それは禁句だって!
酷薄な笑みを浮かべて俺たちに近づいた鬼はかなり大柄で俺の身長の倍近くありそうだった。これなら2メートル近い鉄の針を軽々と持ち上げるのも納得がいく。
「ふはは。男二人で何して――ぐっ」
俺たちに向けて嘲笑を浴びせていた鬼の顔に突如として表れた苦悶の表情に俺は呆気にとられる。
見る間に青ざめ土気色になっていく鬼。俺はますます困惑する。何が起こっている?
「誰が男だぁっ!」
犯人が吼えた。そう朝貴である。どうやら男呼ばわりが腹に据えかねて報復したらしい。
鬼の台詞を中断させたのは高身長故に長くなった弁慶の泣き所への強烈な後ろ回し蹴り。
鬼の顔が青ざめたのは、逃がすまいと足の小指を朝貴が何度も踏みつけたから。
鬼が土気色になったのは、奴が屈んで狙いやすくなった股間をすでに奴が落としていた特大の針で何度も何度も……。
俺は思わず身震いした。実に恐ろしきは女の無知よ。
鬼はもはや自力で立ち上がるも無理そうだ。辛うじて意識を保ってはいるもののこれはトラウマものだろう。二度と針を削ろうなどとは考えまい。
同情と憐憫のまなざしを鬼に向ける。鬼の目にも涙、そう特大の涙が鬼の頬を流れていく。ふと目があった。それはあるいは必然だったのかもしれない。男同士だからこその一体感。鬼の目は雄弁に語っていた。
「この女から助けてくれ、そう言いたいんだな?」
今すぐ実行に移したい気持ちを抑えて俺は聞く。
この一体感は今だけかもしれない。でも良い。だからこそ良いんだ。
鬼はなけなしの力を振り絞って首を縦に振る。そうか、そんなに俺に助けてほしいか。
「朝貴!」
俺の制止に悔しそうな顔の朝貴が振り向く。動きは止まり、俺に泣きそうな顔を向ける。「どうして止めるの?」そう聞きたいはずだ。答えは決まっている。俺が男だからだ。鬼の、奴の痛みが分かるから今は安堵させたい。
「朝貴」
俺はもう一度その名を優しく呼ぶ。
「本場の地獄に住む鬼には温すぎる。懲らしめるならもっと完璧な地獄を見せてやれ」
一瞬キョトンとする朝貴と鬼。すぐに朝貴は自分を取り戻し、言った。
「じゃあ、捻り切りますね」
鬼の顔が絶望に染まる。俺は奴が登場直後に浮かべていた以上の酷薄かつ冷酷な笑みで奴を見下ろし、要求した。
「捻られたくなければ聞かれたことに答えろ」
鬼相手に何しても正当防衛です。