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-7- 赤外線通信

 帰路に着く俺にさらに手厳しい冬の風が吹き付ける。自転車を漕ぐ気力もどこか抜け落ち、やけに重く感じるそいつのハンドルを握りトボトボと歩く俺。


 結局彼女とはそのまま別れちまった。何一つアドバイスや元気づける事もできないまま……。音楽の事ならまだしも、離婚なんて全く縁もゆかりもない話題にどう応えれば良いのか。


「ってかさ、んなテーマ重すぎるっつーの……」


 ついついボソッと呟いた。俺お得意の大きな独り言だ。


 その時だった。ふと何故か分かんないけどケインの顔が浮かんだんだ。


「……バンドの解散も似たようなもんだよな」


 思えば「バンド組もうぜ」って言って誘ったのは俺だった。二人してあーでもない、こーでもないと、作詞や作曲しては「フレーズが変だ」とか、「リフがしょっぱい」って喧嘩もした。その翌日にはケロっとした顔して、つまらない話で笑い飛ばしたっけ。


 アイツと俺は赤の他人同士で、性格も全然真逆だけど、同じ目標目指して頑張ってきたんだよな。そんな二人が別れる理由って……。


「そっか! そうだよ、二人の目標がズレたんだよ」


 あれ? そういや俺の目標って何だったっけ……。それに、ケインの目標って……。


「……。あぁ、悪い。お前も居たっけ」


 考慮の片隅で「俺の存在は無視か」とマッチョが小気味よいステップを踏み、タンバリンを叩き鳴らしながらこちらを窺っている。忘れてたつもりはないが俺の脳裏でコソコソすんなよな。


 その時だ、後ろからその声が近づいてくる。


「デルさーん!」


 振り向くと向こうから自転車に乗ってやってくる彼女の姿。小柄でそんなに体力も無いクセに全力疾走してる。その姿はもはや後光どころではなく、全てが輝いているじゃないか。ヤバイ、このシチュエーションは……俺好みだ! ……じゃなくて。


「良かった……。追いついた」


 息を切らし呼吸を整える彼女に思わずクラッときちまったが、俺はロッカーらしく平然を装う。


「どしたの?」


「あの、さっきはごめんなさい。急にあんな話して」


「……いやぁ、で?」


「それだけ言わなきゃって」


「そ、それだけ?」


「はい」


「……。わざわざそんな事を言う為に?」


 マジか。おいおい時代は平成だろ。この娘どんだけ純粋なんだよ。さらにクラクラッときちまったが、俺はロッカーらしく平然を装う。


「いや、それより俺も何にも励ます事できなくて」


「いいんです! 誰にも言えない話、聞いて貰えただけでも凄く嬉しかったです」


「そ、そう」


「だから、さっきの話は無かったことにして下さい」


 そのフレーズが今日二度目の響きだとピンときたもんだから、ついつい言っちまった。


「はは、そのセリフ店長にも言われたよ」


「え?」


「やっぱ親子だな」


「……えー。それショック」


「え?」


 あれ? 俺何か悪いこと言ったっけ? いきなり不機嫌な顔をした理恵ちゃんにちょっとパニくった俺。だが、そこは目だけキョドって平然を装う。


「私、ちゃんと考えます。父さんか、母さんか……どっちに付いて行くかわかんないけど、音楽も頑張って続けます!」


「うん、それで良いじゃん! 応援してるからさ!」


 すると理恵ちゃんは携帯電話を取り出した。


「あの……。良かったら、デルさんの番号教えて貰えませんか?」


 き、キター! 突然キター。完全に消えかかっていた俺のコンロに火が付き、猛烈な勢いでヤカンの水が沸騰する。もちろん、そこは燃えたぎる俺の想いにそっと蓋をして「こっちこそ喜んで」と赤外線通信を始めるのだった。……おっと。緊張からか、うまく通信出来ずに二度、三度やり直した事はオフレコだ。


「これからも音楽の事とか相談に乗って貰ってもいいですか?」


「もちろん! 気にせず何時でも!」


 思えば、彼女の電話番号すら知らなかったんだよな。てか、そんなこと簡単に聞ける環境でも無かったし。相手は客でもあり、まして雇い主の娘なんだから……。


「有難うございます! じゃあまた!」


「うん、気を付けて」


 やっと理恵ちゃんの笑顔が見れた。それだけで何だかすんごく満足した気分だった。……この時だ。俺は彼女の笑顔にずっと癒されてきたんだなって改めて思い知らされたのは。



 家に帰って部屋に戻るとさっきまでの欝な自分はどこかに飛んでいた。もちろん、あの後は自転車も軽快に漕いで帰ってきたくらいだ。自分でも表情が緩んでいる事が良く分かる。告白は出来なくても、とても清々しい気分だった。


「ま、これからゆっくりとな」


 大きな独り言も快調な午後のひとときに、ふと疑問が湧いてくる。店長が東京に行くって事は、理恵ちゃんが父親を選んだら……。


「おいおい、それって」


 そうだ、もしそうなっちまったら「これからゆっくり」などと悠長な事言っている場合じゃない。いやいやまてまて、高二の彼女にとって来年は受験じゃないか。大事な時期に転校なんて難しいよな。きっと母親と一緒にこの町で暮らすに決まっているって。……でも、万が一彼女が父親に付いていくって決めたら。


「俺……行けるのか。東京に……」


 すると階下からオカンの苛立っている声が聞こえてきた。


「ちょっと! 昼ご飯冷めるじゃないのっ!」


「……はいはい。今降りるよっ」


 この際、電話番号とかメアドだけじゃなく、心の赤外線通信も出来りゃ良いのになと、何となく感じた俺だった。解散、無職。それでもそん時はまだ、理恵ちゃんっていう光が見えていたから、少しくらいは余裕もあった。でも、そのゆとりは永く続かなかった。


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