リリアのはじめての王宮
リリアは確か、どこかのお貴族様のお屋敷で産まれたの。
ママは一年間かけて私達兄弟を大事に育ててくれたの。
兄弟は全部で6匹ぐらいいたかしら。
猫族は一歳ぐらいのとっても可愛い時期に里子に出されるの。
リリアは猫族の中でも飛びきり高い、血統書付きの黒雪猫。
艶やかな髪は黒々となびくの。つぶらな瞳は黒水晶の輝き。
肌は雪のように白く、大人しくて可愛い声でにゃぁと甘えるの。
黒雪猫のお仕事は人族や龍人、精霊や樹人のところで可愛がってもらうこと。
時々家事を手伝わされる子もいるみたいだけど、本当はとっても身体が弱いから
おうちでごろごろしていなきゃいけないのよ。
リリアも一歳になったころ、別のお屋敷に貰われたの。
リリアはとっても可愛く甘えて、ご主人を癒してあげたの。
けれど、あれよあれよと言う間にお屋敷は廃れていったの。
リリアには難しいことはよくわからなくて、お屋敷で何が起こっているのかさっぱりだったの。
どんどんご飯の量が少なくなっていって、
どんどん誰もリリアを撫でてくれなくなって、
リリアはひとりでポツンとしている時間が増えたの。
そうしてリリアが十歳になったある日、ご主人がリリアのつぶらな瞳をじっと見つめながら、
もう君を飼う余裕はないんだ、とそう言ったの。
雪が沢山降り積もっているお外ってこんなに寒かったのね。
リリアは捨てられてしまってみたい。
黒雪猫の肌は雪のように白いと言われているけれど、
こうして雪に埋もれてみると、本当に雪とおんなじ色で、リリアはびっくりしてしまったの。
けれどそれも最初だけ。
今はもう、兎に角とっても眠いの。
ご主人は、誰かがきたら大きな声で鳴くんだよ、と言っていたけれど、
何だか眠くて仕方がないの。
どこか遠くから誰かの呼ぶ声が聞こえてくる気がするけれど……。
人が近くにいるのかしら。いないのかしら。どうなのかしら。
あぁ……とっても眠いの……。
目が覚めたらふわふわのベッドの上だったの。
大きなおめめをパチパチさせてにゃぁと鳴くと、パタパタと足音がして、
あっという間に沢山の女の人に囲まれたの。
口々に何かを話しかけられたのだけれど、全然聞いたこともない言葉だったから
リリアはとっても困ってしまってペタリと耳を伏せたの。
女の人達は優しく撫でてくれて、それでリリアはとても幸せな気持ちになったの!
黒雪猫は撫でてもらって生きていく生き物ですもの。
リリアは手をひいてくれている女の人達をじっと観察したの。
お耳は丸くて人族みたい。でもいろんな角が生えているの。
右の女の人は鹿さんみたいな角。左の女の人は牛さんみたいな角。
人族には角がないから、人族ではないと思うの。
でも牛族とか鹿族なんて聞いたこともない。
角を持っているのは鬼族だけれど、彼らの肌は赤黒いはず。
でも女の人達はみんな乳白色。リリアほど白くはないけれど、でも赤くもないの。
リリアは不思議で仕方がなくて、にゃぁと鳴きながら首をひねるしかなかったの。
連れてこられたのは大きなお部屋。そこには沢山男の人もいたの。
やっぱりみんな、お耳が丸くて、どこかに角が生えているの。
彼らの背中を見てみたけれど、龍人みたいな翼はなくて、リリアみたいな尻尾もない。
一体彼らは何族なのかしら。リリアを可愛がってくれるかしら。
リリアがお部屋の中に一歩入ると、みんなが膝を折って頭を垂れたから
リリアは驚いてその場で固まってしまったの。
王様や王妃様がどこかにいるのかしら。
リリアは慌ててきょろきょろと見渡しながら、みんなに習ってその場で膝を折ってみたの。
けれど、後ろに控えていた女の人達がリリアを立たせて前に進むようにと手をひくから、
リリアはとっても怖かったけど、角が生えた人々の間を通ってお部屋の奥まで進んだの。
お部屋の奥には小さな階段があって、その一番上に冠を頭にのせた男の人と女の人が座っていたの。
きっと王様と王妃様に間違いないと思ってリリアはごくりと息を飲んだの!
それから王様と王妃様の後ろには王様や王妃様に負けないくらい豪華な服を着た男の人と女の人が
ずらりと並んでいて、とにかく凄いの!
王子様かしら。王女様かしら。
リリアはとっても怖くなって傍にいた女の人の腕に自慢の黒い尻尾をくるりと巻きつけて
つぶらなおめめに涙をためてじっと見上げたの。
こうするだけで、誰もがリリアを守ってくれるってママが教えてくれたの。
けれど女の人はリリアを優しく撫でた後、リリアを置いて一歩下がってしまったの。
そうして他の人達みたいに両膝を折って頭を下げたの。
リリアもマネしなくちゃと思って膝を折ろうとした瞬間、
王様が勢いよく立ちあがってリリアをじっと見下ろしたの。
リリアはとっても怖くて、ついに我慢しきれずにゃぁにゃぁと泣いたの。
王様は慌てて壇上から降りてきて、リリアを抱え上げてくれて、それから優しく撫でてくれたの。
リリアはぴたりと泣きやんで王様をじっと見つめたのよ。
王様がリリアを飼ってくれるのかしら。
王様はリリアを腕に抱きあげたまま、また階段を昇ったの。
そうして玉座の前でくるりと大きなお部屋を振り返り、
沢山の人達を見渡した後、大きな声で何かを言ったの。
しん、と静まりかえった一瞬後、人々が次々と立ち上がり、歓声をあげながら拍手をしていたの。
リリアは何がどうなっているのかさっぱりわからなくて、
やっぱり首をひねるばっかりだったの。
それから五年ぐらい経ってから、ようやくこの国の言葉がわかるようになってきて、
リリアは産まれた世界とは全然違う世界に召喚されたこと、
リリアには沢山不思議な力があること、とかを知るんだけれど、
それはまた別の機会にお話するね。