-6- 告白プラン
「おはようございます」
「あ、理恵ちゃん。おはよう」
どうやら今日俺に給料を渡すって事を店長から聞いたらしい。つまり彼女はわざわざ俺に会う為にココまで駆けつけてくれたってワケだ。まてよ、おい、これは今朝の星占いビンゴの風向きじゃないか。ここを辞めた今、もう彼女ともそうそう顏を合わすことは無いはず。
――男なら……今日決めるしかないだろ――
俺の中で何とも意味不明な自信が沸騰し、ヤカンから熱湯が噴出している。
「ちょっとだけ、時間いいですか?」
「もちろん! ガス漏れチェックOK!」
「……? じゃあそこの公園でも行きます?」
いやはや、それにしてもこんなベタな展開があって良いのだろうか。俺は今朝の星占いを一語一句忘れちゃいない。
「――今日の蟹座のあなた! 突然の恋のチャンス。あなたの魅力が最大限に発揮できる一日でつ」
本当の事を言えば前からめちゃくちゃ理恵ちゃんのことが気になっていた。いつも笑顔で明るくて、俺らのバンドの事を真剣に応援してくれて。瞳パッチリあばたもエクボな存在だった。それに気づいていて何となく彼女の親である店長という存在の手前、自分の心を騙してきたフシがある。
でも、もう失う物なんて何もない。こうなりゃ本気の俺を理恵ちゃんに伝えるべきなんだ。
公園のベンチに腰を掛ける二人。さっきまでのスタジオとはまた違った緊張感が張り詰める。俺は彼女の……、いや、自分自身の気持ちをほぐす為、まずは音楽活動の今後について触れてみることにした。
「スタジオ閉めたら理恵ちゃんのバンド練習も難しくなるんじゃない?」
「そうですね……。っていうか、デルさんこそどうするんですか?」
「俺はまぁ、ギターさえありゃ練習も家で出来るし……。もうバンドじゃないからさ」
「あ、そうじゃなくて……。えっと」
「……?」
そうだ、すっかり忘れてた。俺は今、完全に無職なのだ。フリーターのプー太郎ではなく、ニート……じゃねーぞ。無職のギタリスト。……ま、あんま違わないか。
とにかく理恵ちゃんの心配を取り除いてやらなきゃ。もし彼女と付き合うにしても、カレシが無職はそりゃ厳しいっしょ。
「うーん、いや、仕事は何とか見つけるし。バイトなら選り好みしなきゃ幾らでもあると思うしさ」
「……ごめんなさい。父さんのせいで」
「なんで? 理恵ちゃんが謝らなくてもいいじゃん。気にすんなって」
少しは笑みを浮かべたけど、何だか理恵ちゃん凄く凹んでいる様子だ。確かに数少ない練習場所が無くなるのは困るけど……。とにかく彼女がいつものテンションじゃないことは、何となく感づいていた。
てか、こんなことじゃ告白のムード作りもままならない。軌道修正を掛けるべく、気づけばいつの間にか彼女を励ますことに必死だった。
「ほら、学校の音楽室とか借りればできないの練習? そうだよ、いっそ軽音部でも作っちゃって……」
「うん、そうですね……」
何だか話がズレている。さっきからの俺の言葉が全く彼女に響いていないのは、女心に鈍感な俺でも何となくわかる。どうやらスタジオを閉める事とは次元が異なる世界で悩んでいるようだ。
まてよ。ひょっとすると彼女、本当は俺に告るつもりで今日来たのかも。なるほど、さっきから音楽の話がやけに右から左に流れていくのもそれなら一理ある。つまり、俺がそっちの話ばっかりするから、彼女は切り出すタイミングが無かったんだ。そうと分かれば……。
「……うーんと。それはそうと今日冷えるよな」
どうだい、この俺の絶妙な話題転換。これで少しの間遠くを見ていれば、それなりに彼女もそっちの話を切り出しやすい空気になるってもんさ。
ん、まてよ。でも女から告らせるってのは、ロッカーとしてどうなんだ? ちょっと痛いよな。やっぱここは男らしく俺から切り出さなきゃ。
「あの、さ……」
すると俺の言葉を遮るように理恵ちゃんが唐突にそれを切り出してきた。
「実は……」
「え? あ、うん」
「ウチの両親……。離婚することになったんです」
「……は?」
「私、どうしていいのかわかんなくて……」
唇を噛み締めて俯く理恵ちゃん。想定外のその話題の前に、俺の脳内の台本に書き上げた、浅はか過ぎる告白プランが物音を立てて崩れていった。