-13- オリオンの冤罪
冬にも関わらずかりゆしウェアの茶髪のそいつ。みるからに頭も性格も悪そうなヤンキーだ! そいつは取り立てて慌てる様子もなく、悠然とエントランスの自動ドアを通り過ぎて行った。瞬間、対象の姿が消える。
マズイ。このまま車にでも乗られたらおしまいだっ! ぶっちゃけ喧嘩になったら勝てるかどうかわかんねぇヤバそうな相手だ。でも、見過ごすワケにいかねぇって! やってやるって! 追う俺の頭の中で、刑事モノのテレビドラマのBGMがフィードバック。
「待てぇ!」
すれ違うロビーの客を払い猛然と犯人を追う俺は、もたつく自動ドアにやきもきしながらも、ようやく屋外に出る。
「……いたっ!」
そいつはまだエントランス前のタクシー乗り場に突っ立っていた。俺は猛ダッシュでそいつの背後に立ち、おもむろにそいつの肩を引き問いただした。
「おいっ。それ、俺の……」
――バッグじゃ無かった。
「あぁ? なんだテメェ」
「あ……いや、すいません」
その男はめちゃくちゃ機嫌悪そうにこちらを睨みつけると、次の瞬間「テメェ、コラ」と胸ぐらを掴まれた。俺は何度も何度も平謝りを繰り返す。しかし、茶髪男の沸点は非常に低い。まさに瞬間湯沸かし器だ。コイツは簡単には許してくれそうもない。俺はいつものクセでボソッと呟く。
「……んだよ、何もマジで刑事モンっぽいベタなオチじゃなくてもいいじゃねーか」
「何だ? 何ブツブツ言ってんだコラァ」
「あっ、いや、俺お得意の大きな独り言で……」
「へぇ、なるほどなぁ……。オマエ、ナメてんのかコラァ!」
俺の胸元を締め上げて何度も揺さぶる茶髪男。頭がフラフラと揺れる中、俺は「アハ……アハ……」と瞼をへの字にしてヘラヘラ笑うしかない状況。と、その時だ、ふと視界にそれが目に入る。
「……あーっ!」
空港の自動ドアから出てきたスーツ姿の男。そいつが肩から掛けているそれは、まさに俺のショルダーバッグ。確証は無い。しかし、何よりコイツよりあっちの方が喧嘩になっても勝てそうだ。
「おいっ! 待てよお前!」
俺の一声に驚いたスーツの男は慌てて駆けだした。やっぱりそうだ、アイツが真犯人だ!
だが俺の今置かれている状況はそれどころではない。
「……お前さ、マジで殺されたいのかコラ」
目の前の茶髪でガラの悪い、いかにも犯人的だが実は冤罪だった男が勘違いする。「お前がそんな風貌だからこっちも勘違いしたんだよっ」とはもちろん言えず。
「いや、あんたじゃなくって、アイツなんだよアイツ!」
「おう、良く分かったよ。つまり……殺されてぇんだなオラァ!」
「だから誤解だってぇ! わかんねー奴だなぁ! もう!」
俺は思いっきり足に力を入れ、茶髪冤罪男の股間を蹴り上げた。
「ウッ……」
トップロープに股間をしたたかに打ち付けた、往年のジャンボ鶴田よろしく、その場でゴロゴロと転がり悶絶する茶髪冤罪男。「ホントに悪い! ゴメン!」とだけ言い残し、俺は逃げたスーツ男を追いかける。
「クソったれぇー」
街中を逃げるスーツ男の背中を追う。俺とそいつとの距離がみるみる狭まっていく。その時の俺はまさに怒りの疾風となって犯人を追うスプリンターと化していた。
そうなのだ。何を隠そう俺は中学の頃は帰宅部で、昼飯を食うのが早かった。だから足はそれほど速くない。だが、そのスーツ野郎は俺よりもっと鈍足だったのだ。
「はぁ、はぁ……。さぁ、返せよテメェ」
ついにそいつを路地裏に追い詰めた。なかなか手こずらせやがったスーツ野郎だったが、いよいよ観念したのか肩からバッグを下ろし手に取ると俺に向けて差し出した。
「はぁ、くっそ。手こずらせやがって……」
俺がそのバッグに手を掛けた瞬間だ。そいつはあろうことかバッグを勢いよく振り上げ、思い切り俺の頭を殴りやがった。
「ガッ! 痛って!」
ガクッと力を無くしその場に跪く俺。この脳天を突き刺す鈍い感触。間違いない。さっき親の為に土産で買ったオリオンビールの瓶だ。何でそんなもんバッグに入れとくんだ俺!
「くっそ! お前ぇ」
頭を抱えて苦しむ俺に、そいつはさらにバッグごと俺の身体めがけて投げ捨て、再び街中へと走り去っていく。
「……チッ。痛ってー。何なんだよこの……オリオンビール!」
俺はフラフラになりながらもバッグを開く。取り出したオリオンビールにコンコンと説教を繰り返しつつ、肝心のその封筒を探した。
しかし、悪い予感は的中した。見事に封筒だけ無くなってやがった。もちろん、着替えのパンツだってそのままだ。ま、そりゃそうか。封筒とそれだけ無くなってたらある意味気味が悪いって。
「あぁ……、何なんだよもぉ!」
俺はガックリと肩を落とし、その場にへたり込んだのだった。
――それから数分後、空港に戻った俺。何よりも置きっぱなしのギターが気がかりだった。
茶髪冤罪男がすでに居ない事を遠目で確認し、足早に空港のロビーに入る。果たしてそれは俺にとって本当にわずかな光明だった。さっき座っていた椅子の前、ご主人の帰りを待つかのように、『相棒』がじっと居座っているじゃないか。
「良かった。コイツだけでも盗まれなくて……。って、いやいや、そんな悠長な事言ってらんねーか」
シーズンオフにも関わらず、そこそこ観光客が行き交う空港ロビー。その殆ど人が晴れやかな表情を浮かべる中、曇った顏の俺はその椅子に再び腰を下ろすと、ため息を漏らすのだった。