第9試合 練習試合
「雄介、調子はどう」
小田切先生が球出し機を相手にカットをしている俺のところに来て、言った。
「まあ、やっぱりこの腕なので、バランスは前とは違います。攻撃6、守備4とかになると思います。陳衛星選手(※1)のような、バックカット、フォア攻撃的な感じかと」
「そうね、今まではかなり攻撃重視だったから」
小田切先生はひとしきり考えて、
「サーブは?バックサーブ?」
「いえ、今まで通り、フォアサーブ中心にします。8種類くらいは出せるようになったので」
「もう?速いわね」
「一応天堂や早坂、女子の宇都宮にも受けてもらったので、問題はないかと。あと――」
俺は、この間から考えていて、この人にしか言えないことを、言った。
小田切先生が目を見開く。
「あなた――」
「ここまで来たら、やれることは全部やりたいんです」
「……」
小田切先生が、うつむく。そして、顔をあげる。
「否定はしない。でも、肯定もできない。教師として、顧問として、人間として、勧められない。でも、それでもあなたがその道を行く、というなら……」
「できることは、全部します。そのための、相棒です」
俺は肘から先がない、トスをあげるための右腕を見た。
その日の帰り際。制服に着替えて部室を出ると、おずおずと声が聞こえた。
「結城せんぱい……」
声の主は、若松だった。
「どうした?若松」
「あの、一緒に帰ってくれませんか。なんか、人につけられている気がして……」
命の恩人が困っている。
さすがにこれはダメだ。
「おう、いいよ。家まで送るよ。コンビニの横だよな」
「ありがとうございます!助かります」
なんか、向こうの方で女子部員が言っているような気がしたが、なんだろう。
「どうだい、そっちは」
「丸山さんがレギュラー当確みたいです。あとはともり主将、かぐや副主将、うみとうらん、寧音先輩で今度の練習試合は行くそうです」
「練習試合だから試合一回じゃ終わらないだろうし、若松にもチャンスはある。準備しておいたほうがいい」
「はい!そうします」
若松は元気よく返事をした。
明るいいい子だ。
「先輩のほうは……」
「ああ、こっちは今のところ、天堂、早坂、鹿鳴館と大石、影山、俺の予定だ」
「先輩、出るんですか?」
「お試しだよ。廣瀬とかこっちにも活きのいい1年もいるしな」
よかった、と若松がつぶやいた。
「先輩、試合でられるんですね」
「ああ、なんとかなったよ」
そして、躊躇なく俺の右の腕を握った。
「おい――」
「え……?」
「嫌だったりしないのか?その……言っちゃなんだけど、普通の手じゃないじゃないか」
「ちゃんと、先輩の大事な右腕じゃないですか。これがもう少しなかったら、先輩は卓球ができなかった。トスを上げられるこの肘があって、先輩は卓球が続けられてる。――がんばってくださいね」
ちょうど分かれ道のコンビニについた。怪しいやつはいなさそうだった。
「気をつけてな。おやすみ」
「はい。ありがとうございました。楽しかったです」
若松は元気に手を振って、コンビニの近くの自分の家に入っていった。
練習試合は、いつも練習試合を組んでいるすぐ近くの埼玉浦和中央高校。
格上でも格下でもない、ちょうどいい力量の相手。
本番のインターハイ予選を見据えて、今のオーダーがどれだけ機能するか、確かめるための一戦だった。
「第一シングルスは早坂、第二シングルスは影山、ダブルスは鹿鳴館・大石、第四シングルスは天堂……最後は結城でいく」
小田切先生が読み上げたオーダーに、部員たちの間に小さなざわめきが走った。
大将の位置に、俺の名前が入っていたからだ。
これまで、格下相手には天堂や早坂が大将を務めることが多かった。
俺自身、まだ本調子とは言い切れない。
それでも先生があえてこの位置に置いたのは、練習試合のうちに、一度その重圧を経験させておきたいという判断だろう。
1番シングルス、ヒサは危なげなく勝った。
フットワークを活かした粘りで、相手を最後まで振り回し続けた試合だった。
2番シングルス、カゲも安定した内容で勝利。
得意の速攻の表ソフトに、時折まじる裏面カット気味の攻撃。危なげなく勝利をもぎ取った。
3番のダブルス、ロクと大石は、序盤こそ苦戦したものの、鹿鳴館の変化と大石の回転が噛み合い始めると、一気に流れを持っていった。
このときのロクはいつもどおり、静かなまま。
豹変するのは、本番だ。
4番、天堂。両面ドライブで押し切る、いつも通りのスタイルだった。
相手のブロックを崩し、粗くなったところを叩く。
相手の粒高との相性が悪く負けてしまったが、それでも十分な収穫だった。
ここまでで、3勝1敗。もう団体戦としての勝敗は決していた。
だが、5番、俺の試合は、消化試合にはならなかった。
相手の選手は、事故前も当たったこともある選手だったが、さすがに俺の右腕を見てぎょっとしている。
しょうがない。これが、当然の反応だ。
サーブから、丁寧に拾い、拾い、拾い続ける。
時折見せるバックハンドカットとループドライブが、相手の呼吸を狂わせる。
事故前の圧倒的な攻撃力とは違う、けれど確かに、俺のプレーが戻ってきたのを感じた。
最後は、粘り切っての勝利だった。
「結城!」
思わず、天堂の声が出た。
ベンチに戻ってきた俺は、いつも通りの顔をしていたつもりだったが、少しだけ息が上がっていた。
大将としてのプレッシャーを、初めて最後まで背負い切った証拠だった。
「どうだった、大将は」
天堂が聞くと、俺はは少し考えてから
「思ったより、重かった。でも、悪くない重さだった」
その言葉に、小田切先生が横で小さく頷いているのが見えた。
4対1の完勝。
数字だけ見れば、危なげない結果だった。
だが、この試合が確かめたかったのは、勝敗以上のことだったと思う。
俺が、大将という場所に立てるかどうか。
答えは、もう出ていたのかもしれない。
※1 実在のカットマン。中国出身でオーストリア国籍を取得し、カットマンの主軸となる「バックカット・フォアドライブ」の原形を築き上げた選手。裏面はカットのために裏ソフトを使用しているが、粒高も表面に使用しており、器用に攻撃もこなす、最強のカットマンとの呼び声も高い選手。実はオーストリアの正式な軍隊に所属している軍人であり、現役時代は粗暴な言動も見られた。




