表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コンビニ帰りに宇宙人を拾った  作者: 草野猫彦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/4

1 やべー女を拾った

 タブレットの画面を、田辺幸一はしばらく睨み続けていた。

 並べた台詞に、コマ枠だけ並んだネームのデータ。ペンは止まったままだ。

「……ダメだな」

 小さく呟き、椅子の背にもたれた。

 モニターの隅に表示された時刻は、午前二時を回っている。


 こういう時は考えても無駄だ。

 ネームが詰まったら一度席を離れる。それはもう、体で覚えている。

 タブレットをスリープにして、幸一は立ち上がった。

 机の横にはノートPC、液晶タブレット、外付けHDD。リモート作業のための機材が一通り揃っている。マンガ家志望の部屋としては、かなり普通の光景だ。


 コートを引っかけて外に出た。

 冬の夜は静かだった。

 住宅街の道を歩きながら、頭の中ではさっきのシーンがまだ回っている。

 主人公が屋上で告白する場面。

 そこまでは決まっている。だが、その次の一言が出てこない。

(才能……はある。絶対値が足りないだけで)

 この分野には天才が、掃いて捨てるほどいるのだ。


 大学時代に一度賞を取った。

 あの時は、このままプロまで行けると思っていた。

 現実はそうならなかった。

 在学中に連載などは取れず、卒業して就職。

 仕事をしながら描こうとしたが、会社というのはマンガを描く余裕をほとんど残してくれない。


 結局、辞めた。

 今はマンガ家のアシスタントをしている。

 普段はリモートで指定の絵を描き、相手によっては出張までして現場作業。

 生活はぎりぎりだが、時間はある。

 その時間を全部マンガに使っている。




 コンビニの自動ドアが開いた。

 暖房の空気に少しほっとする。缶コーヒーとチョコを持ってレジを済ませ、外に出た。

 冷気が頬に刺さる。

 そこで気づいた。

 入る時には気づかなかったが、駐車場の端に人影があった。

 ごみ箱の隣に座り込んだ、若い女だった。

 街灯の明かりから少し外れ、コートも着ていないように見える。


 幸一は視線を逸らして歩き出した。

 深夜のコンビニ前の人間には、関わらない方がいい。

 だが、数歩進んだところで足が止まった。

 ……寒くないのか。

 振り返る。


 女は二十歳前後に見えた。

 美人というほどではないが、妙に自然な顔立ちだった。

 整っているのに特徴が薄い。

 それでも、なんとなく可愛らしい。

 違和感があって、だからこそ目が引き付けられた。


 街灯の下で、こちらを見ている。

 視線が合ってしまった。

 幸一は小さくため息をついた。

「……寒くないの?」

 女は少し考えるように首を傾げた。

「寒いですね」

「だよな」

「でも大丈夫です」

「大丈夫そうには見えないけど」

 女は数秒、幸一を観察するように見た。

「あなたは親切な人ですか?」

「いや、普通だと思う」

「普通の人は声をかけませんでした」

「……それはそうかもな」

 幸一は頭を掻いた。

「帰る場所とかある?」

「今はありません」

「今は?」

「はい」

 よく分からない答えだった。

 それでも、さすがにこの寒さで外に立たせておくのも気が引ける。


 自分の部屋に呼ぶ危険、たとえば美人局。

 年齢的にはおそらく、成人はしているだろうが。

 他の諸々も考えたが――。

(どうせ失うものなんて、たいしてねーじゃん)

 軽いほどに身軽なのだ。

「俺、近くに住んでるんだけど」

 女の視線が少し動く。

「とりあえず来る?」

「はい」

 迷いのない返事だった。

「早いな」

 女はそのまま幸一の後ろについて歩き始めた。

 ――やっぱ軽率だったか?

 そう思いながらも、幸一はアパートへ戻った。


 


 部屋のドアを開けると、女は静かに中を見回した。

 四畳半。

 本棚。

 作業机。

 PCと液タブ。

 そしてシングルベッド。

「ここがあなたの作業場所ですか」

 作業場所?

「まあ、そんな感じ」

 幸一はコートを脱いで椅子に座った。

 タブレットを起動し、さっきのネームを開く。


「風呂は溜まってないけど、シャワー使っていいよ。新しいタオルは引き出しの中、着替えは……男物でよければ、引き出しの中に新品あるし」

「ありがとうございます」

 女は素直に風呂場に向かった。

(え、なんか素直すぎない?)

 そう思いながらも、目の前の課題に向かう。

 こういう時の方が、なぜか集中できてしまう自分がいる。


 気付けば背後で、女が歩き回る気配がした。

「マンガを描いているんですね」

「……うん。まだ連載はないけど」

「職業ですか?」

「……バイトに毛が生えた程度かな」

 女は机の横に立ち、画面を覗き込んだ。

「これが物語の設計ですか」

「ネーム」

「興味深いですね」

 女の顔が近い。

 距離が、思ったより近い。

「……ちょっと近くない?」

「そうですか?」

 彼女は少しだけ体を引いた。

 だが、そのまま机の端に腰を預ける。


 脚が組まれ、健康そうな太ももが強調されてくる。

 無意識の動きのようだった。

(いや、こんなものが無意識のはずねーだろ!)

「人間の男性は、この距離で女性がいると集中力が落ちる傾向があります」

「……今まさに落ちてる」

「すみません」

 そう言いながらも、彼女は特に離れない。

 むしろ少し体を傾け、幸一の画面を覗く姿勢になる。

 少し濡れた髪が肩から滑り、かすかに甘い匂いがした。

(そっかドライヤーないから……いい匂い……じゃなくて!)


 幸一は咳払いをした。

「えっと」

「はい」

「そういう……あれじゃないから」

「どういう意味ですか?」

「いや、その……」

 幸一は言葉を探した。

「泊めるのはいいけど、別に対価とかいらないから」

 女はしばらく黙っていた。


 それから、少しだけ考える顔をする。

「人間の社会では、見知らぬ女性を自宅に招く場合、性的な期待が伴うことが多いと記録されています」

 変な女だ。

「そういうデータは忘れていい」

「あなたは違うのですか?」

「違う」

「では、あなたは純粋な善意で私を保護した?」

「まあ……そうなる」

 女は小さく頷いた。

「理解しました」

「本当に?」

「はい」

 それから姿勢を正した。

「では説明します」

「説明?」

 女は幸一をまっすぐ見た。

 なぜか胸を張り、腰に手を当てて。

「実は私は宇宙人なのです」

 幸一はしばらく黙った。

 それから思った。

(あぶねー女の子だった!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ