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-17- エマージェンシー

 ――とあるカラオケボックス――


「では、今日一日お疲れ様でしたーっ! 乾杯っ!」


「かんぱーい!」


 ライヴを終えた俺は、黒南風のメンバーや薫、それにスタッフ数名と打ち上げに参加していた。なみなみと注がれたビールを一気に飲み干す薫。コイツ、男性かっつーの。すると別のグラスビールに手を掛ける。


「シマケンも飲む?」


「いやっ、ダメっす。僕は」


「おいおい、未成年に酒を勧めるなよ」


「はぁ? デル君ロッカーのクセにマジメだねぇ~」


「……お前、そんなに酒癖悪かったっけ」


 すると薫は平気な顔でそのグラスビールも空にした。強い。何なんだこの強さは。きっとこういうタイプは飲みつぶれても口説けないタイプだ。


 今日のステージの事や、これまでの黒南風の足跡を肴にして、いつもより余計にビールもすすむ。そんな折、ふと会話の合間に流れているBGMが何となく気になった。


「……あれ?」


「どうしたの?」


「いや、ほら今流れてる曲」


「有線だよね」


「なーんかどっかで聴いたような……」


「……あぁ、これ最近よく有線で流れてるよ。『愛を奏でよう』って曲。唄ってるのは……」


 と、薫がそれを答えようとした時だった。シマケンがボソッと俺たちに話しかけてきた。


「ところで、和泉さんとデルさんってどうやって知り合ったんですか?」


 シマケンの何気ない質問は俺のエマージェンシーポイントをど真ん中に貫く、最もシンプルかつ何ら意図的ではない素朴な質問だった。


「あーっ、それ俺も気になる!」


「教えて下さいよ」


 黒南風やスタッフがここぞとばかりに好奇の眼で俺たち二人に迫る。全く、どいつもこいつもこういう話が好きなんだな。絶対に付き合っていた事なんて言うもんか!


「えっと、彼と付き合ってましたー」


 俺のエマージェンシーサイレンが、ファンファンと赤いランプを回転させたかと思いきや、それを即座にぶっ壊した薫。コイツ、ハラハラドキドキめっちゃワクワク! 的な行間を読むって楽しみ方を知らないのか!


 が、俺の事なんてそっちのけで、指笛鳴らすメンバーらの冷やかしにおどける薫。この明るさは酒の勢いか……。いや、コイツって元々こうなんだよな……。


 あれ? 俺、コイツの性格をここの誰より良く知っている事に、どこか優越感を感じている……。なんだこれ。


「……『た』ってことは過去形ですよね? でも、今もお二人めちゃくちゃ仲良い感じじゃないですか」


「そう? それはシマケンの思い過ごしじゃないかな。全然仲なんて良くないよねぇ?」


 俺に振るなっつーの。あんまりこういう話題で注目されるのは苦手なんだが、その実、「もっと冷やかしてくれ」と、俺の心で悪魔が舞い踊っていたことも嘘ではない。


「そうだな、まぁ喧嘩ばっかだった……かな」


「そうなんですか? でも、何だか今も付き合ってる雰囲気出てますよ」


「もぉ! 冗談やめてよ!」


 ……俺が言おうとした台詞を薫に横取りされちまった。何もそんな食い気味に言う事ねぇじゃねーか。


「でも、なんか良いですねそういう関係。別れてもお互い自然で居られるって」


「っていうか、彼と私はもともと始まってもいなかったのかもね。昔もこれからも」


 その言葉に俺の内臓のどこかで激痛が走った。それには本当に驚いた。俺の中で今は理恵ちゃんだけを想っていたはず。なのに、コイツと再会してから妙な胸騒ぎを感じていたことは否めなかったんだ。そして、その胸騒ぎの正体がこの時ハッキリした。尤も、それはたった今ぶっ壊されたが……。


「うーん……。そうね、今は良きパートナーって感じかな? ねぇ、債務者君」


「ゴホッ……、債務ってお前」


「……? 債務者ってどういう事ですか?」


 シマケンもうやめてくれ。今は俺の中でとりあえず色々と心の整理がしたいんだ。薫のノリにイチイチ付き合っていたら日が暮れるぞ。あ、もう午後十時か。


 宴もたけなわとなり、演者やスタッフがお互いを労った後、俺たちはゾロゾロと店を出た。シマケンや黒南風のメンバーが俺に歩み寄ってくる。


「デルさん、今日は本当に有難うございました」


「いや、こっちこそ、良いステージ見せて貰って。おかげで楽しかったよ」


「きっとデルさんなら予選突破すると思いますよ。僕らも頑張って夏の本戦に出れるように磨いていきます」


「あ、それ。昨日も思ったんだけどさ……」


 と、その疑問を晴らそうとした時だ。向かいのスナックから騒々しい物音が聞こえてきた。


「何? 何事?」


 不安げにそのスナックに視線を送る薫。すると店内からサラリーマンらしい酔っ払いがフラフラと出て来ると、道端の電飾看板もろとも勢いよく倒れ込んだ。


「……ただの酔っ払いね。あーいう酒に飲まれるタイプにはなりたくないねー」


「いやいや、和泉さんはお酒強いですから。ならないでしょう。むしろ酒を飲むタイプ」


「どういう意味よシマケン」


 笑いとばす二人を横に、俺はふとそのサラリーマンに目を送る。起き上がったソイツは、まさに千鳥足で駅の方へと歩きはじめる。そのスーツの後ろ姿を凝視した瞬間、俺の脳裏に昼間の出来事がフィードバックする。


「あ……! あーっ、アイツは!」


 そう、それはまさに俺の全財産を奪って行った真犯人だった。俺は一目散にその男を追う。フラつき今にも倒れそうな男の腕を背後から鷲掴みにすると、今一度その男の顔を確認する。間違いない、昼間のあのスーツ男だ。


「テメェ、俺の金どうした!」


 ツーンと鼻につくほどに酒の臭いがプンプン漂うその男。最初はワケのわからない事をブツブツと言っていたが、俺の顔をマジマジと見るや否や、どうやら酔いが一気に醒めたみたいだ。


「ひっ……。すいません! すいません!」


「すいませんじゃねぇよ! 返せよ俺の金!」


「ひいっ、すいません! もう全部使っちゃったんです! すいません! すいません!」


「はぁ! ぜ、全部? てめ、嘘つくなコラ!」


 すると血相を変えて駆け寄ってくる薫や黒南風のメンバー。


「どうしたんですかデルさん!」


「誰? 知り合いなの?」


「……コイツだよ。俺の金を奪った奴は」


「えっ! 本当?」


 いきなり大人数に囲まれたそのスーツ男は、怯えきった表情で何度も俺に謝ると、今度は土下座して頭を下げ続けた。


「許して下さい! すいません! すいません!」


「あぁ? 謝って済むワケねーだろ」


 若さゆえか、血気盛んな黒南風のメンバーが口々にそのスーツ男をなじり始めた。ちょっと待ってくれ、気持ちは有難いがそれは俺の役目だ! すると、その騒ぎを見物する野次馬が周りを囲み始めた。


「……ダメだよ、みんな!」


 黒南風を一気に制したのは薫だった。薫はメンバーの興奮をやんわりと抑えると、他のスタッフと共にスグに帰宅するように指示した。その対応は見事なまでに冷静かつ的確。コイツ、さっきまで散々ビールを飲んでいた女とマジで同一人物かよ。


「許して下さい! すいません! すいません!」


 何度も何度も頭を下げて謝り続ける男。惨めだ。マジで惨め過ぎる。恐らく三十代後半くらいか。こんなオッサンにはなりたくないもんだ。そんな風に思えてくると、何だかさっきまでの怒りが鎮まっていた。


 ふと、足を止める野次馬が増えてきた事が気になった俺は、大声でそれを訴えた。


「すいません、お騒がせして。この人俺の知り合いですんで! 大丈夫です。喧嘩とかじゃないんで!」


 すると、表向きは真剣な顔してるクセに、内心ニヤニヤ顔で立ち止まった人々が、半ば興味を失った表情浮かべ散っていく。全く、こういう野次馬どもが一番鬱陶しいぜ。


「もう、いいよ薫」


「……ケタロー?」


「よくよく考えれば、コイツのおかげで、俺は薫とまた会えて、それにライヴにも出れたワケだし」


「……そりゃそうだけど」


「俺、金よりも大事なモンを手に入れた。だから、もういいや」


 俺の「もういいや」を受けて、スーツ男は徐に立ち上がる。そして俯いたまま俺の両手を握り、再び何度も謝り続けた。


「すいません! すいません!」


「だから、もういいって。……ってかさぁ、謝るならちゃんと俺の目を見て言えよ」


 俺はスーツ男の腕を持ち上げその表情を伺った。……なんだ、やっぱりそうか。口では謝ってはいるが、思いっきりその目は「良かった、見逃がして貰えそうだ」って笑ってるぜ。これでもステージで嫌というほど色んな人間の目を見てきたんだ。わかるんだよ。


「チッ……。行こうぜ薫」


 俺はスーツ男の腕を突き放し、そのまま立ち去ろうとした。だが、薫はそのスーツ男の前に立ちはだかる。


「薫?」


 すると薫はニッコリとそいつに笑顔を見せた。するとそのスーツ男は「すいません、すいませーん」と言いながら、羞恥心のかけらもなくデレデレとした顔つきで薫の手を握ろうとした。


「……触んなバカ!」


 薫の黄金の右腕がうなりを上げてそのスーツ男の頬に振りぬかれた。乾いたパーンという音が街のネオンに共鳴する。さらに、今度は左でもう一発。


「あー……。アイツやっちゃった」


 薫の強烈な平手を受けて、再びフラフラとその場に倒れ込む男。すると薫は携帯電話を取り出す。


「もしもし、窃盗犯を捕まえたんですけど。場所は……」


 いやはや。この女は敵に回したくないもんだ。ま、ともかく色々とあった沖縄だったけど、薫との寄り道はそこそこ有意義だった。きっと明日にはココを発って、いよいよ俺の新生活の舞台、東京に向かうぜ……。


――と、俺は勝手に思い込んでいたのだった。


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