第7話 伝わるという危険
ロウの怪我は、幸い致命傷ではなかった。
だが、治療室で脚を固定され、「しばらく潜れない」と告げられた瞬間、彼は目を伏せたまま動かなかった。
「……悪いな」
俺に向けられた言葉は、小さかった。
「違う」
俺は、即座に否定した。
「判断を遅らせたのは、俺だ」
言い切ってから、胸の奥がざわついた。
責任を引き受ける覚悟はある。だが、それが正しいかは分からない。
ミラは、二人のやり取りを黙って聞いていた。
包帯の状態を確認し終えると、ようやく口を開く。
「ロウは休養。しばらく、第一階層は私とリオだけ」
「……分かった」
ロウは、悔しさを飲み込むように頷いた。
治療室を出たあと、俺はギルドの廊下で足を止めた。
人の気配が、いつもより多い。
「……第一階層で、事故があったらしい」
すれ違った探索者の会話が、耳に入る。
「新人パーティだって」
「音、立てなければ安全って聞いたのに……」
心臓が、嫌な音を立てた。
俺は、ミラを見る。
彼女も、わずかに眉をひそめていた。
「……聞いた?」
「ええ」
ミラは短く答える。
「嫌な流れね」
ギルドの掲示板の前には、人だかりができていた。
簡易的な事故報告。第一階層。負傷者二名。死亡者一名。
――音を立てなければ安全。
その一文が、書かれてはいないのに、浮かび上がってくる。
「……誰が、そんなことを」
俺が呟くと、背後から声がした。
「それ、あなたたちの話じゃない?」
振り向くと、セラがいた。
相変わらず飄々とした表情だが、目は笑っていない。
「昨日、酒場で聞いたわよ。第一階層は音に気をつければ大丈夫、って」
「……」
「詳しい条件は、抜け落ちてたけどね」
血の気が引くのを感じた。
俺は、ノートを握りしめる。
「私が広めたわけじゃない」
セラは、先回りするように言った。
「でも、あなたの話を聞いた誰かが、誰かに話して……そうやって情報は流れる」
ミラが、静かに口を開いた。
「結果、誤解された情報で潜って、死者が出た」
「……はい」
喉が、ひどく乾いた。
俺のノートは、誰かを救うためのものだった。
なのに――
「全部、黙っておくべきだったんでしょうか」
思わず、口に出た。
ミラは、すぐには答えなかった。
しばらくしてから、はっきり言う。
「違う。黙っていても、誰かは死ぬ」
「……」
「問題は、どう伝えるか」
セラが、肩をすくめる。
「情報は刃物よ。切れ味を落とすと役に立たないし、扱いを誤ると人が死ぬ」
俺は、掲示板を見つめた。
第一階層。初心者向け。慣れれば安全。
その嘘の上に、さらに薄い嘘を重ねた結果が、これだ。
「……整理します」
俺は、ノートを開いた。
「音の規則だけじゃ、足りない。例外も、失敗も……条件を、全部」
ミラが、頷く。
「ええ。危険な部分も含めて」
「それ、公開するの?」
セラが、興味深そうに聞く。
「全部じゃない」
俺は首を振った。
「でも、少なくとも“音を立てなければ安全”なんて、言い切りはしない」
その日の夜、俺はノートを書き直した。
成功例の横に、失敗例を書く。
規則の下に、例外を並べる。
判断が遅れた結果も、隠さず書く。
――第一階層は、静かでも死ぬ。
――規則は、条件付き。
――分からない部分が、一番危険。
書き終えたとき、指が痛かった。
それでも、止めなかった。
誰かに伝わるなら。
次は、誤解されない形で。
第一階層は、入口であり、罠だ。
その事実を、ようやく俺は“他人に渡す重さ”として理解し始めていた。




