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-14- フォローのかほり

「――アンタ……。ホントに大馬鹿だね」


「何とでも言え。今は何の反論もできねえ」


「やーいバーカ、バーカ」


 ムカついたけど、やっぱり当たっているだけに、何も言い返せない俺が居た。


 国際通りのレストラン。とりあえず沖縄に来てまだ食べてなかったソーキそばにがっつく俺。濃厚な味付けの角煮入りに舌鼓。その目の前で薫は散々嫌味を繰り返す。でも、その瞳は何だか妙に嬉しそうに感じた。


「何だよ。俺の見事なまでの不幸スパイラルがそんなに楽しいか」


「別に……」


「……。何だその『カオリ様』的な返事」


「別にぃ」


「ムカつく」


 バッグを巡る壮絶なドタバタ劇の後、俺がロビーでどんより曇り空を展開している中、コイツから電話があった。この沖縄で頼れる人間は薫しか居なかった俺は、赤っ恥覚悟で状況を打ち明けると、仕事の最中にも関わらず駆けつけてくれたんだった。


 その後、警察で被害届を出し終えた俺たちは、昼食を兼ねてこのレストランに来ていた。


「今時国内旅行で置き引きに遭う日本人なんてケタローくらいだよ」


「はいはい、そうですね」


「昨日『オカンみたいに言うな』って偉そうに言ってたクセに」


「そうですね」


「……今日はいい天気だね」


「そうですね」


「なんと、明日は沖縄なのに大雪らしいですよ!」


「……あーそうですか」


「おっ、多少は余裕あんじゃん」


「うるせ」


 すると薫は自分のバッグから財布を取り出した。真っ赤なちょっとゴッツイ恐らくブランド物の財布だ。この分厚さ……一体幾ら持ってんだ……。対して俺の財布はコンビニのレシートで嵩張って分厚いってーのに。嫌味な奴だぜ!


「とりあえず、これは貸しだからね。ちゃんと返せよ」


 テーブルの上に数枚の諭吉を差し出す薫。俺は咄嗟にそれを突き返す。


「ざけんな、要らねェよ」


「そんな見栄張ってる場合じゃないっしょ。とりあえず家に帰らなきゃ。それとも沖縄ココで仕事探して暮らすつもり?」


「おー、それもいいかもな。頼りになるお前も居るワケだし」


「……あれ? 言ってなかったっけ?」


「何を?」


「私、別にここで暮らしてるワケじゃないよ。今も私は東京在住ですよー」


 そう言うと薫はストローをチューチュー鳴らし、トロピカルドリンクを飲む。


「マジか。じゃあ何でお前こんなトコに……」


「だから、仕事だって言ってんじゃん」


「……あの、イベント会社のか?」


「そだよ」


「そうなのか……」


「恐れ入った?」


「ははーっ、カオリ様……ってアホか」



 店を出ると今日も嫌味なほどに快晴な沖縄の空。薫は「せっかくだし、海にでも行く?」と聞いてきた。当然、財布の中が風邪をひいている俺にとって選択肢は限られていたわけで。それよりも、仕事中にも関わらず、そうやって俺を気遣う薫に感謝の気持ちでいっぱいだった。もちろん、そんな事口が裂けても言えねぇけどさ。


 那覇市内から数十分。国道を北にひた走り訪れたとあるビーチ。そういえば薫と付き合っていた頃、二人で海に行った事すら無かったっけ。まぁ、たった三か月の恋人関係だったから無理も無いか。


 海をボケーっと眺めていると、さっきまでの高揚もようやく落ち着いてきた。すると自然と俺はそれを話していた。


「なんかさぁ……。ここまで落ちたら妙にスッキリした。余計な事考えずに音楽やれそうだ」


「……じゃあ、やっぱ決心したんだ? 札幌行き」


「ん……。いや、そのつもりだったけど、無職どころか、金もゼロになったんだぜ。身寄りの無い札幌なんて、俺には荷が重すぎるよ」


「ゼロって、本当にお金全部盗られたの?」


「あぁ、ぜーんぶ引き出したからなぁ。この三年間バイトで貯めた金」


「……つくづく、バカだねぇ」


「あーそうだよ」


「じゃあさ。……理恵ちゃんも諦めるんだ?」


「諦めるっていうか……。うーん、何て言えばいいのか」


「そこは違うんだ……。ホント、バカだね」


 そうだよ。俺はバカだ。でも、だから余計にスッキリした。今の俺は好きな女とか以前に、それもひっくるめて純粋に音楽に打ち込めそうだって気づけたんだ。


「俺さ、さっきオカンに『家には当分帰らない』って言ったんだよな」


「ふーん。じゃあ本気で家を出る気なんだ」


「まぁ、な」


「へぇ……。ちょっとは見直したかな」


「また上からかよ」


「そうじゃなくて……。でもさ、札幌は諦めたんでしょ?」


「あぁ、だけど俺にはもう一つ……。いや、本当は最初からそれしか無かったのかもしんないけど、まだ選択肢が残されてたんだ」


「もう一つ? あ、それってひょっとして」


 流石に勘の鋭い薫だ。昨日俺が打ち明けた一連の年末年始の出来事からピンときたらしい。そうだ、俺に残されたもう一つの選択肢。それは……。


「行ってやるぜ! TOKYO!」


 俺は立ち上がると思いっきり天高く拳をかち上げた。うむ、久々にロッカーらしく決まったぜ。


「てぃーけー……おー? ノックアウト? あ、お笑い芸人の方?」


「……。『東京』だっつーの」


「だったらちゃんと初めから『東京』って言いなよ。面倒くさい」


「め……。うるせーな。ここまでマジで惨めで酷かったんだから、ちょっとくらいカッコつけさせてくれても良いだろ」


「はいはい。じゃあさ、その東京に行くお金はあるのかな?」


「オフッ。そこを突いてくるか」


 確かにコイツの言う通り。俺の財布にはその東京に向かう飛行機代すら残って無い。そりゃその程度の金くらい、手軽に借りられるカードローンも何とか探せばありそうだけど……。だが、ロッカーが無人契約機を前に、タッチパネルにチマチマと金額打っている姿なんて想像したくもねぇ。


 すると、薫がニヤニヤと含みを持たせてから俺に呟いた。


「じゃあお金くらいは貸してあげる。その代り、利息として私の寄り道に付き合ってくれる?」


「寄り道?」


「嫌なら沖縄ココで独り頑張って生きてください」


「いやっ、無理っす! 寄り道でも寄せ鍋でもついて行きます。カオリ様」


「よろしい。じゃあ早速今晩、ライヴに出演してもらうからそのつもりで」


「はぁ? 出演? 今晩?」


 音楽を取り戻した俺に、沖縄のそれは急激な追い風となって吹き始めたのだった。


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