2 宇宙人らしい
「実は私は宇宙人なのです」
幸一はしばらく黙っていた。
「実は私は宇宙人なのです」
「うん、二度は言わなくていいから」
わずかに頭痛がした。
「……そうか」
女は真顔で頷いた。
「はい」
「なるほど」
「はい」
数秒の沈黙。
「……」
「……」
幸一は額を押さえた。
「ちょっと待ってくれ」
「はい」
「宇宙人っていうのは、つまり……宇宙から来た知的生命体って意味で言ってる?」
「概ねその理解で問題ありません」
「どこの星?」
「地球人にその情報を与えることは出来ません」
「なるほど」
幸一は机の上のペンを指で転がした。
「じゃあ次の質問」
「はい」
「君は宇宙人が人間に……変装?でもしたものなのか?」
女は少し考えるように視線を上げた。
「構造上は完全に人間です」
「え?」
「地球上での活動のために、この遺伝子調整を行った肉体が作られました。また、ネットワークに接続されています」
「ネットワーク?」
「はい。マザーとの情報共有のためのものです」
「……つまりサイボーグとかじゃなくて?」
「機械部分はありません」
「完全に人間の体?」
「はい」
「ネットワークにはどうやってつながってるの?」
「有機機械です。地球人の科学力では解析できません」
「なるほど……ややこしいな」
幸一はしばらく彼女を見た。
「じゃあ証明できる?」
「証明?」
「君が人間じゃないって」
女は少しだけ首を傾げた。
「人間が出来ない速度の計算などを行うことは可能です」
「じゃあやってみよう」
幸一は言った。
「347掛ける、829は?」
「287663です」
間髪入れず返ってきた。
幸一はスマホを取り出し、電卓を叩く。
表示された数字は同じだった。
「……」
「どうでしょう」
「いや」
幸一は肩をすくめた。
「そういう特異能力者、世の中にいるからな」
彼女は少し考え込むように黙った。
「では別の方法を提示します」
「うん」
「質問してください」
「質問って? たとえば人間がまだ知らない、科学現象とかそういうの?」
「いえ、それでは貴方が検証出来ません」
「そりゃそっか。じゃあ……検索すれば分かるけど、普通は知らないようなドマイナーな知識とか?」
「はい。それが適切だと思います」
幸一は少し考えた。
ネットで調べれば出る。
だが普通は知らないこと。
そういうものを一つ思い出す。
「じゃあ……」
幸一は言った。
「1978年のボイジャー探査機に積まれてたゴールデンレコード」
「はい」
「収録されてる地球の音声の数」
「55です」
「……」
「また、日本語の挨拶は“こんにちは。お元気ですか?”です」
幸一はスマホを取り出した。
検索する。
数秒後、画面を見て小さく息を吐いた。
「……合ってる」
それに彼女は、聞いていないことまで答えていた。
女は静かに立っている。
「他にも質問しますか?」
「いや」
幸一はスマホを机に置いた。
沈黙。
部屋の中は静かだった。
暖房の音だけが小さく鳴っている。
(……本当か?)
ありえない話だ。
宇宙人。
……いや、宇宙人が作った端末か。
結局宇宙人でいいのか?
(ややこしい!)
こんなものを、信じるのか?
正常とは、とても思えないだろう。
――だが。
目の前の女は、さっきから一切ふざけていない。
それに――。
(もし本当だったら)
幸一は小さく笑った。
(いや、ありえねえだろ)
だが同時に思う。
(でもまあ……)
人生、たいしてうまくいっていない。
漫画はまだ売れていないし、金もない。
夢と不確定な未来だけがある。
そんな自分のところに。
もし本当に、宇宙人が転がり込んできたとして。
(別にいいか)
そう思った。
幸一は女を見た。
「それで」
「はい」
「君は何しに地球来たの?」
彼女は少しだけ部屋を見回した。
本棚。
机。
タブレット。
「調査です」
「何の?」
「人間の想像力です」
幸一は眉を上げた。
「想像力?」
「はい。たとえば」
彼女は机の画面を指した。
「あなたは物語を作っています」
「マンガだけどな」
「それでも同じです」
「……」
「現在の科学文明以上の世界を想像できる地球人を調査しています」
幸一は少し笑った。
「それでマンガ家?」
「母数が多く影響力の高い想像力の職業だからです」
女は続けた。
「あなたの作業を観察することで、人間の思考過程を理解できます」
「なるほど」
「代わりに、私はあなたを支援できます」
「支援?」
「情報処理、計算、資料検索などです」
幸一は腕を組んだ。
「つまり」
「はい」
「マンガの手伝いをするから」
「はい」
「人間を教えろってこと?」
「その通りです」
幸一はしばらく黙った。
机のネームを見る。
止まったままのコマ。
それから彼女を見る。
宇宙人。
……現実的に考えれば、違うはずである。
でも、もし本当だったら。
(まあ、ネタの元にはなる、か?)
悪い話ではない。
……だが現実は非情である。
(金かかりそうだよな)
一人でカツカツの生活で、もう一人を養うことは出来ない。
「わ――」
「それと、生活のサポートを」
「うん?」
「掃除、洗濯、料理、あとは生活費の折半」
「おお」
「あとは夜のお相手を」
「いやそれはいい」
なんだか少し、逃げ道をふさがれた気もした。
だが胸を張るその姿に、毒気を抜かれてしまった。
ため息をつく。
「いいよ」
女は少し目を見開いた。
「いいのですか」
「どうせ俺一人だし。……つーか生活費の折半はマジ助かる」
ワンルームであるのだが、東京の家賃は高い。
幸一は肩をすくめた。
「それに」
「それに?」
「面白そうだ」
女は数秒黙った。
それから小さく頷いた。
「契約成立ですね」
「大げさだな」
幸一は立ち上がった。
「とりあえず今日は寝ろ」
「はい」
「ベッド使っていい」
「ではあなたは?」
「俺?」
幸一は机を指した。
「仕事」
本当に仕事になるのかは、まだ行方も見えていない。
ベッドに向かい、横になる彼女に、幸一は声をかける。
「大事なことを忘れてた」
「なんでしょう」
「君の名前は?」
「ソラです」
宇宙からやってきたから、であろうか。
「戸籍登録名は鈴木空となっています」
「準備万端だなおい」
誉められたと思ったのか、ソラは得意げに笑った。
「俺は田辺幸一」
「はい、記憶しました」
名前の交換は、速やかに終了した。
数分後。
静かな寝息が聞こえ始める。
(人間の体なら、そりゃ睡眠も必要か)
幸一はタブレットを見つめた。
止まっていたネーム。
ペンを持つ。
(宇宙人か)
苦笑する。
(まあいい)
カーテンの外は、まだ真夜中だった。
(とりあえず……)
幸一は思った。
(布団、買わないとな)
そしてネームの続きを流暢に描き始めた。




