々と涙をたたえて、キッとキール様を見上げ、とどめと言わんばかりにその長く黒い尻尾でキール様の胸をポカポカと打つ。

置いて行かれそうになったのがわかったのであろう。

リリア様の随分と不満げなご様子にキール様は苦笑しながらリリア様を抱き上げ、自分の前に座らせた。

「今日は来ないのかなと思ったんだよ。」

「にゃぅっ!!!」

にゃっにゃっ、と何かを訴えているリリア様を優しく撫でているキール様に我々は深く礼を取る。

「何もなければいつもと同じぐらいの時間で戻る。」

「はっ!」

キール様のお言葉にさらに深く腰を折る。

保安騎士隊がリリア様のお傍にいるのだから、我々がついて行く必要は全くない。

本当は四六時中お傍にいたいが、パレードでもあるまいに何十人もの騎士に王都を練り歩かれても都民にとってはいい迷惑以外の何物でもないだろう。

リリア様が戻ってくるまで門前で大人しく鍛錬をする。


王都をぐるりと巡られたキール様は、何事もなかったようでいつも通りの時間に戻られた。

リリア様の気に入る洋服が売られていたらしく、リリア様はお召し替えをされていらっしゃる。

保安騎士隊に所属されている先輩方からきいた話では、何着か試着してはキール様の前でくるりと回ってスカートの裾をつぃと掴み可愛いポーズを披露されるとのこと。

是非にも拝見してみたい!


……そんなわけで午前中にリリア様が身につけられている服は大抵、キール様が庶民の呉服店でリリア様にねだられてプレゼントされた服であることがほとんどだ。

リリア様はキール様にちゅっと口付けスリスリと甘えられている。

お出かけされる前の不満は着ていた服と一緒に脱いでしまわれたのであろう。

深紫色のワンピースをひらひらさせながら馬から降り、上機嫌のまま再び我々の元へと戻られた。

我々はキール様に一礼してからリリア様を皇太子殿下の執務室へと御案内する。

お昼ご飯はいつも皇太子殿下と召し上がられるのだ。


執務室の前で皇太子殿下の近衛騎士隊にリリア様を託し、我々は別室で急いで昼食を腹に詰め込む。

皇太子殿下も今頃はリリア様のあーん攻撃にメロメロになられていることであろう。

逆にリリア様が皇太子殿下にあーんをしてあげていらっしゃるという噂も聞いたが真偽の程は定かではない。

あの優美な風貌からは想像だにできない国民も多いだろうが、皇太子殿下は大変に厳しいお方だ。

その皇太子殿下があーんをしてもらっている姿は……僕には全くもって想像できない。


執務室から出てこられたリリア様は眼をとろりととろけさせていらっしゃった。

お腹がいっぱいになり眠たくなられているのであろう。お昼寝の時間である。

立つのもおぼつかないようで、たまたま傍にいた僕の腕にしゅるりと黒い尻尾を巻きつけ、そっと寄り添って下さった。

僕は天にも昇る気持ちになったが、他の隊員や見送りに出られていた皇太子殿下からの刺す様な視線に一瞬で血の気が引く。


結局、皇太子殿下の指示で食事の片付けに来ていた侍女の一人がリリア様の手を引き、リリア様お気に入りのお昼寝スポットである、第3王子エリクシオン様の研究室へと移動することとなった。


エリクシオン様はリリア様を見るや、また来たのかと言わんばかりに眉をひそめられた。

いつもそのようなお顔をされる割には、リリア様が部屋の中の一角に勝手に敷きつめたお昼寝用クッションを撤去することなくそのままにされているあたり、非情になりきれないエリクシオン様である。

リリア様は少し不機嫌な様子のエリクシオン様にぎゅっと抱きついてにゃぁと甘えた声でお鳴きになった。

「ひとりで寝なさい。」

あの愛らしい声にこんな冷たい言葉で返せるのはエリクシオン様ぐらいであろう。

今日は特別不機嫌であらせられる。研究が上手くいってないのかもしれない。

言葉がわからずとも、エリクシオン様の意図を読み取ったのであろうか。

リリア様の目からは、大粒の涙がポロリポロリと零れ落ち、研究員達が慌てて殿下に進言する。

「殿下は昨日もほとんどお休みになられていないではありませんか。

どうぞ、リリア様と仮眠をお取りください。」

ぐずぐずとぐずっていらっしゃるリリア様を見、そして目の下に立派な隅をこさえた研究員達を見、エリクシオン様は小さくため息をつかれた。

「ではそうしよう。お前達も部屋に戻って休むといい。」

殿下にあわせて研究員達もほとんど寝ていなかったのであろう、それに気付いたエリクシオン様がどうやら折れて下さった。

この研究室は薄暗く、お昼寝に調度良い。

また香草があちこちに散らばっており、リリア様はこのお部屋の香りがとても好みであるらしい。

エリクシオン様がリリア様を抱えてクッションの山へと向かうのを見届けて、我々はそっと部屋を後にする。

リリア様はエリクシオン様の腕の中で既にうとうととされているご様子だったので、ゆっくりとお休みになられるであろう。


すっきりと目を覚まされたリリア様はエリクシオン様にちゅっと口付け御機嫌でにゃぁと鳴き、次はサロンへと向かわれる。

おやつの時間である。

この時間、王女様方がサロンに集われる。そこで甘いお菓子を食べるのがリリア様は大好きだ。

それはもう耳や尻尾の動きが彼女がどれほどお菓子が好きかを如実に語っていらっしゃる。

毎日忙しくされている第一王女のダイナ様も、この時間だけは必ず休憩をお取りになる。

王女様方がリリア様を猫可愛がりして抱き寄せたりお菓子を食べさせてあげたりされている姿は遠目から拝見しているだけでも幸せな気分になるものだ。


たっぷりお菓子を堪能された後、全ての王女様にちゅっと口付けたリリア様は夕食までの時間を庭園で過ごされる。

庭園には綺麗な花々が咲き誇っているのはもちろんのこと、リリア様が調伏された元魔獣現聖獣(信じられないことだが本当なのだ!)がいる他、少し変わった樹木に野生の鳥が遊びに来ていることもある。

……そしてこの花々の研究をされている第6王子ルシュファ様もいらっしゃる。


彼が天使の皮をかぶった悪魔だとは……、善良な国民は誰も信じてくれないだろうが、王宮内では有名だ。

ふわりとした淡い金色の髪を撫でながら柔らかく微笑み、穏やかに話されるそのお姿はまさに天使であらせられるが、決しては怒らせてはならない。

魔力の量は歴代王侯貴族の中でも一二を争うと聞く。

それもそのはず、美しい御髪に隠れて一見すると分かりにくいが、ルシュファ様の角は羊のようにくるりと巻かれており、その巻かれた角をのばせばどれほど立派な角であるか……想像するだけでも恐ろしい!

本来なら見せつけたくなる程の立派な角をわざわざふわふわの髪で目立たないようにされているあたりが、いかにも腹黒……げふっごふっ、ルシュファ様らしいと言えるだろう。

そしてその天使な風貌にぴったりの植物研究に勤しむ裏でひそかに鍛錬されている攻撃魔術はエリクシス様以上の破壊力であるらしい。

……恐ろしい。

彼ほどの美少年はいないと言って持て囃す全国民に目を覚ませと往復ビンタして回りたい。

……などと思っていたら、ルシュファ様と目が合ってしまった!

全く笑っていない目が僕に「失せろ!」と言っている!

夕食の時間になるまでは庭園の隅で大人しく立哨しておこう。


庭園の中にある小さな研究所に一度入ったリリア様はお召しものを替えて出てこられた。

今度は襟のつまった真っ白なブラウスに薄緑色のフリルたっぷりのスカートだ。

ルシュファ様の趣味であろう。

リリア様はキール様からプレゼントされたワンピースを大切そうに胸に抱きながら庭園をお散歩され、すりよってくる聖獣を時々撫でつつ、ルシュファ様と楽しそうに過ごされた。


日が落ちる少し前、リリア様がにゃぁとお鳴きになった。夕食の時間である。

王族の方々と一緒に召し上がるため、大広間へとルシュファ様がリリア様をお連れする。

我々はその後を遠くの方からこっそりとついて行く。

大広間には既に他の方の護衛をしている別部隊の騎士達がビシッと姿勢を正して立哨しており、我々もそこに加わった。


リリア様のお席は日替わりで場所がずれる。本日はエリクシオン様とニトラ様の間だ。

そうして左隣の方とお休みになられるのが暗黙の了解になっているらしい。

それぞれ好まれる食べ物や嫌いな食材が違っているため、一緒に食事されるといっても出てくる料理はばらばらである。

リリア様の前には猫舌のリリア様のために冷めても美味しいお料理が所狭しと並ぶ。

……が、他の方の料理も気になるようで、時々席から降りては必殺のあーん、をされに行くこともしばしばである。


「今日もアレクはいないのですか。」

ため息交じりに王妃様がおっしゃる。

アレク様とは第5王子殿下であらせられる。

諸外国を放蕩されており(決して外交ではない。遊び歩いているだけである)、年間を通して王宮にいらっしゃる日など片手で数えられる程度であろう。

ただし、その日1日リリア様を独占なさるので、他の殿下方にしてみれば帰ってきて欲しくないのが本音ではないだろうか。


いろいろな方からデザートを分けて頂いたリリア様はすでにおねむなようである。

黒い尻尾をスリスリ舐めながら、小さな御手で目をこすっていらっしゃる。

王妃様の指示で待機していた侍女達がリリア様の手を引き入浴の準備をされる。

本日はエリクシオン様とお休みになられる日であるから、いつもは食事の後再び研究室に篭られるエリクシオン様も、仕方がなさそうにお部屋に戻られるようだ。


我々の警護はここまでである。

本当は入浴後のリリア様がエリクシオン様のお部屋に入られるまで見届けたいのだが、親しくもない間柄の男性が入浴後の女性と会うことは、それがいかに年端も行かぬ少女であったとしても基本的に失礼に値するのだ。

入浴場までエリクシオン様が迎えにいかれるそうなので、危険は少ないと言えど、残念だ。

……入浴後のリリア様はさぞ愛らしいであろうに。


こうしてリリア様の警護を終えた我々は別室で夕食をとったあと、寮へと戻る。

明日は鍛錬の日であるため、僕はリリア様の警護につけない。

次の当番は4日後であるが、その日を思えば厳しい鍛錬も全く苦ではない!


さて、僕はそろそろ眠るとしよう。明日も早いからね。

それでは、今日はこの辺で。

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