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-16- 音の交差点

 アンコールを受けて黒南風の再登場に、フロアにごった返す観客の盛り上がりも最高潮だ。でも、飲まれるわけにはいかねぇ。逆に……食ってやる。


「――ありがとう! ちょっと聞いて欲しい。今日は皆に紹介したい人が遊びに来てくれているんだ。知る人ぞ知る、孤高のギタリスト。デル!」


 ……っつたく、誰も知らねェって。なんつー紹介しやがんだ。と、ブツブツこぼしながら、俺はシマケンのアピールを受けて舞台袖からそのステージに赴いた。


「……誰?」


 そのステージに立った瞬間、俺の両耳に届く女子達の声。何だかんだ言っても狭いライヴハウス。本人は自覚してないだろうけど、無責任なそんな呟きも簡単に聞こえるもんなんだぜ。


 それに、ステージに立てば、大体その場の客の雰囲気なんてコンマ数秒で掴める。皆、顔は笑ってるが内心「何だコイツ?」って言ってるのがビシビシ伝わって来るぜ。目は口ほどにモノを言うとはよく言ったもんだ。


 本当はここでシマケンと少しトークする段取りだったが、俺は客の雰囲気を受けて咄嗟にシマケンに耳打ちする。


「ダレる。確実にダレるから、もう一気にぶっ放そうぜ」


 すると、シマケンも俺の考えが伝わったらしい。「OK」と合図して黒南風のメンバーにアイコンタクトを取る。俺はピックを持つ右腕を振り上げ、瞼を閉じ心でカウントを取る。瞼の裏がやけに明るい。スポットライトが俺に照らされた。俺は勢いよく相棒を掻き鳴らした。


 ――『20th Century Boy』――


 それはロッカーならお馴染、T・rexの名曲だ。そんなに音合わせもしていない即席バンドでも、この手の有名な楽曲なら結構即興でコラボできるもんだ。俺のギターを皮切りに、黒南風の演奏がそれこそ風のように乗ってくる。


 ぶっちゃけ、まさかこの黒南風がこんな曲を演奏できるとは思ってなかった。リハーサルで選曲の打ち合わせした時に、俺がちょっと口に出したこの曲に賛同したのが黒南風だった。


 この曲は彼らの音楽とは全く異なる性質だった。それが証拠に目の前の女子中高生は手拍子こそしているが、慣れないブリディッシュ・グラムロックに戸惑いを隠せない感じだ。


「さぁ、お嬢さんたち。パーティの始まりだぜ」


 心でそう叫ぶと俺のギターがうねりをあげる。久々の表舞台に何とも嬉しそうな相棒。次第に俺の鼓動も熱くなってくる。客層なんて関係ない。俺を表現するから付いてきたい奴はついてこい!


 演奏を始めて間もなく、俺が驚いたのはシマケンのパフォーマンスだった。この曲に対して見事にフリースタイルを仕掛けてきやがった。どんな楽曲であろうと自分たちの良さはちゃんと外さない。観客の求めるモノをしっかりと掴んでる。コイツら、やっぱあの薫が目を付けているだけある。


 サビに入ると徐々に観客が乗ってくる感覚が俺の身体に漂い始めてきた。イケルぞ。この感覚はステージに立って初めて得られる心地よさだ。何だかんだ言っても、音楽に世代何て関係ないんだよな。


「――21th Century Boy ……」


 しっかりと歌詞を変えてきやがった。シマケン、何とも憎たらしいアドリブだぜ。まぁ、きっと舞台袖の薫は「どこかの不動産屋かっ」とツッコミ入れているだろう。でもな、ライヴなんてこういう勢いが大切なんだよっ! そうだ、きっと黒南風コイツらのこういう柔軟な姿勢も、ここに居るファンに支持されている要因なんだろうな。


 俺のギターとシマケンのマイクパフォーマンスが交錯する。激しいバトルがステージで繰り広げられると、初めは戸惑っていた目の前の女子中高生達が身体を揺らし、拳を突き上げはじめていた。そこは音のスクランブル交差点。拳を振り上げ交わるハーモニー。そうして一気にライヴハウスは一体となり、俺と黒南風のわずかな共演は大歓声と共に幕を閉じた。


「デル、ありがとう! 皆、今日のゲスト、デルさんにもう一度大きな拍手を!」


 その瞬間、フロアから湧き上がる拍手のうねりに俺は身震いした。わずか数分前、俺に対して白い目を送っていた客が、今この俺だけに対して拍手を送ってくれている。俺の胸に熱い得体のしれない物がこみあげてきた。それは、『ローリング・クレイドル』としてファーストライヴをりきった後に体感したそれと同じもの。


 俺は二度、三度客に向かって手を振り舞台袖に消える。そうして俺自身の復活ライヴは幕を閉じた。


 結局、一度もステージで声を出さなかった。実際、それは俺自身への挑戦だったんだ。本当にギターだけで勝負できるのかって問いかけへの。……そして俺は勝った。それどころか大きな武器を手にした。自信という大きな武器を。


「ケタローお疲れさま」


 楽屋に舞い戻ると何だか妙に笑顔を振りまいてくる薫。ムズ痒い変な感じだが、もちろん、そこはロッカーとして平然を装う。


「おうっ。お疲れっ」


「あれ? ひょっとして、自信ついちゃった?」


「はぁ?」


「甘いよ。今日は『黒南風』におんぶに抱っこだっただけだもんね」


「……お前ねぇ」


 コイツ、俺を持ち上げたいのか、叩き落としたいのかどっちなんだよ……。その時はまだそんな風にしか思えなかった。きっとそれは薫なりのコントロール。これから起こるハードルを俺が越えられるための。


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