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-18- ハンバーグピラフ、でてこいや!

「どういうつもりだよ」


「何が?」


「こんな寄り道聞いてないぞ」


「いいでしょ。私がお金出してンだから。それとも、どこかアテがあるのかな?」


「……はぁ」


 沖縄で音楽を取り戻した俺。てっきりそのまま東京に向かうと思っていた。一日も早く店長に会って、東京での生活の基盤を作りたかった。だが、金を失った俺の行動は、今まさに座席の横で雑誌を読み耽っているコイツに委ねられていたんだ。


 そうそう、その俺の財産を奪っていったスーツ男。あのわずか数時間で全部使ったってのはやっぱりマジだったらしい。その殆どがギャンブルと風俗っていうから胸糞悪い。


 ただ、俺にとっちゃ金より音楽への初心を取り戻したことが大きかったのも事実。俺の被害届は取り下げたが、そいつはどうやら色々と余罪もあるようで……。ま、もう俺にとっちゃどうでもいい話だ。


 もっとも、警察沙汰の何もかもは、薫が会社を使って色々と手を回してくれた。おかげでこうして今も家に強制帰宅させられることも無く旅を続けている。……ってなワケで、薫の寄り道にとことん付き合うしかねぇって状況だ。何だ? 俺、誰に向かって説明してんだ?


「あっ、見て見て! 街並み見えてきたね」


「……あぁ。そういや俺、大阪って初めてなんだよな」


「ふーん、そうなんだ。ワクワク。大阪楽しみだねぇ」


「……俺はそうでもねぇぞ」


「まぁまぁ。せっかくなんだし楽しもう、楽しもう。そうだ、吉本新喜劇観に行こうよ!」


「……勝手にしろ」


 沖縄から大阪へと駒を進めた俺の人生ゲーム。だが、何だかんだ言っても、薫の掌のサイコロに右往左往されるこのゲームも、ちょっと悪くないかもしんないなと思い始めていたことも、まんざら嘘じゃなかったわけで。


 空港から数時間、大阪市内のとあるホテルでチェックインを済ませると、そのままホテルのレストランに赴いた。もちろん、部屋は別々だ。少しばかり「ひょっとして同室?」と期待した俺が馬鹿だった。ま、これも悲しい男のサガだと自問自答。


「何ブツブツ言ってんのよ?」


「うがっ。いやっ何でも……」


「あやしぃ……」


「平仮名で言うな。漢字より妙に怪しくなるじゃねーか。……ってか、それより俺はもう逃げようが無いんだし、ちゃんと話してくれよ」


「……? 何を?」


「お前の企み」


「企みって、人聞き悪いこと言わないでよね。……あ、すいませーん」


「わかった。お前の今やろうとしてるビジネスを、ちゃんと全部教えてくれ」


 するとウェイトレスがやって来た。薫はハンバーグピラフと若鶏のから揚げとフレッシュサラダとアイスクリームとオレンジジュースを注文……って、どんだけガッツリ食うんだよ!


「えっと、何の話だっけ?」


「よく太らねぇな……じゃなくて、とりあえずシマケンが言ってた『夏の本戦』って何の事だよ」


「あぁ、『でてこいや音楽祭』のことね」


「『でてこいや』って……あっ」


 そうだ、思い出した。店長のスタジオに張り出していたポスター。今年の夏に開催される野外音楽フェスティバル。その名も『でてこいや音楽祭』。シマケンはその事を言っていたのだ。すると薫はそのイベントについて説明を始めた。


「今年が初めての試みとなる、新人ミュージシャンの為のオーディション型野外音楽フェスの一つ。応募資格は大手のプロダクションやレコード会社に所属していない、アマチュアやインディーズのミュージシャンなら誰でもOK。新しい才能を発掘して、一気に開花させることがこのイベントの壮大な主旨。その主催者が、何を隠そう私の会社『NOW』。で、私は各地の有望な新人を調査しているの」


「はぁ……。なるほどな。ってことはあの『黒南風』も、そのイベント出場の有力候補ってワケだ」


「そういうこと。私に割り当てられた担当地域が、沖縄と関西。それと四国」


「ふーん……。っておい、まさかこの後、四国にも寄り道する気じゃ……」


 すると薫はニッコリと微笑み返し。もうそれ以上の言葉はねぇ。ともかく、ようやくシマケンの言っていた事は理解できた。ただ、あの時彼はこの俺をまるで出場志望者のような口ぶりで話していたわけで。ってことは……。


「そうか。お前、俺もそのイベントに出場させようって魂胆だな」


「だから……人聞き悪いなぁ。さっきからまるで私がケタローを操り人形にしてるように言ってるけどさぁ」


 ってか、実際にそうじゃねーか。……だが待てよ、薫のその話に乗っかるのも悪くは無い。今の俺にとって音楽の道に目標が出来るのは、モチベーションを高める上でも願ったり叶ったりだからだ。


「よっし、その話乗った。そうとなりゃ夏に向けて練習ガンガンやってやろうじゃん!」


 ガッツポーズ決める俺。すると呆れ顔で薫は溜息をつき、テーブルに用意された籠からフォークを手に取ると、俺に向けてそいつで指さしをする。


「……あのさ、ハッキリ言っとくけど、アンタが出演できるかどうかなんて知らないからね!」


「へっ? またまたぁ、ご謙遜を。『黒南風』のライヴに俺をねじ込めるほどの力を持っているクセにぃ」


「バカ言わないの。あれはあくまでも地方の小さなライヴイベントの一つ。『でてこいや音楽祭』はウチが社運を賭けた第一回目のビッグプロジェクトなの。アンタみたいなド素人を簡単に出場させるわけないっしょ!」


「ド素人て……。そりゃそうかもしれねぇけどさ。つか、お前がさっき『新人なら誰でも参加OK』って言ったんじゃねーか」


「はぁ……。あくまで『応募資格はある』って事だよ。それはそうと……ハンバーグピラフまだかなぁ?」


 全くコイツ、食えねぇ女だ。ていうか、俺ひょっとしてコイツに食われっぱなしなのか? 何だ、じゃあ俺は西遊記の孫悟空かっつーの。と、脳裏でツッコミを入れていると、ウェイトレスが旨そうな匂いを引き連れて料理を持って来た。


「わぁ……ほら見て、結構美味しそうじゃん! いっただっきまーす」


 お待ちかねのハンバーグピラフにパクつく薫。コイツの原動力はこの食欲にあるようだ。


「……あー、ちなみに『でてこいや音楽祭』で優勝したら、ウチの親会社とアーティスト契約できるんだよ」


「契約?」


「そう、ウチの親会社ってプロダクションの『バズソージャパン』なの。傘下にはレコード会社もあるからね。つまり、そこと契約って事は一気にメジャーデビューの道が拓けるってワケ」


「へぇ……。スゲェな」


「しかも、副賞は日本武道館での単独ライヴ!」


「……! マジか?」


「ね、夢のある話でしょ?」


「ついこの間までド素人だった奴が、いきなり武道館って。いくらなんでも信じられねェ」


「あっそ。なら別にいいけど、そんなの嘘ついてもしょうがないじゃん」


「ん……まぁ、そうか」


 とは言ったものの、やっぱりにわかに信じがたいあり得ない話だ。ただ、本気で音楽をやっていくと出航した俺の船にとって、それは願っても無い灯台の光だった。しかもその港は、俺にギターを与えるきっかけとなった武道館のステージ……。


 見えてきたぞ。そこを目指せば良いんだな。燃えてきたぜ。やってやろうじゃねーか。とはいえ、まだその船は港を出たばかりだ、これからの航海の為に、ともかく俺もメシを……。


「あーっ! 俺なんも注文してねーじゃん!」


「あれ? そうだったけ?」


「そうだったけって、お前が大量に注文するからウェイトレスも二人分だと勘違いしたんじゃねーか!」


「ブツブツ言ってないで、そこのブザー押して店員呼べば?」


 ……コイツ、やっぱり食えない女だ。俺は早速呼び鈴を押し、ハンバーグピラフを注文するのだった。ロッカーが女と同じ物を注文するのは癪に障るが……。旨そうなんだから仕方ない。


「よう、和泉じゃないか」


「……! リ、リッキーさんっ。おはようございます!」


 慌ててピラフのスプーンを置くと、薫は勢いよく椅子から立ち上がり頭を下げた。その相手は見るからにビールっ腹で少々大柄な、おそらく四十代後半の男。むさ苦しい顔つきの上にボサボサの長髪が余計に鬱陶しい。


「どうされたんですか? 今日は確か山口に行かれたはずですよね?」


「あぁ、ちょっと例のアレでな。……彼は?」


「はい、あの、彼が先日お話したデル君です!」


 先日話した? 俺の何をだよ……。すると薫が少し睨みを利かせ、俺に「立て」と言わんばかりにジェスチャーを繰り返す。面倒くさいが仕方なく俺も立ち上がった。


「……どうも」


「フッ、そうか、アレか、君が。君がアレなんだな?」


 何だこのオッサン。「アレ、アレ」って意味がわかんねーよ。すると、いつもと違って妙にしおらしくなった薫が俺に話しかけてきた。


「紹介します、この人は『NOW』の企画部長で私の上司、リッキー吉田です」


「吉田です。よろしく」


「あ、そうなんすか……。えと、デルです。よ、よろしく」


 するとニヤリと笑みを浮かべ握手を求めてきたそのオッサン。何だか気味が悪いが一応愛想笑いでそれに応える俺。だが、この不敵な笑みをこの先何度も見なくちゃならなくなるなんて、この時はまだ想像もできなかったワケで。


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