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-21- めっさ、もっさ、ごっさノープラン

「へぇ~。自分、若いのに仕事出来るんやな~」


「どうも……。ありがとうございます」


 ジロジロと嫌らしい目つきで薫を見るそいつ。馴れ馴れしいそんな態度に俺のハラワタは煮えくり返って鍋の底は灼熱地獄だ。コイツ、ちょっとでも薫に触れたら俺のこの右腕が黙ってねぇぞ……。だが、そんな沸騰する俺とは対照的に、薫はいたって冷静に受け応える。


「あの、それでですね、『ゴッツ』さんの前に出演していただく方がこちらのデルさんです」


「……やっぱりそういう事かよ」


 大型ショッピングセンターの屋上庭園。そこに設けられた小さなステージでのフリーライヴ。予定ではこの男達『ゴッツ』の出演前に、別のバンドが前座として演奏する予定だったらしい。薫の話から察するにドタキャンされちまって、仕方なくこの俺に白羽の矢を立てたって感じだ。


 思っていた通り予想的中。ま、薫からの電話で「ギター持って来い」って言われた時点で多少は覚悟していたけどさ……。するとその男は俺をジロジロと見て言い放った。


「コイツ? まだガキやんけ。こんなんに俺らの前座務まんのか?」


 こんなん? あまつさえ前座だって? ふざけやがってこの下品な関西弁野郎。俺だってお前らみたいな陰気でガサツなオッサンバンドの盛り立て役何てまっぴらなんだぜ! 俺は今にもそいつの顔面に右ストレートぶちかましてやりたい衝動にかられたが、そこは脳内でボコボコにしてやるに留めてやった。


「それじゃデルさん、時間あまり無いけどスタンバイよろしく。私ちょっと用があるからまた後で」


「はぁ? ちょ、出番までここに居ろってことかよ?」


「ここしか控室無いの! お願いします」


「……マジかよ」


 俺と薫のやり取りを聞いていたその男。今度は俺に対してニヤニヤとした嫌らしい目つきを浴びせてきた。何なんだこのオッサン!


「それでは、失礼します!」


 まさに虎の穴から逃げるように、薫はそのドアをバタンと閉めてそそくさと去っていく。残された俺は仕方なく適当なパイプ椅子を手繰り寄せ、その男やメンバーに背を向けるように腰を掛けて一呼吸置いた。


「よぉ兄ちゃん、あの姉ちゃんのカレシなんか?」


 俺の背中越しにその男は何とも嫌らしい口調で尋ねてきた。


「はぁ? 違いますよ」


「照れんでええがな。何か自分らごっつ仲ええ感じやったやんけ」


 その男の言葉に他のバンドのメンバーも同調してヘラヘラと笑う。あーめっちゃ嫌だこの空間。関西弁ならめっさ、もっさ、ごっさ嫌だ。もう逃げ出したい。タイミングを見計らってこの部屋を出ちまおう。


「で、兄ちゃん名前は?」


「……デルです」


「あっそ、俺らの事は知ってるんか?」


「いえ」


 すると不服そうにその男は「前座やるならそれくらい知っとけ」とブツブツ文句を垂れだした。あーマジでムカついてきた。次に話が途切れたら缶コーヒー買いに行く素振りでさっさと部屋出るぞ。


「俺ら関西ではそれなりに名前は知られてる『ゴッツ』って言うんや。俺はボーカルの『ゲン』。まぁよろしくな」


「どうも」


「で、兄ちゃんいつもどこで活動してんの?」


「はぁ、この間までバンド組んでて、関東のライブハウスで活動してたんですけど、今は解散して一人で……」


「ふーん」


 男は素っ気なく返事すると俺のギターケースに目を送る。


「なんや? 弾き語りでもするつもりか?」


「はぁ、そう……ですね」


 いや、ぶっちゃけ全くノープランだ。沖縄では『黒南風』のゲスト的に出演したおかげで何とかステージも成立したが、薫のやつ、今回はどうやら俺一人でらせるつもりのようだ。実際の所、この男がどうのこうの以前に、俺自身このステージに対してかなりテンパっていたんだ。


 もちろん、だからって尻込みしていちゃミュージシャンの恥。それに捨てるモノも無い俺にとっちゃ、与えられたステージはこなしてみせる覚悟は出来ていた。ただ、弾き語りを客の前で演じた事は今まで一度も無かったワケで。


 ただ、今回はフリーライヴだし、それにここはノリの良さで知られる関西。それなりに気合い入れて演奏すれば温かく迎えてはくれるはず……。そんな風に楽観的に考えることで不安を払しょくしようとしていた俺だった。


「ま、俺らにとっちゃどうでもええけど、関東の兄ちゃんにこれだけは言っておくわ」


「はぁ」


「関西人甘ないで」


「……え?」


「よう『関西の人はノリが良い』なんていう話聞くやろ? アレは情が生まれてる相手やからこそや。無料って言ってもな、どこの馬の骨かも分からんような奴相手にも、アホみたいにノッてくれる思ってたら痛い目遭うから覚悟しときや」


 沖縄からここに来るまで湧き上がっていた俺の自信。その男の言葉の重みは、そんな俺のハートを揺るがすには十分余りある重さだ。やがて、屋外からしとしとと雨音が聞こえ始めてきたのだった。


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