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-11- 掌の夜

 シマケンのその問いかけに言葉の詰まっている俺を察したのか、薫が助け舟を出してくれた。


「彼も言わばライバルだからね。そんなの簡単に答えられるワケないじゃん」


「ははは、そうですよね、すみません変な事訊いて」


「え? いや。でも、新鮮だったよ。あんまり好んで聴かない音だから」


「あ……。そうなんですか……」


 少し寂しそうなシマケンの言葉。ふと横に居る薫を伺うと呆れた顔でこっちを見ている。ようやく大馬鹿発言を口走ったことに気づいた俺だった。薫、すまねぇ。


「でも、最後までここに残って頂けただけでも僕たちは満足です。デルさんのように、まだ僕らを知らない人達を振り向かせられるようなバンド目指して頑張ります」


「よっ、格好いい。シマケン」


「茶化さないで下さいよ和泉さん」


「いやいや、今のコメントはとても十六には思えないしっかりしたもんだよ」


 じゅ、十六歳? このシマケンが? ということはコイツらまだ高校生かよっ。もう驚かないと思っていた俺が流石にこれには愕然とした。


「じゃあデルさん、また夏にステージで会えるといいですね」


「は? ステージ?」


「頑張りましょう!」


「あ、うん……。頑張ろうな」


 メンバーが次々と俺に握手を求めては、薫にもきちんと頭を下げて楽屋へと帰って行った。ってる音楽は大嫌いだが、最後まで憎めない奴らだ。ともかく、想像も出来ない事がこの数時間で駆け巡り、俺は頭の中を整理することで精いっぱい。彼らが去った後は暫く力が抜け落ちた俺だった。



「ライヴどうだったケタロー?」


 ライヴハウスから帰る車の中、まだ頭の中が混乱している俺をよそに、薫は何だか楽しそうに問いかけてくる。まず山ほど質問したいのはこっちの方だ。


 そもそもコイツは何者なんだ。ライヴハウスはほぼ顔パス、演者には慕われ、おまけにこの車は明らかにレンタカーでは無い。あまつさえ今日の俺の宿代まで出すとか言い出したくらいだ。どうやら金にも全く不自由していないらしい。とにかく薫の今の状況を聞いておきたかった。


「それよりさぁお前……」


「ちょっとはスッキリした?」


「は?」


「今朝聞いた話だと、ケタローって暫く音楽から遠ざかってったみたいだからさ」


「……あぁ、確かにな」


「良かった。ライヴ誘って正解だったね」


「まぁ、多少は気晴らしに……。ってか、そんな事でわざわざ俺を誘ったのかよ」


「そうだよ? 何か問題ある?」


 あっけらかんとした顔で薫はクスクスと笑う。何だ、バカにしやがって。そりゃお前の言うとおり確かに音楽から遠ざかっていた。星占いの責任にして逃げていた。一応、沖縄ココまでギターは持って来たけど、バンド解散以来暫く担いでなかったさ。あぁそうさ!


「やっぱり音楽って良いよね。嫌なことも忘れられるし」


「ん……。まぁ、な」


 とは言ったものの、好きでもない、むしろ嫌いなタイプのバンドの音を聴いてスッキリするわけねーだろ。あんなのにキャーキャー言う奴も、もっと他に聴くモンあるだろ。そうさ、俺があのステージに立ってたらもっとこうガンガンに本物のロックって奴を……。


「……!」


「どうしたの?」


「……何でもない」


 認めたくなかったけど、確実に俺の中で変化が起きていた。アイツらのライヴと、それに熱狂するファンが焼き付いている。俺だって少し前まではああやってステージで自分を表現していた。数じゃ劣るけど手拍子してくれる客だって……。何より応援してくれてる女の子だっているんだ。すると再びあのライヴハウスで感じた悔しさがこみあげてくる。


「あーあ、何やってんだ。俺」


 確実に聞こえているはずのその大きな独り言に、ハンドルを握る薫は何も言わずに前を向いている。俺は結局薫に踊らされているのかもしれない。でも、やっぱりコイツには敵わないようだ。出会った三年前からずっと。


 暫くしてホテル前のロータリーに着いた。よもや、このホテルにもう一泊する事になるとはなぁ。すると、車から降りた俺に薫が運転席側から身を乗り出し話しかけてきた。


「ごめん、ケタロー。私これから仕事あるから」


「仕事? こんな時間からかよ」


「打ち合わせしなきゃいけないからさ。今日はここでバイバイね」


「ちょ、お前イベント会社に就職したんだよな?」


「そうだよ。ま、詳しくはまた機会あったら今度ゆっくりね……。あ、そうだ」


 すると薫はバッグから名刺を差し出した。俺は月明かりに照らされたその名刺に目を通す。


「……株式会社NOW、企画部主任、和泉薫……。しゅ、主任?」


 おいおい、わずか三年でどんだけ出世してんだよ。そりゃまぁ薫は頭もキレるし、行動力あるし、それなりに美人でもあるけどさ……。あ、美人はあんま関係ねぇか。


「ごめんね。明日も見送りは出来ないと思うけど、気を付けて帰ってね」


「オカンかっ。人をガキみたいに言いやがって」


「そ、ならいいけど。その意気その意気」


「チッ、じゃーな」


「バイバーイ」


 助手席のウィンドウが閉まるのを見届けると俺は軽く手を振った。が、再びそのウィンドウが下がり始める。


「……? 何だよ。忘れ物でもした?」


「好きな子の傍で音楽続けたいっていうの、私は嫌いじゃないけどね」


「はぁ?」


「行ってきなよ札幌。それで元気になって音楽続けられるなら。ケタローのギターなら場所なんて関係ないよ」


「お前、何言ってんだ?」


「だから……、札幌行けよバーカ! 大バカ! アホッ! ドアホッ!」


 まぁその顔に似合わない暴言を吐き捨てたかと思いきや、フルスロットルでロータリーから国道へと疾走していく車。俺は何にも言い返すことも出来なかった。それが、あの夜のアイツとダブって見えた。


 何で、三年前に会っちまったんだろうな。今の俺なら、それもこれも受け止められたのにな。それは、やっぱり少し肌寒い沖縄の夜の事だった。


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