大人と子供と友人と。
ざわつく店内の音が、消えてしまったかのようだった。
「それはね、合わせてくれてるのよ。」
目の前の友人は何を言っているのか。
さっきまでの私の話を聞いていなかったのだろうか。
「どういうこと?」
「だからね、それは気が合うんじゃないの。相手が大人だから合わせてくれてるのよ。」
ガツン!ときた。
だって、今までそんな風に考えたことなんてなかったし、ただ単純に話が合って面白いと思ってたのだから。
じゃあ、これまで楽しいと感じていた私の感情は幻を見ていたというのだろうか。
「確かに大人だけど…。だからって、合わせてくれてたってのは…。」
うまく言葉が出てこない。それだけ私にとって衝撃だったってこと。
私の信じてきたものが、ひっくりかえっちゃったんだもの。
そりゃ大人かもしれないけど、いや、大人だけど。私だって、大人だよ。
少しぐらい人に合わせるってのもするけどさ、全部合わせるなんて、できないよ。
だからさ、そんなこと、聞きたくなかったよ。
「なんで、そんな顔するのよ。本当のことじゃない。ちょっと、聞いてる?」
あんまりの衝撃に、私は頭を抱えたまま固まっていた。
とてもじゃないけど、目の前に座っている彼女を見ることなんてできない。
「信じられない。全部ウソだったっていうの?」
「全部とまではいわないけど、大体は…、そうじゃない?」
だって、加奈って、ちょっと人と、ほら、変わってるじゃない?
なんて言葉の裏が聞こえた気がした。
美紀はいい子だけど、自分に正直すぎるところがある。今も、そう。
「よく考えてよ。大人な彼と、子供の加奈とで”話がよく合う”なんてことは、ほとんど有り得ないのよ。」
呆れたように肩をすくめて私を見つめる。
ただでさえ、さっきの言葉に凹んでいるのに、そんなに見ないでほしい。
小心者の私が”働く女”で武装した私を食い破ってくる音が聞こえた気がした。
自分が子供だってことは、自分が一番よくわかってる。
だって、美紀の言葉でこんなにも悲しくなってる私がここにいる。
わかってる、自分が甘えん坊だってことも。
だからかな、”大人”っていうのに弱いのは…。
「そう、かも…ね。」
悲しすぎて泣けちゃいそうだけど、悔しいから泣いてやらない。
騙されたわけじゃないし。
”大人”って、わかんない。私が子供だから?
ううん。そうじゃない。
仕方ないだなんて思いたくない。
子供でもなんでも意思はある。
「で、加奈は、どうしたいの?」
視線を私から外さず、むしろ一層強く見つめながら美紀が言葉を置いた。
「どう、って。どうもないよ。」
慌てて答えた私の言葉は、答えになっていなかった。
「どうもしたくない、って?」
どうせなんも考えてないんでしょ。という次の言葉が聞こえてくるようだ。
「どうもなんないよ、あちらさんとは。」
なんだか、あきらめたと言わんばかりのセリフだけど、実際、私の中ではなんにも始まっていなかったのだから、どう、と言われても、どうも答えられるもんじゃないのだ。
だけど、なぜか美紀の言葉に慌ててしまったのは、どうにかなりたいと、どっかで自分が考えていたからなのか。そうだとしても、現実どうもなっていないし、どうにもならない。
このまま、仲の良い人であってほしいと、私は思ってたりする。
現実、”大人”な対応で、私が勝手に仲の良い人と思い込んでいるだけだとしても。
これは、焦がれる感情じゃないのだ。
じんわりくる気持ち。
わかるかなー。わからんだろうなー。
美紀は、こんな気持ちになったことがあるのかな。なんて今思うことじゃないかもしれないけど、ご親切にも今私を心配して、アレは大人だから。だなんてことを言ってくれちゃうのだから、良い友達には違いないけれど、私と同じ感情をどこかで持っているってことにはならない。
大切な友達だけど、自分じゃない。
自分とは違うのだ。
だから、大切なのかな。
あの”大人な”彼も、大切な友人の一人だと、美紀に言ってもいいのか。
”大人”は友達じゃないんだよ。だなんて言われるかもしれないけれど。
だけど私は、そう、思うのだから。
自分にウソはつきたくない。
もちろん、美紀にも。
「美紀、大人もさ、友達になれると思うよ。私。」
わたしたちも、大人になるのだ。