5 観察対象の分類
とある日の午後。
幸一は近所のスーパーに入った。
自動ドアが開き、店内の暖気に総菜の匂いが混じって流れてくる。
カートを押す人、買い物かごを抱えた人、子供連れの親。
日常の雑踏だった。
幸一の目的は、買い物ばかりではない。
むしろ買い物の方がついでである。
見回すとレジの列の一つに、ソラが立っていた。
青いエプロン姿で、髪は後ろで束ねている。見た目は特に目立たない。どこにでもいそうな店員だ。
(あれが宇宙人の観察端末の姿かあ?)
ちょっとそうは見えない。
幸一は少し離れた棚の陰から様子を見る。
「いらっしゃいませ」
ソラが客に対応していく。
客がかごを置く。商品が次々と読み取られていく。
弁当、飲み物、パン。
手の動きは迷いがなく、会計の流れも速い。袋詰めまで含めて無駄がなかった。
(速いなおい……)
まるでロボットであるが、実は宇宙人なのである。
次の客。
また次の客。
列の進み方が、隣のレジよりはるかに速い。
(高性能だからか?)
だとしたら少し、無駄に高性能だとも思う。
後ろに並んでいた親子連れが言った。
「この列、速いね、ラッキー」
「ほんとだね」
これはこれで、社会に適応しているのか。
レジ作業だけで判断するのは、それこそ早計であろうが。
そのとき親子連れが来た。かごには菓子が多い。
子供がレジ横の棚を指さす。
「これもほしい」
ガムだった。
母親が言う。
「だめ。今日はもう買わない」
子供は少し不満そうな顔をする。
ソラは会計を続けながら、ほんの一瞬その子供を見た。
視線は短い。だが確かに観察している。
(見てるな……)
何事もなく会計が終わる。
親子は袋を持って去っていった。
ソラの視線は一瞬だけその背中を追った。
次の客。
さらにその次の客。
だが幸一は気づいた。
親子連れが来るたびに、ソラの視線がわずかに向く。子供。親。会話。
(観察対象か?)
単独ではなく、複数でレジを通る人間。
しばらくして幸一は店内を歩き始めた。
牛乳、もやし、乾燥パスタ。かごに入れながら棚の間を移動する。
その途中で声がした。
「幸一さん」
振り向くとソラが立っていた。
エプロンは外して腕に掛けている。
「……休憩か?」
「はい」
幸一は少し驚いた。
「よく俺がいるって分かったな」
「入口から確認していました」
かなり驚いた。
「……最初から?」
「はい」
ソラは言った。
「幸一さんは入口付近から棚三列分移動しました」
そこまでは事実。
「観察の精度は低いです」
これがソラの感想らしい。
「別に観察してたわけじゃないぞ」
「ではストーカーですね」
ちょっと待て。
だがこれはどうやら、ソラの冗談のようであった。
(人間らしくなってるのか?)
そのあたり少し、まだ判別はつかない。
幸一は肩をすくめる。
「アルバイト、合理的だな」
「はい。収入を得られます」
「それは分かる」
金がないと色々と困る。
「さらに」
ソラは少し、声を潜めて言った。
「人間の行動を観察できます」
「レジで?」
「はい」
宇宙人の悪だくみだ。
「特に幼体です」
「子供?」
「はい」
ソラは続けた。
「人類の文明は長期的に成長しています」
「しかし個体は短期間で更新されます」
「つまり人類は」
「未完成の個体を大量に生成し続ける文明です」
「言い方がひどいな」
「事実です」
ソラは淡々と続ける。
「幼体は欲求を直接表現します」
「まあそうだな」
「成体はそれを抑制します」
「それが我慢を覚えるってことだ」
「しかし行動は予測が困難です」
「つまり?」
「興味深いです。可能であれば出生時から長期間の観察も望みます」
「そりゃあ、さすがに難しいよな」
ならば、保育士などにでもなればいいのでは。
(いやいや、それはやばすぎるな)
ソラのこの行動のずれ。
乳児や幼児に対して、果たして適切な行動が出来るのか。
(ガキンチョってのはだいたい、パターンから外れたことしでかすしな)
観察するソラは、むしろ対応が遅れるのでは。
その思いを振り払い、幸一は少し考えた。
「宇宙人の観察端末ってわりには、人間っぽいな」
ソラは言う。
「私の行動は人間の脳を使って行われています」
なぜかまた自慢げであった。
「この瞬間にも人間に近づいています」
「ネットワーク接続してるんじゃなかったのか?」
「接続は可能です」
「なんでじゃあしないの?」
「人間社会では個体で可能な範囲の能力に変化する方が自然です」
「なるほどな」
「ですが」
ソラはまたも得意げに言った。
「私の知能は人間平均を大きく上回って作られています」
(やっぱり性能アピールするんだな……)
少しの沈黙。
その後ソラが言う。
「休憩時間は終了まで三分です。仕事の継続に入ります」
「正確だな」
「体内時計を使用しています」
ソラはエプロンを着け直した。
「では観察に戻ります」
そう言ってレジの方へ歩いていく。
(仕事じゃなくて観察なのか)
幸一はその背中を見送った。
少し考える。
未完成の個体。
欲求をそのまま言う存在。
(子供、か……)
ソラはたぶん、また観察する。
レジだけでは足りない。もっと自由に動く場所で。
(そのうち公園とか行きそうだな)
それはいい。それはいいが。
(まさか誘拐なんかしねーよな……)
宇宙人の倫理観に思いを馳せる幸一であった。
レジに戻ったソラは、次の客のかごに手を伸ばす。
バーコードを読み取る。袋詰め。会計。動作に揺らぎはない。
同時にネットワークに接続。
フィードバックと最適化をさらに強化する。
視界に入った個体を識別。
過去の来店履歴と照合。
一致率、98.7%。常連客と判定。
購入内容を記録。
時間帯、商品構成、数量の変動を比較。
生活パターンを更新。
別の個体。
挙動に不一致。
視線の移動頻度、手の動き、商品配置。
過去データと照合。
万引き未遂の可能性、32%。
監視を継続。
必要であれば店員への通達を実行。
処理は並列で進行する。
手は止まらない。
「いらっしゃいませ」
音声出力は安定している。




