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-8- ヤンダラ

 新年を迎え、数日が過ぎたある朝だ。俺はホテルのベッドでのたうち回っていた。どうも昨日の夜食べたゴーヤチャンプルが原因なのかもしれない。何か思っていた以上に苦かった。だからすこぶる胃腸が芳しくない。


 窓から差し込む光に誘われて、俺はノソノソと窓辺に立った。一面に広がる青い海。これが本当のオーシャンビュー。少し高かったけど、どうせならこの景色を見ておかなきゃな。



 ――俺は独り沖縄に来ていた――



 怒涛の年末、そして廃人と化した年始。身も心も疲れ果てた俺が選んだ場所がココだった。


 仕事を探してもなかなか決まらず、家に居てもオカンやオヤジの顔色を窺う毎日に発狂寸前になり、有り金全部預金通帳から引き出して「ちょっと出て来るわ」とギター片手に家を飛び出したんだ。ま、『ちょっと出て来る』って距離じゃないが。


 ホテルの部屋から出た俺は、すぐ傍にあるプライベートビーチに訪れると、穏やかに波打ち寄せる砂浜にドカッと座り込んだ。シーズンオフの平日。宿泊客らしき人もまばら。その名の通り殆ど俺だけのビーチ。


「……すげーな」


 なんという解放感。この間までの苦痛の日々が洗われていく……って、簡単に心を洗えたら苦労しねぇ。ま、一月ということもあって、多少は冷ややかなこの潮風も、あの時の突き刺さるような北風に比べりゃ月とすっぽんだから良しとするか。


 以前、『ヤンデレ』という言葉を耳にした。恋に病んだキャラクターの事を指すらしい。が、俺はその一歩先を行く。これは『ヤンダラ』だ。最近は精神的に病んだ奴が、何故か沖縄に訪れる傾向にあるらしい。病んで沖縄でダラダラする。これぞまさに『ヤンダラ』実行中のこの俺だ。そのうちウィキペディアにも載るかもな。


 一面の水平線を眺めるうちに、幾つもの言葉という言葉が駆け巡っていく。あの大晦日の夜。理恵ちゃんから初詣で賑わう神社の外れに呼び出された俺――。



「――色々と心配かけてごめんなさい」


「いや、でも理恵ちゃん自身が決めたんならそれで良いんじゃない」


「昨日も、一昨日も全然眠れなかったけど、やっと決心ついたら何だか気が抜けちゃって」


「だよな。いや、真っ先に俺に話してくれて嬉しいよ。……まぁ、理恵ちゃんと離ればなれになったら店長は寂しいだろうけど」


「どうかな……。私のバンドの事も認めて無かったし」


「そんな事無いと思うけどなぁ。東京に行っても、きっと店長は陰で応援してると思うよ。たとえ離婚したって理恵ちゃんの父親に変り無いんだから」


 そん時は俺もホッとしたんだ。理恵ちゃんが父親では無く、母親と生活するって決めた事に。今の病んだ俺に必要なのは東京という街の魅力より彼女だ。理恵ちゃんとの関係を大切にしようって思っていた。


「そうそう、あの後店長から電話あったんだよ」


「え?」


「いや、改めて言われたんだ。『東京に来る気は無いか?』って」


「ホントに? 父さん、そんな事言ってたんですか?」


「なんだ知らなかったんだ。いや、あれで店長も俺の事気遣ってくれてんだと思うよ。だって仕事はあるし、音楽だって続けられるし。この町と同じ生活を送れるワケじゃん。……それに、何より東京なら色々とチャンスも増えるだろうし」


「そっかぁ! 父さんも結構良いトコあるじゃん」


「でしょう? だからきっと理恵ちゃんの事も応援してるって」


「それで、デルさんはどうするんですか?」


「え?」


 正直言えば即答で「行かない」って言える気持ちだった。でも、スグに答えずに言葉を濁したのは、理恵ちゃんの父親って事への配慮もあったわけで。


「いや、うーん……。まだ決めてない」


 だけど、実際はどこかで音楽という夢が俺の中に残っていたのかもしれない。だから、自然と「行かない」って言葉を抑えつけたんだ。


「ですよね。そんな簡単に決められないですよね」


「やっぱ、親を残して飛び出すにはなかなか勇気が居るもんだぜ。住みなれない街に出ていくのはやっぱ不安もあるよ」


「あはは。確かにこの町、なーんにも無いけど凄く居心地良いですよね」


「そうそう、そうなんだよ、愛着っていうかなんて言うか」


「だから私も凄く迷ったんです。でも、どっちを選ぶってなったら、やっぱりお母さんの方かなって」


「うん、なるほどね」


「だから、『住みなれない町に出ていく勇気』ってすっごく良く分かります」


「うんうん……。うん?」


「私、北海道なんて行ったコトないから」


「……はい?」


「母さんの実家、札幌なんですよー」


「……」


「……? どうしたんですかデルさん?」


 その後の彼女との会話の内容は、あんまりおぼえてねぇ。

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