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-12- TOO FAST TO DOWN

 ホテルの部屋に入るとそのままベッドの上にどっかと大の字になった。まだ耳の裏でキンキンと音が弾けている。あのライヴハウス、音響エグ過ぎだろ。


「黒南風かぁ」


 ふと、妙な寂しさがこみあげてくる。俺にとってあのライヴは、とてつもないインパクトを残していた事に改めて気づかされた。せめてもう少し薫と話でもして、このどうしようもないもどかしさを抑え込みたかった。


 すると、タイミングよく鳴る携帯電話。俺は今朝の再来に胸を躍らせ、勢いよく飛び起きて待ち受け画面を確認する。たが、その発信元の名前を見た瞬間、あっさりとその淡き期待はぶち壊された。


 電話の主はあの解散の日以来、メールすらしてなかったマッチョだった。あぁ、そういや一度だけ俺の脳裏でタンバリン叩いて登場したっけ。コイツ、なかなか要点を突いて登場しやがる。ただ、この寂しさを紛らわすために、誰でも良いから話したかったことに変りは無かった。


「オイッスー」


「オイッスーじゃねーよ。お前どこで何してんだよ」


「んー、沖縄でヤンダラ中」


「沖縄? マジかよっ?」


「マジソヨ」


「意味わかんねーし」


 この沖縄に来ることすら何も告げずに家を出てきた俺。ここに来てから三日目。親からの電話をことごとく拒否ってたせいで、心配になったオカンがマッチョの所に電話を掛けたらしい。とりあえず俺は「一人旅で沖縄に来ている」とだけマッチョに伝えることにした。


「――ま、そういうワケだから、明日にもそっち帰るし心配すんなって」


「分かった。でもな、家には早めに電話してやれよ。お前の母さんかなり心配してたぞ」


「わーった、わーった。そうだ、そんな事より、あの後そっちどうよ」


「どうよって?」


「いや、ほら、ドラム叩けなくてストレス溜まってんじゃねーかなって」


「おう。だからこの間、新しいバンド組んだよ」


「……は?」


「前から大学の仲良い連中から誘われてたんだ。で、『解散したなら是非』ってことでな」


「はぁ。そっか……」


 マッチョの新しいバンド、その名も『キャプチュード』。意味は捕獲するとか捕まえるってことらしく、一度掴んだ客は手離さない音楽を目指すらしい。つーか、電車にドラムスティック忘れる奴が客を捕まえられるのかっつーの。それもバンド解散の一因だったんだぞ。……とは、流石に言えず


「まぁ、良かったじゃん、頑張れよ」


「おう、ありがとう。そう言うお前はどうなんだよ?」


「俺は……」


 その時、俺は嵐の年末年始をコイツに言うのを躊躇った。


「あ、悪いちょっと用事できた。これで切るわ」


 電話を置いて再びベッドに倒れ込んだ。マッチョに今の状況を打ち明けられなかった理由。きっとマッチョも俺と同じように、音楽浪人やっているって思いこんでいた。「二人でやり直さねぇか」なんて言葉を少しばかり期待した俺が馬鹿だった。


 薫も、マッチョも、さっきのシマケンも。それに店長や理恵ちゃんだって、もうどんどん歩みを進めている。今朝見た空の雲にすら乗れなかった俺は、やっぱり今も浜辺でくすぶっている。


「……何やってんだ。俺」


 無意識に俺はベッドから起き上がると、部屋の片隅に横たわっていたそいつを叩き起こす。沖縄までわざわざ連れてきた相棒のギブソン・レスポール。久々にそいつを担いでやると、何だか嬉しそうな音を響かせやがる。


「……酔いつぶれて、……しまいそな」


 相棒を担いでからというもの、何だか色んなメロディと、詞が浮かんでは消えていく。そうだ、俺にはまだコイツがあるんだよ。コイツに乗せて俺は今の俺を表現出来るんだよ。それが俺のロックじゃねーか。


 その夜、俺は久々にギターを弾いた。色んなことを背負い込んだその想いの中で、思いつくままに歌い、奏でてみたのだった。気づけば、相棒を横に爆睡した俺だった。



 ――翌日――


 俺は空港にやって来た。すでに心の準備は整っている。家に帰ってとにかくオカンとオヤジにちゃんと説明して、まずあの町から一歩踏み出す。


「行くぞ。いざ札幌!」


 どこかの通信教育のCMみたいだ。でも、これは教育じゃない。ロッカーとしての生きる道なのだ。……と、カッコよく決めてチケットを買おうとしていた時に携帯電話が鳴った。それはどうにも罰の悪い相手だった。


「……もしもし」


「もしもしっ! アンタどこに居るの!」


 オカンの甲高い声が耳元でつんざいた。俺は適当に話を済ませるつもりでチケットを後回しにし、ロビーの椅子に腰を掛けて話をする。


「……そういうワケだから、今日にも帰るからさ」


「まったく、アンタは何考えてるの! 仕事もしないでブラブラしてるかと思えば、沖縄ってどういうことなのよ!」


「うん、いや、分かったから話は帰ってから……」


 いやいや、この険悪な状態で帰ってからちゃんと話出来るのだろうか。沖縄からやっとドラ息子が帰って来たかと思いきや、「俺、北海道で独り暮らしするわ」なんて、まさにリアル桃鉄な話が心配性なオカンや、ましてオヤジになんか通じるワケないじゃないか。


 このまま家に帰って親と顏つき合わし、この話をするのはかなりヘビーだ……。その時、俺は腹をくくったんだ。


「オカン、ごめん。帰ってから言うつもりだったけど、俺、家を出るわ」


「えっ?」


「あの町に居ても仕事も無いしさ。そのまま家に居たら、多分また迷惑かけるだろうから」


「アンタ、何言ってるの!」


「暫く家に帰らないと思う。……でも、ちゃんと連絡は入れるから。心配しなくて良いから」


 そのまま俺は電話を切っちまった。ダメなんだ。ここでまた家に帰ったら親に甘えそうだった。それに、これ以上失う物なんて無い。もう決めたんだ。


「フーッ。さてと、チケット……の前に」


 延泊の代金は薫には払わせなかった。流石にこの俺でもそれだけは自分自身が許せなかった。思わぬ一泊をしたことで財布の中身が閑古鳥だって事に気づいていた俺は、バッグの中の封筒から補充することにした。沖縄ここに来る前に銀行から引き出した全財産だ。


「……あれ?」


 さっきの電話の最中、傍らに置いたはずのショルダーバッグがそこに無い。


「えっ」


 辺りを見回しても足下に俺の相棒が横たわっているだけ。


「……嘘だろ」


 一気に青ざめた俺が立ち上がりロビーの客を片っ端からチェックする。違う、アイツでもない、アイツも違う。


「……!」


 すると今にも空港のエントランスから外に出ようとする客の中に、似たバッグを持っている男が居た。


「ちょっ、お前!」


 俺は相棒をその場に残し、猛ダッシュでそいつを追いかけたのだった。


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