表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ帰りに宇宙人を拾った  作者: 草野猫彦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

4 結末は保留

 昼過ぎ。

 幸一は都内の小さな喫茶店にいた。

 駅前の雑居ビルの二階、漫画家と編集が打ち合わせによく使う店だ。コーヒーの匂いと古いエアコンの風が混ざっている。

 向かいには担当編集の佐伯が座っていた。

 こうやって直接会って、画面越しではない会話をする。

(非言語コミュニケーションか)

 ついで食事を奢ってくれたりもする。


 幸一はタブレットをテーブルに置く。

「新しいネームです」

 佐伯は軽くうなずき、指で画面をスクロールし始めた。

 編集はいまだに紙で読む人間が多いらしいが、佐伯はどちらでもいいという。

 読む速度は速いが、ときどき指が止まり、コマを戻す。

 幸一はその間コーヒーを一口飲んだ。カップを置く音だけが少し大きく聞こえる。


 画面の漫画は大学生が主人公だ。安アパートで一人暮らしをしている。そこに宇宙人を名乗る女が転がり込んでくる。

 ページの中で、大学生が冷蔵庫を開ける。

「昨日買ったプリンがない」

 すると女が言う。

「私が栄養バランスを最適化しました」

「食ったのかよ」

 また違うページ。

 女が炊飯器を分解している。

「電力の熱変換を最適化します」

 そんな調子の日常コメディだ。


 しばらくして佐伯が顔を上げた。

「キャラはいいですね」

「キャラ?」

「この女の子。宇宙人なのにちょっとポンコツで、でも妙に自信満々で」

「ポンコツ……」

 言われてみるまで、そう思わなかった。

(天然だと思ってたし、本当に宇宙人だし……)

「読者は好きだと思いますよ」

 佐伯はタブレットを軽く叩く。ここまではお褒めの時間。


「ただ」

(そら来た)

 幸一は身構えた。

「オチが弱いですね」

「弱いですか」

「うん。悪くはないんですけど」

 ページを少し戻す。

「ここまで積み上げて、最後が弱い」

 最後のページでは大学生が困り顔で、女は得意げにしている。

 佐伯は言う。

「この三コマ、同じ情報なんですよ」

「同じ?」

「主人公が困る、女が気にしてない。それが続くだけ」

 指で順にコマを叩く。

「ここで状況が一段変わればオチになります」

「……」

「日常系でも最後は落としたいですね」

 タブレットを返しながら言った。

「キャラは武器になりますよ。でも――」

「オチをもう一段?」

 佐伯は頷く。

 幸一はネームを見ながら思う。

(まあ……)

 確かに。

(まだ現実がオチてないしな)




 夕方。

 四畳半の部屋。

 ちゃぶ台の上にタブレットを置き、幸一はネームを眺めていた。ペンを持っているが動かない。

「オチか……」

 最後のページを何度もスクロールする。

 主人公が困る。女が自信満々。それで終わり。

 確かに弱い。

「どうするかな」


 そのとき玄関のドアが開いた。

「ただいま戻りました!」

 やけに元気な声だった。

 幸一は振り向く。

「お帰り」

 ソラが立っている。妙に姿勢がいい。声の張り方も、いつもより芝居がかっている。

(帰宅のパターンが今日は違うな)

 幸一は思った。

「今日はずいぶん元気だな」

「帰宅時の挨拶は重要です」

「昨日までそんなこと言ってなかっただろ」

「改善しました」

「急に改善するな」

 これは、ポンコツだったのか。


 相変わらず遠慮なしに覗き込んでくる。

「何をしているのですか」

「ネーム」

「マンガの設計図ですね」

「そう」

 幸一はタブレットを向けた。

「ちょっと見てくれ」

 ソラはちゃぶ台の向こうに座り、画面を見る。


 ページをめくる。大学生の主人公。そこに同居する妙に自信満々な女。

 数ページ読んで、ソラの動きが止まった。

「これは何ですか」

「だからマンガ」

「違います」

 ソラは画面を指差す。

「この人物」

「うん」

「明らかに私がモデルです」

 幸一は肩をすくめた。

「宇宙人だからな」

「つまり私を題材にしています」

「まあそうなる」

 ソラは断言した。

「これは侮辱です」

「え」

「このキャラクター」

 画面を叩く。

「能力が著しく低いです」

「ポンコツキャラだから」

「私はこのような欠陥個体ではありません! 観察端末としての性能評価を著しく誤っています!」

(え、怒ってる? でも……)

 自覚がないのか。

 彼女の評価軸ではそうなのだろう。


 さらにページを指す。

「それに、ここ!」

 宇宙船の通信が不安定になり判断が狂う回だ。

「宇宙船が地球の影に入るため性能が低下する」

「そうそう」

 ソラは言った。

「その程度で性能は落ちません」

「落ちないのか」

「当然です」

「マンガなんだよ」

「誤りです」

 ソラは怒っていた。

 少なくとも幸一にはそう見えたし、間違いではないと思う。


 幸一はネームを見た。

 そして思った。

(……宇宙人なんだよな、こいつ)

「編集に言われたんだよ」

「何をですか」

「キャラはいいけどオチが弱い」

 ソラは少し考えた。

「オチ」

「最後が弱いらしい」

「分析します」

 ソラはネームをじっと見た。

 おそらくとても真摯な眼差しだった。


 幸一は少し期待した。

(宇宙人の分析なら、何か出るかもしれない)

 一度スキャンするように、全ページを閲覧。

 そしてソラはネームを指さしながら言う。

「まず構造」

 ページを指す。

「この三コマは同じ情報です」

 指摘。

「主人公が困る」

 次のコマ。「キャラクターが自信満々」

 次のコマ。「また主人公が困る」

 もう妙に冷静な顔に戻っていた。

「状況が変化していません」

 ソラは言った。

「ギャグが予測可能です」

 幸一は顔をしかめた。

(でもギャグとは分かるのか)

「結果として読者の期待を超えていません」

「つまり?」

「編集の指摘は妥当です」

 幸一は天井を見た。

「……」

 宇宙人でも、言うことは編集と同じだった。


 しかし。

 幸一はもう一度ネームを見る。

 最後の三コマ。

 同じ状況。

 同じ関係。

「……いや」

 幸一はペンを持った。

 もし。

 オチが弱いのではなく――。

(落とさないこと自体をオチにするなら?)


 宇宙人と暮らしている。

 彼女はアルバイトもしている。

 偽履歴書まである。

(経歴詐称は立派な犯罪だな。人間にとっては)

 現実の方が、すでに十分おかしい。

 幸一はネームの最後のコマを見て、小さく笑った。

「これでいいかもしれないな」

「よくありません。修正を求めます」

 ネームは改善したが、ソラは納得しなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ