第33話 信じるものの違い
エリオと向き合うのは、避けられなかった。
治療室の前で別れてから、半日。
彼は、酒場の奥の席にいた。
いつもと同じ穏やかな顔で、杯を傾けている。
「来ると思ってた」
エリオは、俺を見るとそう言った。
「……話があります」
「だろうね」
向かいの席に腰を下ろす。
言葉を探す間もなく、エリオが先に口を開いた。
「彼は、後悔していない」
「……知っています」
「なら、何が問題だ?」
その問いは、純粋だった。
本気で分からない、という目だ。
「彼は、選べなくなりました」
俺は、静かに言う。
「もう、次の一歩を」
エリオは、少しだけ眉を動かした。
「それが、悪いことか?」
「……はい」
迷わず答えた。
「少なくとも、俺はそう思います」
エリオは、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「人は、納得しないと前に進めない」
「でも」
俺は、言葉を重ねる。
「納得した瞬間に、止まる場所がある」
エリオは、小さく笑った。
「君は、ずっとそれを言っている」
「はい」
俺は頷く。
「第三階層は、そういう場所です」
エリオは、杯を置いた。
「君は、何を信じている?」
真っ直ぐな問いだった。
誤魔化せない。
「……分からない、という状態です」
少し考えてから、答える。
「答えを出さないまま、引ける自分を」
エリオは、目を細めた。
「不安じゃないか?」
「不安です」
正直に言う。
「でも、動けなくなるよりは、ましです」
エリオは、深く息を吐いた。
「人は、意味がないと耐えられない」
「意味は」
俺は、視線を逸らさずに言う。
「後からでも、作れます」
沈黙が落ちる。
酒場の喧騒が、遠く感じられた。
「……君は」
エリオが、低く言う。
「誰も、導かないつもりか」
「はい」
俺は答える。
「導く言葉が、毒になる場所だから」
エリオは、苦笑した。
「優しくないな」
「優しさの形が、違うだけです」
しばらくして、エリオは立ち上がった。
「分かった。君のやり方は、君のものだ」
去り際に、振り返る。
「だが、俺は語るのをやめない」
「……分かっています」
それでいい。
止められないし、止める権利もない。
酒場を出ると、夜風が頬を打った。
胸の奥が、少しだけ軽い。
「……決別、ね」
ミラが、隣で言う。
「いいえ」
俺は首を振る。
「分岐です」
同じものを見て、
違うものを信じた。
第三階層は、
人に答えを与えない。
人が、自分で答えを作る。
そして、その答えを――
**信じるか、信じないか。**
それだけを、選ばせる。
俺は、信じない方を選んだ。
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