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-20- クラウディハート

 驚く俺を見てリッキーさんはまた不敵な笑みを浮かべながら、「ちょっと借りるぞ」とギターを担ぐ。軽く奏でたそれはいつか店長の弾いていたそれと同じだった。


「久しぶりだな。何だか懐かしいぞ」


「はぁ、そうですか……」


 しばらくするとそのギターを手放したリッキーさんは、俺に向かって睨みつけるようにそれを言った。


「どうだ、ウチの新しい会社に来ないか?」


「はぁ……。はっ?」


「もちろん和泉のようなイベント業じゃないぞ。当然ミュージシャンとしてだ。新人の為の育成を兼ねたプロダクションを昨年から立ち上げたんだ」


 呆然とする俺にリッキーさんは追い打ちをかけるように様々な待遇を提示してきた。当面の住まいも、音楽に打ち込めるためのスタジオも機材も、わずかながら生活費も面倒をみるという。ハッキリ言って夢のような話だった。


「どうだ? 悪い話ではないだろう」


「はい。でも……」


 願っても無い誘いだった。それにプロダクションに入るって事は、何のコネクションも持たない俺にとっちゃ、メジャーデビューだって頑張れば夢物語では無いはずだ。


 でも、俺には店長への義理がある。ついさっき、この俺の上京を歓迎して待ってくれている店長が。俺にはとてもすぐに出せる答えじゃなかった。


「まぁいい。よく考えてみてくれ。良い返事期待しているぞ」


「あ……。はい、すいません」


 ソファから立ち上がったリッキーさんは、またあの笑みを浮かべ俺の肩を二度ほど叩くとそのまま部屋を出て行ったのだった。そのドアが閉じられた瞬間、俺は今年一番の大きなため息を漏らした。


「おいおい、どうすりゃいいんだよ……」


 つい数日前には女と東京で迷っていた俺に、突如として似たような現実が押し寄せる。しかも今回ばかりはマジで俺自身の人生に関わる岐路に立っちまってる。


「あー、そういや今朝の星占い観てなかったぜ!」


 人間、パニックに陥ると本当に口に出さなきゃいけない事を心に仕舞い込み、どうでも良い事を大げさに口にするものだ。そう、それが俺の十八番大きな独り言。


 早速携帯電話で占いをチェックしようと手に取ると、今度は薫から電話がかかってきた。


「ケタロー、今どこに居る?」


「……あぁ、どこってホテルだよ。それよりさっきさ……」


「話は後で! とにかくギター持って来てほしいの!」


「はぁ?」


「お願い! こんなのケタローしか頼めないんだよぉ」


 いつもと違って弱気な薫の声がその深刻度を物語って心配になった。俺は身支度をして部屋を出たのだった。



 ――兵庫県の大型ショッピングモール――


 大阪に到着した時は晴れ間もみえていたのに、どんよりとした曇り空になっていた。俺の今の心のようなそんな空を恨めしそうに眺めながら、俺は駆け足でそのショッピングモールの入り口に向かうと、薫がそわそわした素振りをして辺りを見渡している。


「薫!」


「あぁ! ケタローごめんね」


「何だよ。どうした? 何かあったのか?」


「とにかく来て!」


 そう早口でまくしたてた薫は俺の腕を掴むと、思い切り引っ張りショッピングモールの中に連れ込もうとする。


「おい、別に逃げないからちゃんと話せよ」


「とにかく、時間無いの! 話は控室に行ってから」


「お前、まさかまた……」


 そんな俺の嫌な予感は大体、毎回、的中する。関係者以外立ち入り禁止の通路を薫に引っ張りまわされてやって来たそこは、ショッピングモールの屋上にある一室だった。一歩踏み込むとタバコのヤニ臭さが俺の鼻を刺激する。その部屋に入ると薫は元気よく挨拶をする。


「おはようございます!」


 すると、中に居た黒ずくめの男達が「ういーす」と陰気な返事をする。年齢は恐らく三十代くらい。何だか感じの悪い奴らだ。


「あの、実は第一部で出てもらうバンドの皆さんなんですが、こちらに来る事が出来なくなりまして」


 すると、テーブルに肩肘立てて雑誌に目を通していた男が、こっちを見ようともせず返事をする。


「あ、そう。で、どうすんの?」


「あの、『ゴッツ』の皆さんの時間まで、何とか繋いでくれる方を探してブッキングしましたので」


 すると、その男がチラリと薫を一瞥すると少しニヤついた。どうやらそいつがこのバンドのリーダーらしい。やせ気味で鋭い目つきのそのキツネ目の男。くわえタバコで立ち上がるとフラフラと薫に近付いてきたのだった。


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