-3- Your Fire
俺は話を逸らすかのように、いそいそとロビーのテーブルを片付けながら俺は理恵ちゃんに問いかけた。
「それより、どう? バンドの調子」
「え? あ、すっごく楽しいですよ。みんな仲良しだし」
「そりゃいいじゃん」
「デルさんのバンドは? そうそう、昨日ライヴだったんですよね! 行きたかったなぁ……。どうでしたライヴ?」
そりゃ、そうなるよな。ここで会話してりゃその話から逸らすことは出来ない。俺は理恵ちゃんなら良いかと打ち明けることにした。
「えーっと……。はは……解散しちゃった」
「えっ!」
解散と口にしたら彼女は驚き立ち上がり、同時にすんごく悲しい顔をしてくれた。「なんで、どうして?」って少し涙目になりながら。
こんなちっぽけで誰も知らない存在だった俺たちのバンドでも、解散を悲しんでくれる人が居るんだって思い知った。尤も、その有難みをちゃんと理解できたのは、もっともっと後のことだったけどさ。
「これからどうするんですか? まさか、音楽辞めないですよね」
「そりゃもちろん、ギターは続けるよ」
「……良かったぁ」
ホッとした表情で理恵ちゃんは椅子に腰かけてジュースを手に取ると一口喉を潤した。少しは落ち着いてくれたようだ。
「私、デルさんの曲好きなんです」
なんだ、『俺』じゃなくて俺の『曲』が好きなのか。じゃなくて……。嬉しいこと言ってくれるぜ。やっぱりこれは恋愛フラグ決まりだな。
「今の私にとってデルさんが目標なんです」
「あ、ありがとう」
これは、アレだな。このまま告白タイム突入しちゃうのかな。そりゃそうだよな、やっぱりロッカーには女が必要だよな。なーんてバンド解散そっちのけでふわついていたその時、キキッという音と共に店のドアが開いた。
「おはよう」
「あ、おはようございます店長」
何というバッドタイミング。この店のオーナーの小川功治さんが現れた。しかもこの人は理恵ちゃんの父親ときたもんだ。
「なんだ、来てたのか」
「うん」
店長はあまり理恵ちゃんの音楽活動を歓迎してないみたいだった。理恵ちゃんもウザそうに雑誌を読み始めた。あーあ、告白タイムはこりゃ無いな。
「デル君、ちょっと良いかい?」
「はぁ?」
俺は店長に店の外へ誘い出された。
店長の正体はもう三十年近く前。そう、バンドブーム盛んな八十年代に一世を風靡した本格派ロックバンド、『櫓神楽』のギタリストだった。店長が作詞作曲した「鏡」は当時ヒットチャートを賑わしたが、その後は鳴かず飛ばず。地味に音楽活動を続けているうちに、ひっそりとこの町でスタジオをオープンさせたんだ。
「デル君に話がある」
店を出るとタバコに火をつけた店長は、どこかバツ悪そうに俺にそれを告げた。
「実は今年いっぱいで店を閉めようと思うんだ」
「はい?」
「悪いが、君に店を手伝って貰うのは今日までってことに」
「……はい?」
「すまない」
ビルの片隅に据え置かれた灰皿に、二度三度とタバコの灰を落としながら、店長は俯きながら俺に謝った。まいった。告白タイムってこっちかよ……。俺は文字通り頭が真っ白になっちまった。