-2- 表現者とは
その日は、悪いことって続くもんだなと思い知らされた。。バンド解散の翌日、俺は二日酔いの頭をフラフラさせながら、バイト先の音楽スタジオで受付の仕事をしていた。
「おはようございまーす」
「あ、おはようございます。今日は早いスね」
「うん。あぁそうだ、悪いけどシールド貸して欲しいんだけど」
「はい、ちょっと待って下さいね……」
スタジオには色んなジャンルのミュージシャンの卵が訪れては、皆が思い思いに自分の演奏に磨きをかけたり、音楽を嗜んだりしている。この四十代の男性も昔からウチの店を贔屓にしてくれているちょっと紳士な感じのキーボード奏者だ。平日だが年の瀬の冬休みとあって、いつもは土日しかやってこない学生や会社員の会員もチラホラ。その殆どの客は顔なじみだった。
「お待たせしました。どぞ」
「ありがとう。今日何時間の予約だったっけ?」
「うーんと、二時間……スね」
「了解、ひょっとしたら延長するかも。大丈夫?」
「あー、今日は立て込んでて無理っすねぇ」
「そう、じゃあ仕方ないか」
「すいません」
「いやいや、じゃあお借りするよ」
「はーい。どうぞー」
この町に数少ないスタジオは、俺にとっても絶好の練習の場だった。高校の頃にバンドを結成して以来、ちょくちょく借りていたこのスタジオで、たまたま見かけたバイト募集の張り紙。俺は高校卒業と同時に進学せず、ここで毎日アルバイトを続けていた。
「おはようございます。Bスタ空いてますか?」
「やぁ、おはよう。あれ? 今日予約入れてたっけ」
「いえ、空いてたらラッキーかなって」
「うーん、埋まっちゃってるよ」
やって来たのは女子高生の小川理恵。ガールズバンド『スイート・ツイート』のギター兼ヴォーカル。土日は決まってウチで練習していく彼女たちだけど、ここの所毎日のように彼女だけ店に訪れていた。
「そうですかー。じゃ、またそこで雑誌読ませて貰ってて良いですか?」
「うん、いいけど。今日は多分キャンセル出ないかもよ」
「いいんです。このロビーの雰囲気とか結構落ち着くんで」
「あ、そう。ま、別にこっちの事は気にしないでいいからごゆっくり。空いたらまた声かけるよ」
「はい!」
スタジオと言っても片田舎の小さな店。雑然としたロビーの傍らに設けた待合用の椅子にその娘はちょこんと座ると、袖のマガジンスタンドから雑誌を手に取りパラパラとページをめくる。ココんところこうして暫く雑誌を読んだり、俺のバンドについて聞いてきたりして、小一時間すると帰っていく。ショートボブの髪型が良く似合う女の子だった。
別に詮索するつもりはないけど、練習が出来ないなら友達と遊びに行ったり、ショッピングしたりとか、女子高生なら幾らでも時間を過ごす方法があるはずなのに、こんなむさ苦しい小さなスタジオのロビーで、缶ジュース飲みながら折れ曲がってボロ付いた雑誌を読んで……。まして客の入れ替わる時間以外は殆ど俺と二人っきり……。
「あれ? ひょっとして、これって恋愛フラグ立った?」
なーんて、ちょっとはそう思っても不思議じゃないくらい、練習は他のバンドメンバーとやって来た時くらいだった。まぁ、理恵ちゃんも一応ギターは持ってきているけど……。俺に会うためのカムフラージュ?
「あ、何ですかこれ?」
理恵ちゃんが店の壁に張っていた『出てこいや音楽祭』のポスターを指さし尋ねてきた。
「え? あぁ、来年の夏に野外イベントがあって、その新人オーディションの告知」
「へぇー」
「応募してみたら?」
「そんな全然! ウチらのバンドなんてまだまだですよぉ」
「んなの気にするなって。表現者ってさ、人に聴いて貰って、観て貰って、初めて成り立つもんだぜ。音楽だろうと、作家だろうと、スポーツだって関係ないよ。他人と比べたり、自分の音を卑下したり、逃げ出したりする前に、出来ることをガンガンぶつけてやんなきゃ!」
「……。そうですよね」
「そうだって!」
「何か自信が湧いてきました!」
「そうそう、未来なんて余計な事考えずに、いっちゃえ、やっちゃえ!」
「あはは」
めっちゃ瞳をキラキラさせて俺を見る理恵ちゃん。ヤバイ、惚れた。可愛い。決まった。彼女居ない歴三年。そろそろ恋愛にも目を向けないとな。ここで一気にデートの約束だ。
「じゃあ、デルさんのバンドも一緒に応募しましょうよ」
「え?」
一気に現実を突き付けられた。そうだった。俺の生活の一部であり、今は見えなくても、きっとその先に光り射している未来へと二年前に出航した船。希望と野心と情熱に満ち溢れ乗り込んだ俺たちのその船は、昨日あっけなく沈没したばかりだったんだ。気づけば俺は目標となる灯台を見失っていた。