男泣かせで御座います。
不当判決から半日が過ぎた。
地獄はとてもスリリングな所だった。あちらこちらにギネス級の猟奇殺人犯やらがウロウロしているのだ。
探せば謎に包まれた有名人もいるかもしれない。ジャックさんとか、そんなの。
とはいえ、俺は実際に悪事を働いたわけでもない小市民だから、そんな方々とお近づきになるつもりはない。
今だってそこかしこに鬼に懲らしめられたのかも怪しい死体が転がっている。三時間程で復活するらしいけど、事情聴取する気にはならない。ついさっきそれで殺された人がいたし、罰を与えるためとかで痛みは現世の倍になっているそうだから。
「ねぇ」
声がしたので振り向けば、女顔をした美少年がこちらを笑顔で見つめていた。
取り繕った笑みだと誰でも分かる。冷や汗は流しているし、口元もひきつっているのだから分からない奴はバカか閻魔だ。
「ついさっき地獄に堕とされたのだけど、何をすればいいのかな?」
美少年が緊張した面持ちで問いかけてきた。聞こえてくる悲鳴にいちいち反応しては泣きそうな顔になっている。
母性本能をくすぐるタイプか。現世ではその仕草で数多の女を泣かせて地獄に堕ちたと見た。なんて奴だ、女の敵め。男の風上にも置けん。
そもそも俺より美形の男なんて断じて認めない! よし、女扱いしてやる。
そう密かに決めた俺に美少年はさらに笑顔をぎこちなくしながら口を開く。
「あの、どうかした?」
「いや、俺が女の子に声をかけられるとは思ってなかったんだ」
言ってから事の重要性に気が付いた。
ここは地獄だ。ここで殺しをすると一回につき刑期が一年縮む。殺された方は十年伸びるので、殺される弱者は刑期が延びていくばかり。そして事情を知らない俺のようなルーキーは格好の的だ。
もし、目の前の美少年がルーキーの俺を殺そうと考えて近づいたとしたら、今の一言で切れて襲ってきても何らおかしくない。
こちとら喧嘩もロクにした事のない一般市民だ。抵抗はまず、できやしない。
そうして俺は自分の浅はかさを呪いつつ身構える。よし、いつでも逃げ出せる。
戦えなんて言う奴は罵ってやる。このサディスト! 鬼……は遠くで何か削ってる。なんだあれ。
その時、美少年の手が動いた。俺は慌てて鬼から美少年へと視線を移す。
「な、何で泣いてんの?」
目の前で美少年が泣いていた。手を動かしたのは涙を拭うためだったらしい。
というか、俺が泣かせたの?
泣かせたぁ~。いけないんだぁ。(指さして言うのがベスト)