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第15試合 デート?

「若松、頼みがあるんだけど」

5月を目前に控えた放課後、練習が終わったところで、結城先輩に声をかけられた。


「なんですか? 何かありましたか? せんぱい」

「ラバー、バック側を変えようと思ってて。小田切先生に、若松に聞いたらどうかって。時間があればちょっと買い物付き合ってほしい」


一瞬、頭の中が真っ白になった。

「え?わたし、ですか?」

「戦型似てるから、参考になるだろって。カットマンとして、意見欲しい」


心臓が早鐘を打っている。

周りのうらんとかともり先輩とかがニヤニヤしているのがわかる。

でもこのチャンス、逃したくない。


「分かりました。わたしでよければ、いつでも」

「じゃあ、明日の土曜の午後2時。いけるかな?時間はずらす――」

「だいじょうぶです!」


だいぶ、普通の顔を保てたはずだ。


その夜。

「うらん……助けて~」

おしゃれ番長・うらんに電話をすると、うらんがすぐに出てくれた。


「やっぱり来ると思ってたよ。そりゃあ、困るよねえ。デートだもんねえ」

「デートじゃない! 一緒にラバー選んで買いに行くだけだもん!」

「あのね、わか。一緒に時間を決めてどこかにいくのを『デート』って言うのよ」

「なんでそんなプレッシャーかけるの~」


可哀想になったのか、うらんはいったんやめた。

「えーと、肩を出せるオフショルの服はある?」

「オフショル……? これ……とかかな」


スマホの画面に写真とともに見せる。

お気に入りの紺色のオフショルダーの服。今の時期でも困らない。


「OK。上に羽織るものとはある?」

「えーと、これとかこれとか……」

「えっと、白のやつ。薄いパーカー系。それでいこう。で、わか、肩紐付きのアンダーって持ってる? ブラトップでもいいんだけど」


「うん、こんな感じのでいいの?」


ユ◯クロで買った、肩紐を見せる感じ。

誰かに見せる意味で買ったんじゃないけど……をうらんに見せる。

「うん。いい感じ。肩紐は先輩に、『絶対に』見せてね。フェミニンな感じ!」

「え??せんぱいに見せるの?――恥ずかしいよ……」

「せっかくのチャンスなんだから攻める!このままじゃ『可愛い後輩』のままだよ!」

「はぁい……緊張するなあ」

「ボトムスはこの前わたしと映画に言った時のでいいと思う」

「短くない? 大丈夫かなあ?」

「おしゃれ番長のうらんさんを信じなさい!!」


こうして、薄手のオフショルダーに肩紐出しのパーカーと、フェミニンなスカートの、若松和奏ができあがった。


--------------------------------


土曜の昼過ぎ。いつもの卓球用具店「ラバーハウス」に向かった。待ち合わせ場所は最寄り駅。

「あ、おう。若松、ありがとな」

「こんにちは。少し早かったですか?」

「うん、時間はいいんだけど……なんか、全然制服のときと印象ちがうのな。びっくりした」

「はい!――意外性を追求しているので!」


何を言ってるんだ、と自分でも笑ってしまった。


でも、印象が違うと言われて、ものすごく嬉しかったのは内緒。

さすがうらんだ。


用具店に行く途中に雑談。

「バック、どんな感じにしたいんですか」

「フォアで攻めて、バックはしっかりカット。古いけど、陳衛星(※1)選手みたいなスタイル目指したくてな。今まではほぼ攻撃で、凌ぐ時だけカットだったけど、今の俺の腕ではそうはいかないから。若松なら、そのへんのバランス、わかるかなって」

「そうでしたか。なるほど……」


「ラバーハウス」で、棚に並んだラバーを、一つずつ見ていく。

「バックカット専用なら、スポンジは薄めのほうがいいと思います。回転量より安定感重視で。私が今使ってるのは、これです」


私は、自分のバッグから練習用のラケットを取り出して見せた。

「粘着というほどじゃないけど、それなりに食いつきのいいタイプです。深く切るのは得意だけど、逆に速いドライブを受けたときの安定感も欲しいなら、こっちの厚さのほうが向いてるかも」


結城先輩は、私の説明を、一言も聞き逃さないという顔で聞いていた。

カットマンとしての意見を、こんなにまっすぐに求められたのは、初めてだった。


「若松、詳しいな、ありがとう」

「先輩ほどじゃないです。わたしがカットをはじめたのは中学3年ですから」

「いや、フォアドライブ・バックカットの経験は俺より若松のほうがずっと長いだろ。俺は中1のときはほとんどカットしてなかったぞ。バックカットに関しては素直に頼りにしてるから、助かるよ」


その一言に、頬が熱くなった。

「あ、ありがとうございます……」


結局、私が勧めた厚さのラバーを、先輩は迷わず選んだ。

レジで会計を済ませる先輩の後ろ姿を、私はぼんやりと見ていた。


店を出たあと、先輩がぽつりと言った。

「いや、本当に助かった。カット主戦型は光栄(うち)には俺と若松しかいないからな。今度、試打してみて、また意見もらっていいかな」

「はい、いつでも大丈夫ですよ!」


結城先輩は、ちょっとだけ口ごもって、言った。

「あの……セクハラとーかになったらゴメンな。なんか今日――、いや、今日だけじゃないんだけど……何いってんだ……悪い。あの……若松すごく可愛かった。制服じゃ……うーん、良い言い方がわからないんだけど、純粋に可愛かった。おしゃれしてくれてたのかな。頼りにしてる相棒が、2人になった感じだ。これからも、よろしく頼むな」


そう言った先輩に、私は何と返せばいいか分からなかった。

相棒、という言葉が、思ったより胸の奥に残った。


多分ひとつは、肘から先が欠損した右腕。

そして、それに見合う存在になった『かもしれない』わたし。


夕方の空を見上げながら、私は、今日という日を、もう少しだけ長く覚えていようと思った。

※1 フォアドライブ、バックカットというスタイルは現代卓球においてカットマンの主流となっている、その先駆けともいえる、中国国籍、オーストリアに帰化した選手。粒高での変化プレーとブツ切れカットで相手を苦しめ、相手がカットに対応できずに少しでも甘いドライブやストップで繋いでくると攻撃型選手並の強烈なドライブ攻撃で息つく暇も与えない。 また、独特の横に引くようなプッシュや反転ドライブも得意である。

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